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菊地健志

「自分の仕事は簡単に替えがきくものではない」ーー「通常営業」を続ける小さな整骨院の自負と葛藤【#コロナとどう暮らす】

2020/06/18(木) 10:17 配信

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緊急事態宣言下では、レストランなど多くのお店が自粛要請のもと休業せざるを得なかった。一方で、そのまま営業を認められた施設・仕事もある。社会活動の持続のために必要な仕事・業務で、「エッセンシャル・ワーク」と呼ぶ。整骨院もそのひとつだ。東京都武蔵野市にある小さな整骨院から、エッセンシャル・ワーカーとしての意義、コロナとともに働いていく姿を考える。(ライター:菊地高弘/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース 特集編集部)

今も患者の数はほぼ半減

JR吉祥寺駅を降りて北口のバスロータリーを抜けると、「サンロード」と呼ばれるアーケード街が北に延びている。平時の休日には大勢の人でごった返す喧騒から、脇道を数分も歩けば静かな住宅地が広がる。細い路地に隠れるようにして立つ「本町はりきゅう整骨院」の扉には、「只今元気に診療中」の札が下がっている。

「緊急事態宣言が解除されて、もうちょっと戻るかと思ったんですけどね。全然変わらなかったですね」

院長の島本篤さん(40)はそう言って苦笑した。新型コロナウイルスの感染拡大によって、患者の数は平時の5~6割程度に減っている。とくに減っているのは「仕事帰りの会社員」だという。「家族に止められていて、行きたくても行けない」という高齢患者の声も島本さんは耳にしている。

本町はりきゅう整骨院の院長・島本篤さんは武蔵野市出身。現在の物件は「中学時代の同級生に紹介してもらった」。地域と密接した経営をしている

間仕切りのカーテンに覆われたベッド3台を配した、約30㎡の小さな整骨院。2010年3月に開院し、10周年を迎えたばかりのタイミングでコロナ禍に見舞われた。

「2011年の東日本大震災のほうが、患者が一気に減ってきつかったです。当時は開院したばかりで借金もあったし、『夜中のバイトでもしようか』と思いましたから」

島本さんはそう言って、笑った。

整骨院とは、「接骨院」「骨つぎ」とも称され、柔道整復師の国家資格を持つ者が施術する施設である。おもに骨折、脱臼、捻挫、打撲、挫傷(肉離れ)の治療にあたり、病院と同様に健康保険が適用される。マッサージ店と混同されることもあるが、本来は治療の場所である。

緊急事態宣言下でも営業を継続

テレビをつけてもインターネットを開いても、誰もが「ステイホーム」と口にし、多くの人々が自宅にこもる生活を送っている。そんななかで整骨院に通う人は、それぞれに切迫した事情を抱える。島本さんの整骨院に週2回のペースで通う高齢の女性は言う。

「半年前からめまいの症状があって、鍼(はり)治療に通っています。私の場合は鍼など東洋医学が体に合うと感じているので、この院が閉まってしまうととても困ります」

島本さんは「ぎっくり腰や生活に支障が出るほど痛みがある人が多く来院されますね」と語る。

開院には、当然リスクが伴う。自分が新型コロナウイルスに感染する可能性もあれば、患者にうつしてしまう危険もある。あまつさえクラスター化すれば、院の評判を落とし、存続すら危うい。

東京都からの休業要請の対象に整骨院が入れば、島本さんも「休業を考えた」という。4月13日、都が発表した休業要請施設に「鍼灸・マッサージ」「接骨院」「柔道整復」は含まれなかった。医療機関として、「社会生活を維持する上で必要な施設」と認定されたのだ。他業種ではスーパー、交通機関、工場などがある。こうした社会⽣活の維持に不可欠な業務の就労者を「エッセンシャル・ワーカー」と呼ぶ。

筑波大野球部時代に鍼灸治療で故障が完治した経験から、この道に進んだ島本さん。はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、柔道整復師の資格を持つ

島本さんには「自分の仕事は簡単に替えがきくものではない」という自負がある。

「患者さんにとって、身体を守ってくれる人は代わりがいないと思うんです。『このレストランはおいしくなかったから、次はここに行こう』という感覚では自分の身体を任せられない。たとえ患者さんが10分の1になろうと、来てくれる可能性があるならやらないといけないと思っています」

島本さんの友人が経営する整骨院のなかには、自主的に休業したり、患者の密集を避けるため完全予約制や人員削減に踏み切った院もあった。

そんななか、島本さんはあえて「なるべく普段通りにやろう」と考えた。

「整骨院はただ身体の治療をするだけでなく、患者さんとコミュニケーションをとる場でもあります。自粛生活で人と直接話す機会がなくて、不安に思っている患者さんもいるはずです。なるべく普段通りにして、患者さんに安心してもらう場にしたいんです」

普段通りといっても、整骨院は「3密(密閉、密集、密接)」に陥りやすい空間でもある。

院の入り口にはアルコール消毒液を置き、待合室の椅子を離す。院内の2カ所の上窓は開け放ち、2台の換気機能付きエアコンを常時稼働する。患者が入れ替わる際には、必ずベッドをアルコール消毒する……。島本さんも情報を集めて対策を練った。

慣れないリモートワークの影響で腰や背中を痛め、通院する患者が増えている。島本さんは「長時間同じ姿勢でいると骨盤に負担がかかる」と患者にストレッチを指導する

客数減の影響はこれから

島本さんとともに院で働くあん摩マッサージ指圧師の赤羽英さん(32)には、こんな不安があったという。

「通常通り院を開けることは、本音を言えば不安もありました。『自粛せずにやってるのか!』と批判されるんじゃないかと心配で。近所の営業している飲食店に『営業するな』と張り紙をされたという話も聞きました」

