緊急事態宣言や外出自粛要請が出るなかで、「自粛ポリス」の存在感が日に日に増している。店舗に貼り紙をする、県外ナンバーの車を監視する、バーベキューの写真を投稿した個人のSNSを晒す、芸能人がSNSに投稿した写真の粗探しをする――。こうした嫌がらせだけでなく、無自覚に行う相互監視も含まれる自粛ポリス。「他罰する快楽」に溺れてしまう人々が後を絶たないのはなぜなのか。緊急事態が私たちの心を蝕み、「ポリス化」する背景を探った。(取材・文:山野井春絵/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「正義」だから堂々とやってしまう
「ちょっと喉がつっかえてゴホンと言っただけで、『コロナだ! あっちいけ!』となる。県外ナンバーの車も、本当はどこからきているのか確かめる術がないのに、『とにかく危なっかしい奴らは出ていけ』。店の貼り紙も投石も、自粛ポリス的な発想の人たちには『正義』ですから、堂々とやってしまうんです」
社会心理学者の碓井真史さんは、「自粛ポリス」とも呼ばれる人々の心理をこう分析する。
「生活への不安や欲求不満で、攻撃性が高まるんですね。みんな、イライラをぶつける相手を探している。それが家族への八つ当たりだったり、県外ナンバー車の監視だったり、お店や役所への文句なんでしょうね。ある意味、私たちの中にある防衛本能でもあるんです。不安が高まれば、自分を守りたくなる。それが『よそ者』への攻撃に向かっていくんです」
今、日本中に広まりつつあるのは、人それぞれの「正義」だ。非常時に人々がパニック状態になり、よそ者や少数派を攻撃する心理は、SF映画などでもよく描かれてきた。理由を探し出し、独自の正義感から悪に対して鉄槌を振るう。
「コロナ禍の現在は、県外ナンバーも、人が集まる商店も、少し咳をしている人も、仲間ではなく敵。『敵は追い出さねばならない、それが正義だ』という発想です。それを受けて、感染した人が『申し訳ない』と謝ってしまう。心に余裕があれば、他人を攻撃する必要はない。病気への不安、経済的な不安から、『他人の行動が許せない』という怒りを増大させていると思います」
損をしてでも相手を貶めたい
「何でやってるの? 休場にしろよ」(原文ママ)
ツイッターで、こんなダイレクトメッセージを送られた弁当店もある。
SNSでの誹謗中傷は、毎日止むことはない。すでに多数の裁判事件になっているのだが……。
「人の感情は『比較』なんですよね。相手と自分とどっちが上なのかっていう風に考えると、損してでもいいから相手の収入を減らしてやれ、っていう発想になる。SNSの誹謗中傷も貼り紙行為も違法行為になりかねませんが、リスクを冒してでも相手を貶めたい。当人にとっては正義の鉄槌なんです。正義のためなら、違法なことも許されると思っているんです」
公園で遊んでいる子どもたちが、白い目で見られてしまうこともある。
「科学的な根拠は特になく、目にした情報を集めて、自己流のルールを作ってしまう。絶対に私は正しいぞ、と思っている。自分の気に食わない情報は排除する。自粛ポリスの考え方は、こういうものです。非常時では、普段隠れている偏見や差別が出てくることもある。でも、これは、ほとんどの人たちにも当てはまる。パーソナリティーって結局、環境次第なんですよ」
SNSで攻撃性は伝染する
芸能人のSNSにも異変が起きている。レジャーや優雅な暮らしぶりが「不謹慎だ」と叩かれるため、写真公開時に「これは緊急事態宣言の前に撮ったものです」といったエクスキューズが見られるようになった。
「芸能人は、いわば『反撃してこない隣人』。だから、自粛ポリスの正義からすれば、攻撃しても良い相手ですよね。居酒屋で芸能人の悪口を言っても何の問題もなかった。でも、それをネットの公の場で言うことの意味を自粛ポリスは理解していない。心の奥底にある攻撃したい思いと、攻撃できるターゲットがそろった時に、自粛ポリスが発生する。それがこのコロナ禍で、条件が揃ってしまっているのかもしれませんね。そして伝染していくんです」
