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アフリカからの第2波はあるか 感染症に20年以上取り組み、現地も知る医師が語る

2020/06/05(金) 10:05 配信

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欧州や日本では一段落しつつある新型コロナウイルス。だが、第2波、第3波の発信地として懸念されているのがアフリカだ。世界保健機関(WHO)によると、アフリカ全土での感染者数は11万1486人、死者数は2700人(6月2日現在)。ただし、実態を表していないという指摘も多い。20年以上、アフリカや各国で感染症を含む保健医療対策に関わってきた國井修医師(57)はどう見ているのか。現状とこれからを聞いた(ノンフィクションライター・中原一歩/Yahoo!ニュース 特集編集部)

実態が反映されていないアフリカ

──現在、アフリカでの新型コロナウイルス(COVID-19)の感染はどのような状況でしょうか。

すでに、54カ国すべてで蔓延しています。最も感染者数が多いのが南アフリカで約3万4千人(6月2日時点、WHO調べ。以下同)。続いて、約2万6千人のエジプト、1万人強のナイジェリア、9千人強のアルジェリア、ガーナ、モロッコなど。感染者の報告数は着実に増え、いくつかの国では急増しています。ただ、いま報じられている数字がアフリカの実態を表しているとは思えません。患者が増えてマスクなどの防護具が足りない、検査が追い付かない、COVID-19が怖くて医療従事者が病院に来ない、医療従事者が亡くなった、などの現場の切実な声が届いており、数字とのギャップを感じます。

(図版:ラチカ)

──つまり、報告者数より実際はもっと多いということですね。なぜギャップが出るのでしょうか。

南アフリカとナイジェリアはアフリカでは超大国で、その他の国もアフリカの中では比較的恵まれています。つまり、現在、感染者が確認されている国は、PCR検査ができるレベルの医療機関があり、検査や治療ができる医療人材がそれなりにいる国だということです。

しかし、貧困が広がるサブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南)では、新型コロナに対応できる医療機関そのものがほとんどありません。医師が人工呼吸器を使ったことも、見たこともない国や地域もあります。内陸部の村や都市部のスラム地域では、診療所で感染者や死者が出ても、それらを検査し、報告するシステムもまだ確立されていません。

(図版:ラチカ)

現在、スイス・ジュネーブに住む國井修さんは、これまで110カ国以上の国で医療活動を行ってきた医師である。自治医科大学卒業後、米ハーバード大学で公衆衛生学を修め、2004年に長崎大学熱帯医学研究所教授に就任、06年に国連児童基金(ユニセフ)に入り、10年からは内戦中のソマリアの子どもの死亡低減のための保健活動にも従事。13年には国際機関「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」の戦略・投資・効果局長に就任、3大感染症の克服に関わっている。

エイズ、エボラ熱など感染症に襲われるアフリカ

──つまり、報告者数より実際はもっと多いということですね。なぜギャップが出るのでしょうか。

アフリカはかつて「暗黒大陸」と呼ばれ、恐れられていました。その原因の一つが感染症です。神経疾患を引き起こすアフリカ睡眠病、皮下に寄生するギニア虫症などの風土病に加え、麻疹、コレラ、肺炎などが蔓延し、多くの死者が出ていました。これらの背景には、栄養不足や劣悪な衛生状態があります。

1990年代、私が医師としてアフリカを頻繁に訪れるようになった頃、ある「奇病」が蔓延します。各国で働き盛りの20~40代が痩せ細り、次々と命を落としていったのです。その奇病の正体こそ、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染によるエイズ(後天性免疫不全症候群)でした。

國井氏は20年以上、ソマリアなどアフリカの最貧国の感染症予防と治療に尽力(写真提供:本人)

──当時エイズは非常に危険な病気として知られていました。

2000年初頭、アフリカ南部のボツワナという小国では、HIVの有病率が40%を超え、地域によっては50%、つまり2人に1人が感染している状況でした。当時、エイズの致死率はほぼ100%でした。高価な治療薬もアフリカでは入手できず、HIV感染は死の宣告でもあったのです。親がエイズで死亡し、村々で遺児が増える壮絶な現場でした。

エイズの流行などが引き金となって、古くからの感染症である結核も再流行し始めました。HIVに感染すると、病気から人体を守る免疫システムが破壊され、抵抗力が低下するため、他の感染症にかかりやすくなるのです。現在、エイズ、結核、マラリアは世界三大感染症と言われ、年間の新規感染者は全世界で2億人以上、死亡者は200万人以上です。アフリカは、これらの感染症と今でも闘いの真っ最中にいますが、COVID-19によってさらに大きな犠牲がでてきています。アフリカの国々が敏感に反応するのは無理もありません。