整骨院が「エッセンシャル・ワーク」といっても、都の休業要請の対象外とは知らず、誤解する人がいるかもしれない。赤羽さんはそれを恐れた。

島本さんとともに院で働く赤羽さん。休日は武蔵野市の少年野球チームのコーチとして、指導にあたる。「子どもたちが自粛期間に野球を忘れないか心配です」

今のところ批判を浴びることはなく、むしろ患者から院が開いているか問い合わせの電話がかかってくる。「普段通りやってるんだ」と驚かれ、歓迎されるという。

整骨院は患者の身体に触れるだけに、濃厚接触のリスクが高まる。とはいえ補償なく仕事を休んでは、島本さんのような個人ではたちまち経営に行き詰まる。

本町はりきゅう整骨院の場合は、島本さんが「非常時の備えとして積立式の保険に入っていて、それも今のところなんとか切り崩さずに持っている」と語るように、経営危機の一歩手前で踏みとどまっている。だが、業界全体を見渡すと、より苦しい状況が見えてくる。

「柔道整復師の苦しい状況はまだ国に届いているとは言えないのが現状です」

そう語るのは、島本さんらが加入する接骨院・整骨院の統括団体・JB日本接骨師会の安部直人さん(30)。

柔道整復師の数は日本全国で7万人を超え、100を超える統括団体がある。そのうちの一つ、JB日本接骨師会に所属する柔道整復師は1080人。そのうち、コロナ禍を受けて廃業を決めたのは4人だという。

奥まった路地にありながらも、若い会社員から高齢者まで幅広い年代の患者が訪れる本町はりきゅう整骨院

現状では柔道整復師の間でコロナによる被害は目立っていないものの、安部さんはこう警鐘を鳴らす。

「(健康)保険料が各院に入るのは3カ月後というシステム(保険組合によって異なる)で、緊急事態宣言中の請求分はこれからの入金になります。患者数が減り、どうしても入金額は少なくなるので、経営の悪化する院が増えると予想しています」

この件には、島本さんも「資金繰りが一気に変わるのは夏過ぎだと思います」と危機感を強める。

JB日本接骨師会は、全会員から徴収する月会費1万2000円の1年間免除など緊急対策をとった。さらに1施術所あたり15万円の一時金給付と、12カ月間無利息・返済期間3年間の運営資金融資(最大500万円)の実施を求めて、厚生労働省、経済産業省、各都道府県知事に要望書を提出する予定だ。

横のつながりで生きる

緊急事態宣言の解除後も東京都の感染者数が底を打つことはなく、今月2日に「東京アラート」が発動された(11日に解除)。

週末の吉祥寺は多くの人出で賑わい、それが「危機感不足」と批判の的になる。だが、島本さんは、「人出は確実に減っています」と話す。

「吉祥寺は『若者の街の代表』のような言われ方をしますけど、実際は他の街と何ら変わりません。普通の生活圏で、中年、高齢者も多く暮らしていますから」

緊急事態宣言が解除され、週末になると多くの人出で賑わう吉祥寺の繁華街。だが、飲食店を中心に苦境は続き、依然として平時に戻ったとはいえない状況だ

町内会の青年部の一員でもある島本さんは、近隣を回って現状把握と情報収集に努めている。そこで見えてきたのは、飲食店の窮状だった。

「昼のテイクアウトを始めた店も多いんですけど、黒字を出すためではなく、少しでも赤字を減らすためにやっていると聞きました」

食べ歩きブログを運営し、食道楽としても知られる島本さんは「少しでも吉祥寺の飲食店に貢献したい」と、毎日昼食をテイクアウトする。出費はかさむが、島本さんは「こういうときしかできないことだから、むしろ楽しいですよ」と笑う。

本町はりきゅう整骨院の待合室には、飲食店を中心に30店以上のショップカードがズラリと並ぶ。なかにはテイクアウトのメニュー表まであり、整骨院であることを忘れさせるほどだ。取材当日には患者からオススメの店を聞かれた島本さんが、「あそこのスイーツは奥さんへのお土産にピッタリですよ」と答える場面もあった。

飲食店のショップカードが待合室に。島本さんは4月から5月にかけて吉祥寺の飲食店を巡り、テイクアウトしては自身の食べ歩きブログで紹介し続けた

「逆に飲食店がお客さんに僕の院を紹介してくれることもありますから。お互いに宣伝し合って、流れを止めないことを意識しています。どれだけSNSがはやっていても、やっぱりローカルの口コミが一番人の流れを生みますから」

アルコール消毒液が不足して島本さんが入手できず困っていると、飲食店で働く患者が分けてくれたこともあった。コロナ禍以前から互いの顔と顔を突き合わせ、交流してきた近隣商店との横の連帯が、「withコロナ」の社会でも生き抜く原動力になっている。

いまだ平常に戻ったとはいえない。それでも、島本さんはできる限り「普段通り」に近づけていきたいと言う。

「リスクと付き合うには、もちろん情報が必要です。メディアだけに頼るのではなく、周りの横のつながりも駆使してコロナや補償制度の情報を集めることが大事だと思っています。でも、基本的にはコロナの存在を感じながらも、なるべく普段通りの生活をしたいと考えています」

今日も本町はりきゅう整骨院の入り口には「只今元気に診療中」の札が、いつもと同じように下がっている。

院の入り口では、額縁に入った島本さんと赤羽さんの似顔絵が患者を出迎える。「アニメーターの患者さんに描いてもらったものなんです」(島本さん)


菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。近著に高校野球の越境入学生をテーマにした『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! ~野球留学生ものがたり』(インプレス)がある。

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