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藤原江理奈

ビュッフェは持続可能か?――葛藤するホテルの試行錯誤とサービスの未来【#コロナとどう暮らす】

2020/08/09(日) 09:52 配信

オリジナル

コロナ禍で、ホテルの定番として楽しまれてきた「ビュッフェ」も、中止や定食などへの様式変更を余儀なくされた。現在、休止したままのホテルもあれば、感染対策を講じて再開したホテルもある。これからのビュッフェはどうなるのか、取材した。(取材・文:城リユア/撮影:藤原江理奈/Yahoo!ニュース 特集編集部)

安心・安全最優先でホテルビュッフェを休止

「ビュッフェでは、料理に並ぶ際に3密になりやすく、大皿での料理提供、トングやカトラリーの共有もあります。社内で議論を重ね、そのままの形で営業を続けるのは難しいということに。お客様の安心・安全を最優先するためにも、早めに休止を決断しました」

こう語るのは、三井不動産ホテルマネジメントの取締役でグループ全体の新型コロナウイルス感染防止対策の運営を統括する内川孝広さん。同社では、3月4日に、傘下の全ホテル(7月時点で33ホテル)でビュッフェを休止している。

三井不動産ホテルマネジメントの内川孝広さん。同社は6月、コロナ対策の「新オペレーションガイドライン」を発表。スタッフとの接触回数を減らすスムーズチェックイン&チェックアウトや、空間除菌脱臭機の設置などを導入した

「例えば『三井ガーデンホテル日本橋プレミア』では、加賀料理の料亭『日本橋浅田』が手掛ける、和洋のビュッフェが人気でした。プレート形式のセットメニューになって、がっかりしたというお客様の声もありました」

好きなものを好きなだけ食べられてお得感が得られるビュッフェと違い、セットメニュー(定食)はおかわりがしにくい。料金はビュッフェの時と同じであるため、落胆の声が漏れても仕方がないだろう。

以前提供していた朝食ビュッフェ。小鉢や豆皿に盛り付けた惣菜がずらりと並ぶ(写真提供:三井不動産ホテルマネジメント)

変更後の朝食セットメニューは和(写真)と洋から選べる。ビュッフェ時代の人気メニューを中心に品数を絞った

ホテル側にとっても、ビュッフェはコスト、労力面でメリットが大きい。ホテル評論家・瀧澤信秋さんはこう解説する。

「ゲストのテーブルごとに料理を出す手間がかからず、人員を多く割かずに運営できますから。ホテルビュッフェはある種、ゲストとホテルの相互利益的な部分があるので、これほど人気になったのです」

ホテル評論家の瀧澤信秋さん(撮影:編集部)

大手コンサルティングファームのPwCコンサルティングがまとめた「COVID19:ホテル業界への影響」のレポートによると、2020年4月、全国平均の月次稼働率は前年比83.5%の減少となった。

三井不動産ホテルマネジメントの内川さんもこう語る。

「地方からの出張者や東京五輪で見込んでいたインバウンド需要を失い、楽観できない状況が続いています。宿泊者が少ないうちは、フードロスの出にくいセットメニューがコスト面で有利なものの、今後稼働率が回復していけばオペレーションが厳しくなりそうです」

ホテルビュッフェは運営を外部のレストランや、ビュッフェ専門業者に外部委託しているところが少なくない。

「ホテル側がビュッフェ再開を望んでも、外部委託業者が安全面やコスト面で慎重になれば、実現しないという側面があります」(瀧澤さん)

三井不動産ホテルマネジメント傘下のホテルも事情は同じだ。ビュッフェを求める顧客の声に応えたいものの、ホテルごとにビュッフェ委託先の事情や環境、さらに客層も異なるため、個別にコロナ対策を考える必要があるという。一律再開は難しく、しばらくは慎重にセットメニューを提供する予定だ。

新スタイルで再開するケースも

自前でサービスを行うホテルを中心に、コロナ感染対策を施したうえビュッフェを再開し始めたところもある。

例えば、「新ノーマルビュッフェ」と銘打ち、7月1日から再開しているのが星野リゾートグループだ。

どのあたりが“新ノーマル”なのだろう? グループ内で先駆けて6月中旬から新ビュッフェを開始し、同業者からの問い合わせも相次いだという「星野リゾート リゾナーレ熱海」に向かった。