──今回のCOVID-19に対してアフリカ各国の対応は。

2月中旬にアフリカで最初に感染者が確認された国はエジプトで、その後欧州からの旅行者がクラスターを引き起こしました。エチオピアに拠点を置くAU(アフリカ連合)は、西アフリカで発生したエボラ熱(2014−16年)の経験から、2016年にアフリカCDC(アフリカ疫病予防管理センター)を創設し、感染症予防に力を入れてきました。

アフリカ各国は欧州各地でのパンデミックには震え上がったと思います。アフリカ各国は3月中旬や下旬から早々とロックダウン(封鎖政策)を決断、国外との人とモノの行き来を遮断しました。アフリカの国々の多くは独裁政権なので、政府が強権を発動し、国境を閉鎖することが容易でした。

食事の配給を求めて行列ができる(5月14日、南アフリカ)(写真:ロイター/アフロ)

エボラ熱より怖くないCOVID-19

──欧州や日本の感染は終息しつつあります。不安視されているのが「第2波」「第3波」の上陸です。

アフリカでさらなる感染拡大、そして感染爆発が起きてもおかしくありません。なぜなら、アフリカ各国はロックダウンや外出禁止などの強硬策をこれ以上続けられないと判断し、緩和しだしているからです。ロックダウンは、アフリカの労働人口の約7割を占める不安定な職の人々の生活を直撃しました。物流が途絶え、マーケットは閉鎖。安全な飲み水や食料が得られなくなった場所もあります。ここ数週間で強硬策は解除されていくでしょう。社会的距離などを市民に徹底させることも難しいです。スラム街などでは、換気も衛生状態も悪い場所に多くの人が一緒に生活しています。

今回のCOVID-19対策で、警察や軍隊を動員して国境を封鎖し、人々の移動を制限する国もありました。しかし、結局はアフリカすべての国に感染は広がりました。

──そんなアフリカから世界へ再び感染が広がる可能性はありますか。

今やアフリカと欧米、アジアを含む世界は経済的にも社会的にもつながっています。リトルアフリカと呼ばれるようなアフリカ人街も世界には多く存在します。日本もアフリカの天然資源を含め、貿易・経済上の深い関わりがあります。人の移動が再開されれば、世界のどこからでもウイルスはやってきて、一度収束した国でも再流行する可能性はあります。

エボラウイルス(提供:USAMRIID/ロイター/アフロ )

──2014年のエボラ熱のときはどうでしたか。

エボラ熱が西アフリカ地域で猛威を振るった時、周辺の国々は危機感を募らせました。ただ、強固な検疫体制があるわけではありません。現在に至るまで、アフリカ各国の空港の検疫は紙切れ一枚の問診票を提出するだけです。陸路では国境はあってないようなもので、いくらでもすり抜けられます。アフリカは新たな感染症に対する危機感はあっても、現実的に対応できる検疫や防疫、医療システムの能力が乏しいのです。

──今後、アフリカでCOVID-19が、エイズや結核と並ぶ脅威となるのでしょうか? 致死率を比べると、かなりの隔たりがあります。

WHOによれば、COVID-19の致死率は2%前後と報告されていますが、アフリカにはもっと脅威な感染症がいくつもあります。また、COVID-19に感染しても子供や若者は無症状や軽症が多く、死亡率は低く抑えられています。平均年齢が21歳と「若い大陸」であるアフリカでは、致死率が欧州のように10%や15%を超えないのではないかと、個人的には思っています。

ロックダウンが解除されつつある南アフリカで、政府の補助金を待つ住民たち(5月4日、写真:ロイター/アフロ)

──免疫を持っているからでしょうか。

感染症大国ともいえるアフリカの人々の体には、日常的に様々な病原体が侵入しています。つまり、病原体の感染によって得た「獲得免疫」も、生まれつき持っている「自然免疫」も、他の地域より強い印象を受けます。「よくこんな環境で生きているな」という劣悪で過酷な環境下でも、人は生き、子供は育っています。これまでの報告では、COVID-19の感染者と濃厚接触しても感染しない人が多い、また感染者にも無症状や軽症者が多いと指摘されていますが、これは自然免疫によるのではないかとも言われています。

ただし、留意すべきこともあります。アフリカではHIVに感染していながら治療していない人が南アフリカだけでも300万人近くいます。HIVは治療しなければ免疫不全を起こします。また、栄養不良などで抵抗力が低下している人もアフリカには数多くいます。こうした人々がCOVID-19に感染するリスクは高い可能性もあります。

