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笹島康仁

コロナで議会は変わるのか―― オンライン審議は地方が先行

2020/05/29(金) 14:36 配信

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4月、イギリスの国会でオンライン会議が導入された。約700年の歴史で初めてのことだ。一方、日本の国会の動きは鈍い。そうした中、地方議会ではオンライン化への動きが始まっている。特に進んでいるのが茨城県の取手市議会で、4月以降、「Zoom」を使った議事も始まった。日本の議会は変わっていくのか。オンライン取材で探った。(取材:笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「議会のコロナ対応」 Zoomで議論

「この会議はZoomを用いて行います」

4月27日の第4回取手市議会災害対策会議(現・感染症対策会議)は、市議会議長・齋藤久代さんの言葉で始まった。画面には議長に加え、議員6人と事務局職員の姿が映し出されている。まずは出席と体調確認。議長に名前を呼ばれた議員が「元気です」などと応えた後、この日の議題「新型コロナウイルスを受けた議会の対応」に移っていく。

災害対策会議はYouTubeの「取手市議会公式チャンネル」で公開されている(提供:取手市議会)

男性市議が切り出した。

「旅費のかかる視察を中止し、コロナ関連の予算に充ててはどうでしょうか」

慎重な市議からは「まだ年度途中。決めるには早すぎる」との意見も出たが、「費用をかけずにできる視察もある。早くコロナ対策に回したほうがいい」などの意見も出て、最終的には全員一致で「旅費を伴う視察の中止」を可決した。

この後も、市の予算への提言や政務活動費の返納といった議論が続く。審議は2時間超で、最年長の69歳の議員も慣れている様子。会議がスムーズに終わったのは、取手市議会のオンライン対応が早かったからだ。

緊急事態宣言の翌日に「オンライン」を実現

4月7日、緊急事態宣言が7都府県に出されると、市議会は即日、災害対策会議を設置し、翌日の第1回会議をオンラインで行っている。当時、茨城県は緊急事態宣言の対象外だったものの、千葉県や東京都へ通勤・通学する市民が多いことから対策を急いだという。

議長の齋藤さんは「(全国で感染の広がった)3月中に『なんとかオンラインで議事をやりたい』と事務局に相談したら、『やれますよ』とすぐに応えてくれました」と振り返る。

市議会事務局次長の岩﨑弘宜さんによれば、自身がZoomでの会議や研修を経験したこともあって、「議会でも十分に使える」と判断し、議長らに回答したという。

取手市議会事務局次長の岩﨑弘宜さん(撮影:笹島康仁)

岩﨑さんが語る。

「(地方自治法などの)法律上、本会議のオンライン開催が難しいことは分かっていました。しかし、市議会が独自に設置する災害対策会議には、そうした縛りはありません。『使える部分から導入して、議論をして、自分たちの責任を果たしていこう』と議会全体がまとまりました」

しかし、初めから順調だったわけではない。70歳を超える市議もいる。機器がそろわなかったため、自分のスマートフォンで参加する議員もいた。事務局が操作マニュアルを作り、苦手な議員には職員が個別に教えたという。

「議会は、やろうと思えば通常通りに開くこともできる。ただ、感染リスクを最小限に抑える開催の形を議員のみなさんと一緒に考えました」と岩﨑さん。

第4回の災害対策会議からは議論の様子をYouTubeで配信し、市民が“傍聴”できるようにした。議員同士の打ち合わせだけでなく、市の執行部による議案説明もオンライン。もちろん、資料はデータで配る。議案や採決の結果は、その日のうちにホームページで確認できる。

岩﨑さんは言う。

「本会議にはどうしても議員が出席する必要があります。しかし、議会運営のかなりの部分をオンラインでできるようになり、議場での滞在時間を圧縮できました」

自作のオンライン会議マニュアルも市のホームページで公開している(提供:取手市議会)

地方で進むオンライン化 総務省も容認

議会のオンライン化は、ほかの地域でも進んでいる。

転機は総務省の「通知」だった。4月末に出されたもので、大阪市議らの問い合わせに答える形で、「地方自治法に規定のある本会議でのオンライン開催はできないが、地方議会の委員会では条例や規則を改正すればできる」との解釈を全国の自治体と議会に発信したのだ。