ビュッフェレストラン「スタジオビュッフェ もぐもぐ」の入り口で、まずは手指のアルコール消毒。検温済みのホテル宿泊者しか利用できず、予約制で入店人数を調整している。入り口に用意されているマスクと手袋を着用してビュッフェボードへ。すべての料理の上に、飛沫感染防止のための「アクリル製カバー」が設置されている。

足元にはソーシャルディスタンスを保つための「靴形マーク」。料理皿の間隔を広くし、料理を取り分ける宿泊者同士が隣り合わせや背中合わせにならないような工夫が見てとれた。

目を引いたのは、ビュッフェボードやテーブル、椅子、トングなど不特定多数の人が触れるアイテムに施された、特殊被膜のコーティングだ。以前から空港などで採用されてきた技術だという。インフルエンザウイルスの感染能力を無力化することが確認されているため、コロナウイルスへの効果も期待して、今回グループ全体で導入を決めた。

実際にビュッフェを試してみた。手袋をつけてトングを持ち、アクリル製カバーの下の料理を取る際、麺類などメニューによっては滑りやすく取りづらい場面があった。

「お客様の立場からすると若干わずらわしさがあるかもしれません。しかし、少しやり過ぎだと思われるくらい踏み込んだ安全対策をとることが、安心感につながると考えています」

「星野リゾート リゾナーレ熱海」の総支配人、北嶋文雄さんはそう語る。今後は、滑りにくい素材の手袋、皿の形状などを改善していく予定だという。

実は星野リゾートグループのビュッフェ中止は5月1日と、ホテル業界のなかでは遅いほうだった。北嶋さんはこう振り返る。

「開業以来、ずっとビュッフェを営業してきたこともあり、中止することへの戸惑いがありました」

ビュッフェに代わるよいものを出さなければならないと意気込んだ北嶋さんたちだったが、ひとたびセットメニューに変更すると、想像以上に顧客から落胆の声が寄せられた。

「ニーズがあるならば、諦めるのではなく、どう工夫して応えられるか。それがサービス業としての本分だろうという議論になりました」

慎重論も出たが、顧客の反応などを見ながら「再びやめる」という選択肢も残した上で、チャレンジすることに。顧客からは、再開を喜ぶ反響が大半を占めた。

「星野リゾート リゾナーレ熱海」の総支配人・北嶋文雄さん

ビュッフェ再開は、経営面に好影響を与えているのだろうか。北嶋さんは言う。

「ホテル全体の稼働率は、5月時点で前年比の7割減近くまで落ち込んでいましたが、新ノーマルビュッフェのスタート後、6月後半から徐々に戻り始めています」

7月の稼働率は昨年の数字に迫っているという。

「一概にビュッフェの影響だけとは言い切れないものの、グループ内でいち早くビュッフェを再開したリゾナーレ熱海は、稼働率の回復率も若干早いという印象があります」

運営費がかさみ、採算が取れなくなれば、新ビュッフェの継続はできない。今回「新ノーマルビュッフェ」で同ホテルが施工した専用コーティングは、一度塗布すれば3年間有効であるため、ランニングコストはコロナ禍前と大差ないという。ゲストからの反響、顧客獲得数の伸びを鑑みると「十分見合う投資だった」というのが社内の評価だ。

「新型コロナの収束にはワクチンや有効な治療薬の登場を待たねばならず、年単位の長期戦も予想されます。だからこそ、持続可能な形で生き延びることが重要です。国が『Go To トラベル』キャンペーンで観光業にフィーチャーしてくれるのはとてもありがたいですが、“一点集中、一極集中”で終わるものではなく、長い期間利用でき、需要も利用地域も分散できるものになれば」

3密回避とエンタメ性を両立したワゴンスタイル

1994 年のオープン以来、行列のできるビュッフェとして人気を博してきた品川プリンスホテルの「リュクス ダイニング ハプナ」も7月15日、約4カ月ぶりにディナータイムでの営業を再開した。現在は席数を403席から270席に減らし、天井の高い空間を広々と使って客席の間隔を広く設定している。

写真提供:品川プリンスホテル

「連日、満席のご予約をいただいております」

同レストランのスーパーバイザーを務める大澤洋三さんは、その要因をこう説明する。

「これまでの『ハプナ』のファンが少なからず来てくださった。再開を発表した当日にホテルのホームページのアクセスが急増し、再開を待ちわびていた方がとても多かったのだと実感しました」