──自然免疫を多くもつ人がいる一方で、免疫が機能しない人も多いということですね。

アフリカでこれまで以上にCOVID-19が猛威を振るうのか、わからない点もあります。大切なのは今のうちからできる限りの対策をしておくことです。一度感染が爆発すれば、アフリカの脆弱な医療システムでは太刀打ちできない。今、私が関わる国際機関では、医療従事者を守るマスクなどの防護具や検査キットなどの調達と配布、医療従事者のトレーニングや地域での予防啓発活動など、COVID-19に対してはアフリカを含む80か国以上で様々な活動を支援しています。三大感染症とCOVID-19の両方の対策を同時に進めなければなりませんし、中長期的な保健医療システムの強化にもさらなる支援が必要です。

ナイジェリアでの検査の様子(4月15日、写真:ロイター/アフロ)

やはり「隔離」と「社会的距離」が基本

──ワクチンや特効薬の開発が期待されています。見通しを教えて下さい。

もちろん、効果的なワクチンと治療薬の開発を待ち望んでいます。ただし、ウイルスに対する治療薬やワクチンの研究開発はそう簡単ではないことも分かっています。発見から約40年経過しているエイズも、莫大な時間と費用をかけながら有効なワクチンは開発できていません。ウイルスを抑制できても、完治させる薬もありません。

新型コロナウイルスの特徴はかなりわかってきましたが、まだ見えない部分も多いです。たとえば、感染した人にどの程度の抗体ができて、それがどれだけ持続し、再感染するのか、しないのか。また、ワクチンや治療薬が開発されても、どの程度有効なのか。効力が50%のワクチンや、治療期間を1-2日短縮させる治療薬を莫大な予算をかけて多くの人々に使用するのか。

──効果が未知数であれば、ワクチンへの過大な期待もかけにくいですね。

私がやってきたアフリカの活動では、予算と人材は常に限られていました。今回のCOVID-19でも、どれだけの人命を救い、人の苦痛を軽減できるのか、その効果が十分でなければ使わないという選択もあります。ワクチンと治療薬に期待しながらも、効果的なものが生まれないことを想定したプランB、いや、生まれないことを前提としたプランAを計画しておく必要があると思います。

エジプト・カイロの中心街(5月31日 写真:ロイター/アフロ)

今後、COVID-19をめぐる世界の行方は次の三つのいずれかになると國井さんは予想する。第一に、昔のスペイン風邪(1918年から2年間の3つの流行の波があり、世界人口の4分の1が感染)のように、蔓延と縮小を繰り返し、完全に終息するパターン。SARS(重症急性呼吸器症候群)も約8カ月で終息し、それ以降、発生がない。第二は、いったん世界的な流行は終息するものの季節性インフルエンザのように、毎年、少しずつ抗原性が変わるなどして、小流行を繰り返す。第三は、エイズや結核と同じように終息せずに、世界の多くの国で常に新規感染者を生み、人類と共存していく。

──これまでアフリカやアジアで広がることが多かった感染症が、今回欧州やアメリカなど世界規模で広まったことは異例でした。

私も欧米でこれほどまでに感染が広がり、死亡率が上がるとは思いませんでした。

英国は公衆衛生の発祥の地で、疫学研究などの最先端でもあるインペリアル・カレッジ・ロンドンやロンドン大学衛生熱帯医学大学院がある。アメリカは莫大な予算と優秀な人材を抱えるアメリカ疾病予防管理センター(CDC)がある。それなのに、英米両国は自国の感染拡大を抑えられず、死亡率を下げることができませんでした。これらの組織には、一緒にアフリカの三大感染症対策を支援してきた専門家の友人も多いですが、「今は国内のことで精いっぱいで、アフリカのことは考えられない」と言う人もいます。自分の国に対して何もできなかったと自信を失っている人もいます。

欧米の叡智を総結集しても太刀打ちできない相手を前に、我々はあらためて自分たちが闘ってきた感染症の恐ろしさを知りました。

(写真:ロイター/アフロ)

──今回のCOVID-19の教訓はどんなことでしょうか。

感染症を含めたグローバルヘルスの世界に長年携わってきて、一つ確かなことがあります。それは、感染症のリスクはゼロにはできないということです。人類は天然痘こそ撲滅することに成功しましたが、それ以降、根絶できた感染症はひとつもなく、その間に40以上の新たな病原体がこの世に生まれてきました。このCOVID-19が消えても、必ず次の新たな感染症がやってきます。ですから、リスクをゼロにする完璧性を追い求めず、最小限に抑える努力・対策をしながら、公衆衛生および医療の対策と経済・社会の正常化や稼働とのバランスをとっていく。そんなやり方が重要だと思っています。

Zoomでの取材に答えてくれた國井氏


中原一歩(なかはら・いっぽ)
1977年生まれ。ノンフィクションライター。「食と政治」をテーマに雑誌やウェブで執筆している。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』。最新刊に新書『マグロの最高峰』(NHK出版)がある。

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