「コロナの感染防止」を前提にした回答とはいえ、オンライン開催に道を開いたのである。

これを受け、5月14日、大阪市議会は委員会のオンライン開催ができるよう、全国に先駆けて会議規則を変えた。26日には大阪府議会も条例改正案を可決した。特に大阪府議会の改正は、感染症拡大防止にとどまらず、育児や介護、災害などで議場に集まれない議員もオンラインでの出席ができるとの規定を盛り込んだ。

このほか、福島県磐梯町なども委員会のオンライン開催を模索している。正規の委員会ではないものの、議員同士の話し合いや全員協議会で導入した栃木県日光市や福井市、広島県大竹市なども加えれば、さらに事例は多くなる。

静岡県の磐田市議会は、5月25日からオンライン化に向けた話し合いを本格化させた。市議の草地博昭さんは言う。

磐田市議の草地博昭さん(撮影:笹島康仁)

「その場の熱や空気のように伝わらないものも多く、オンラインでの熟議は難しいのかもしれません。でも、便利なのは間違いないですから、議会のオンライン化は確実に広がっていくでしょう。新しいルールをつくるのが議員の仕事。さまざまな活用法を探りたいと考えています」

一方、高知県のある地方議会の議員は「議員は高齢者が多く、ペーパーレス化もままならない。オンライン会議なんて無理」と諦めたような声で話す。

冒頭で紹介した取手市議会も、全員がオンライン化の全てに賛成したわけではない。

同市議会は5月18日の議会運営委員会で、感染防止策として議場の滞在時間を減らすために、6月定例会での一般質問の持ち時間を1人30分に半減し、コロナウイルス関連の質問を受け付けないことを決めた。「(オンラインでの対策会議で)議会として提言・協議しているから」という理由からだ。

これに対し、一部の市議らは「有事のオンライン開催には賛成だが、質問内容に制限がかかることはあってはならない」とけん制する。共産党市議の小池悦子さんは「一般質問の場で重要な質問ができなければ、二元代表制としての議会の機能が果たせない。全てをオンラインにするのではなく、工夫をしながら通常開催を模索することが必要ではないでしょうか」と話す。

国会のハードルは「出席」

国会の動きはどうだろう。

議員や官僚が多く出席し、議論がたびたび白熱する委員会は“3密”の象徴だ。国会内で感染が広がれば、重要な質疑や採決に出席できない議員が出る。集団感染が起きれば、国会そのものを開くことができないかもしれない。議員秘書の感染が確認されたこともあり、一部の国会議員からは、対応策を探る声が出ていた。

衆院予算委員会(写真:日刊ゲンダイ/アフロ)

3月には、れいわ新選組の舩後靖彦参院議員が感染症対策のためにオンラインを活用していくことを提言した。4月には、自民党国会議員の有志でつくる「コロナを機に社会改革プロジェクトチーム」がオンラインでの委員会出席や採決などを提案し、立憲民主党の議員らからもオンライン国会の実現を求める声が上がった。

約700年の歴史を持つイギリスの国会は、4月下旬からZoomを導入した。人の密集を避けるため、議場に入る議員数を約50人に絞り、それ以外の議員はZoomで審議に参加する。オンラインでの質疑もできる。

こうした改革が、日本の国会では簡単には実現しそうにない。

イギリス国会ではオンラインで発言することもできる(提供:UK Parliament/Jessica Taylor/ ロイター/アフロ)

地方議会での委員会のオンライン開催を認める総務省通知が出された4月30日、高市早苗総務相は参院総務委員会で、地方議会でも本会議のオンライン開催は認められていないと説明した後、こう答弁した。

「国会でも、やはり憲法の規定もあり、本会議、まあ委員会もそうでございますが、定足数があり、出席を前提としております」

質問者の柳ケ瀬裕文議員(日本維新の会)は「イギリスの議会も、伝統ある議会でありますけれども、オンライン議会のハイブリッド方式ということでありますけれども、新しい一歩を踏み出しました。こういう変化にしっかりと対応できるのかどうなのかというのがまさに我が国の力量が問われている」と述べて質問を終え、高市総務相もそれ以上の答弁をしなかった。

日本国憲法56条は「両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」と定めている。ここで言う「出席」が、一般的には「議場にいること」と解釈されている。

「憲法を変えなくても、議院規則の改正で対応できる」とする憲法学者の意見もあるが、各メディアの報道によれば、自民党国会対策委員長の森山裕氏は、オンラインでの国会開催について「憲法の定めるところによると非常に無理がある」としており、議論は進んでいない。