注目は、オープンキッチンで仕上げた料理をスタッフが「ワゴンサービス」でゲストの席まで提供して回る新しいスタイル。香港の飲茶スタイルに着想を得た。ゲストは席を立つことなく食べ放題を楽しめるので、料理前の行列も回避できる。

ワゴンの種類は、和食、中華、洋食、同レストラン名物であるゆで蟹、オードブル、スイーツ。スタッフはワゴンごとに着物やチャイナ服、蟹をモチーフにした帽子などを着用して雰囲気を盛り上げる

「コロナを心配していたけど、実際に来てみると安心できた」「エンタメ性豊かで楽しめた」。ゲストの反応を知るべく各テーブルにアンケートを配布したところ、こんな回答があった。「お目当てのワゴンを座席で待つのに不便を感じる」といった今後の改善点も見つかった。ゲストの反応を見ながら改良していく予定だという。

体験取材したところ、名物の「ゆで蟹」を食べるのに夢中になり、ワゴンの待ち時間についてはそれほど気にならなかった。同レストランの売り(ゆで蟹)を上手に生かしたワゴンサービスだ

「食材にこだわってメニューを厳選し、一品ずつの料理の質をかなり上げています」

そう明かすのは、同ホテルのレストラン調理のチーフマネージャー・小川守哉さん。食材や味などにひと手間加え、質をグレードアップ。営業再開記念特別メニューとしてスペシャリテも複数用意した。料金は以前より300円ほど値上げしている。

「テルミドール」(オマール海老のグラタン)などスペシャリテは5種類。テーブルに直接提供される

「ワゴンサービスになり、温かいものはさらに温かく。冷たいものはより冷たいままお届けできます。もはや従来の“ビュッフェ”ではなく、“ダイニング”レベルの料理クオリティーです。私たちホテルスタッフも、ビュッフェという名称を使っていないんですよ」(チーフマネージャー・小川さん)

「もし感染者が出てしまったら」と問うと、前出のスーパーバイザー・大澤さんはこう答えた。

「出さないために、ソーシャルディスタンスの確保のほか、マスクの装着、空気清浄機と飛沫防止スクリーンの設置など全9項目からなる新たな衛生・消毒基準『Prince Safety Commitment』を策定し、スタッフ一人ひとりが意識改革して、しっかりと順守しています」

「リュクス ダイニング ハプナ」のスーパーバイザー・大澤洋三さん

食中毒やノロウイルスなどが発生した場合の対策マニュアルは、コロナ禍前から用意されている。新型コロナウイルス感染者が出てしまった場合も、対応するためのマニュアルと準備はある。

ビュッフェがホテル経営の起爆剤になると期待するホテル評論家・瀧澤さんは語る。

「ホテルって、やっぱりお客さんに来てもらっているだけでスタッフのサービス力も上がるし、逆に来てもらえないと駄目になってしまいます。ホテルにとっては今、たとえ儲けは少なくとも、クオリティーの高い料理を提供して、とにかくゲストに来てもらい、喜んでもらうことが大切なのです。『また訪れたい』と思ってもらえるように」

夏の風物詩である食べ放題スタイルのビアガーデンも、複数の人気ホテルでスタートしている。折しも7月中旬に、某ホテルのビアガーデンを取材する予定だったが、ビアガーデン以外で勤務する従業員が新型コロナウイルスに感染。急遽、取材は中止になった。7月末現在、日本全国でホテルビュッフェに起因する感染報道は特にないが、予断は許さない状況だ。

感染対策と顧客のニーズ。安全性を確保し、期待に応えながら、いかに経営を維持、復活させるのか。挑戦は続く。


城リユア(じょう・りゆあ)
出版社の情報誌編集部などを経てライター・編集者として独立。編集プロダクションを設立し、旅、人物インタビュー、女性のライフスタイルなどを中心に執筆を行う。2017年にはベトナムのダナン市で日本のCMやMV、映画などを手掛けるCG、VFXスタジオ・No.1 Graphics Inc.を設立し、夫婦で経営。企画・編集した書籍に『ダナン&ホイアン PHOTO TRAVEL GUIDE 〜絶景プロデューサー・詩歩が巡るベトナム』がある。

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