国会では4月中旬、衆院で一日に開催する委員会数を通常の最大10程度から4程度に絞り、国会への出席者を減らすことで、物理的に“密”を避ける対策を取ったぐらいだ。

日本国憲法の署名原本【写真:毎日新聞社/アフロ(国立公文書館所蔵)】

オンライン議会のメリットは市民にも

若者の政治参画を進めてきた「ユースデモクラシー推進機構」代表理事の仁木崇嗣さんは、国会の対応を複雑な思いで見ていた。仁木さんは、感染症の専門家らでつくる「コロナ専門家有志の会」の情報発信にも関わっている。

「(衆議院の対策のように)議論の場を減らすのではなく、できるところからでもオンライン会議を導入し、議論を深めていく姿勢を示してほしかった。皮肉を込めて言えば、ここ数年の政府による(法律や憲法の)解釈の幅広さを見れば、“出席”の定義を変えることは、たやすいと思います」

「議員の多くはオンラインのメリットに目が向いていませんが、市民の目線で見れば、有益な点が多いはず。オンライン会議は、無駄の省かれた議論になりやすく、意味のない質問や雰囲気でごまかす答弁もやりづらい。議員一人ひとりの発言や表情、聞く態度、野次なども全てが記録され、後から確認もできる。議会中に小説を読んだり、動画を見たりする方もいなくなるでしょう。言動が常時記録され公開されることで、誰が懸命な仕事をされているかが明らかになっていくと思います」

仁木崇嗣さん(撮影:笹島康仁)

仁木さんは続ける。

「これからはデジタル・ネイティブ世代が議員となっていく時代です。コロナウイルスの影響を受けて、多くの仕事で“オンライン”が導入されている。議会がオンラインでないことに多くの人が疑問を持つようになるでしょう。あとは政治家の『やるか、やらないか』というやる気の問題になるのではないでしょうか」

「コロナの先」も見据えて

新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言は5月に入って、次々と解除された。熱を帯びていた「オンライン議会」への動きも、終息してしまうのだろうか。

取手市議会の「オンライン化」は、その後も着々と進んでいる。

5月上旬には、平時も含めてICTを積極活用するよう、議会基本条例を改めた。21日には「市議会感染症対策会議」を新設し、災害対策会議で行なってきた議論を移行した。茨城県の緊急事態宣言が解除された後も、議会運営委員会で議論は続く。オンライン化した場合の執行部の議案説明や議事録の記録方法……。6月定例会に向けた作業は急ピッチで進む。

前出の齋藤議長は「第2波、第3波と感染拡大が起こった時、議会が止まるわけにはいかない。議論を緩めるつもりはありません」と言い、“コロナ後”の議会そのものの絵図も視野に入れている。

取手市議会議長の齋藤久代さん。4月7日にメッセージをYouTubeで発信した(提供:取手市議会)

全国の最先端をゆく取手市議会の改革は、コロナウイルスだけがきっかけではない。

2017年、党派を超えた7人の女性市議によって議会改革特別委員会が立ち上がり、妊娠や出産、育児、介護などを念頭に改革案を検討。市議会で「誰もが政治参画しやすい社会をめざし実効性ある法整備を求める意見書」を可決し、首相らに提出した。

その中では国に対し、「情報通信技術の整備によって、議場以外での議会審議の出席・参加が可能となるような招集・応招・出欠席の定義を国として調査研究し、地方公共団体議会に示すこと」を求めた。この時にオンラインの活用法を探った経験が今の改革につながっているという。

取手市議会災害対策会議の様子。バーチャル背景を使う議員も多い=5月7日

「機械の操作は苦手」と言いつつ、齋藤さんはこう言った。

「考えてみれば、企業では当たり前のテレビ会議をようやく議会が使うようになっただけ。異なる意見を聞く、率直に話す。それができれば、会議室に集まっての議論と変わらないと感じています」

「元々、子育てや介護などが政治参加のハードルになることを避けたくて、そのためにもオンライン化が必要だと考えていました。各地で議員のなり手がいなくなっているように、議員という重要な仕事が、若い人たちにとって魅力的でなくなっている。そんな議会では、面白みがないじゃないですか。オンライン化はその重要な手段であり、できる限り多くの人が議会に参画できる仕組みを議会全体で探っているところです」


笹島康仁(ささじま・やすひと)
記者。1990年、千葉県生まれ。高知新聞記者を経て、2017年に独立。高知県を拠点に取材を続けている。Frontline Press所属。

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