自粛ポリスに近い心理を誰しも抱きうる、とも碓井さんは指摘する。冷静に他者とコミュニケーションを図るには、どうしたらいいのか。
「人間の思考回路は、『近道的な思考回路』と『遠回りにゆっくり考える』という2通りだと心理学では考えられています。例えば『ドイツ人は真面目だ』とか『アフリカ系アメリカ人はリズム感がいい』みたいなのが近道な考え方。実際には、真面目じゃないドイツ人も、特に音楽が好きではないアフリカ系アメリカ人もいます。ゆっくり考える思考パターンに戻せば、短絡的な思考を離れて冷静になれる。まずは『心の中のパニックを沈めろ、落ち着け』です。情報から離れることも一つの手段でしょう」
短絡的な行動をする人たちを頭ごなしに責めるのは効果的ではない、と碓井さんは言う。
「『なるほど、あなたの考え方はごもっともですね、今はこういう時ですしね。でも、ちょっとゆっくり考えてみたいですね』という共感的な対応が必要だと思っています」
デマという「情報ウイルス」
今年のゴールデンウイーク中に放送された「サザエさん」(フジテレビ系)に、家族でレジャーに出かけるシーンがあった。それが「不謹慎だ」と「炎上」したという一部報道があった。実際には、せいぜい「ボヤ」以下だったのだが、こうした一部メディアの大袈裟な「炎上」報道が、本物の炎上を呼ぶ危険性も指摘されている。ネット上の自粛ポリスと、それに便乗するマスコミ。この構図について、SNSコミュニケーションに精通するブロガーの徳力基彦さんはこう分析する。
「テレビの場合は、視聴者が数百万人の単位。そのうちツイートする人が仮に1%だとして、そのうちの1/10がネガティブな投稿をしたら、数千件はネガティブな投稿が出る。メディアからすると、『これはまとめれば炎上に見えなくもない』っていう状況が、実は毎日起こっています。ただ、それを炎上と呼んでいたらキリがない。マスメディアの世の中の取り上げ方もポイントです。発信をしている人間のレベルアップが求められていると思うんです」
出来事を伝えようとするとき、どうしても伝える人のバイアスがかかる。ネットを素材に、賛否両論の出来事を都合よく加工しやすい時代になっている、と徳力さんは言う。
「毎日ネガティブなニュースの爆撃を受け続けていたら、どんなに精神的に健全な人でも、やっぱりメンタルがやられると思うんですよ。特にコロナ禍の現在、たいして炎上していないのに『炎上』と書くのは、今はやめませんか、と言いたいですね」
背景には、日本でのメディアリテラシー教育の遅れがある、と徳力さんは指摘する。
「メディアリテラシー教育では、『メディアの報道は間違う可能性がある』という前提を基本とします。ただ、日本はメディアが正しいのが前提になっている人が多く、間違った報道を信じてしまいがち。当然、個人でも間違った情報を発信することがあるわけです。去年、常磐自動車道での煽り運転事件のとき、『犯人と同乗していた』と別の人の名前がネットで書かれてしまったように。リツイートですら、責任ある行為だと認識しなきゃいけないんです」
ついつい、目にした情報を是としてLINEで知人に回してしまったり、ツイッターの情報も気軽にリツイートしてしまうものだ。
「『正義感』なんですよね。いい話を聞いたから教えてあげようっていう、その行為自体は正しいと思うんですよ。でも、『情報ウイルス』にも人間は犯されやすくなっているんですよね。情報リテラシーが低いから、デマに感染するとすぐに広めてしまう」
それを防ぐためのリーダーシップを、政治や企業がとるべきだと徳力さんは語る。
「自粛ポリスとして活動する正義感があるなら、その力を本当に困っている人を救うことに使う方法を彼らに提示してあげるべきだと思います。『何かやりたい』というエネルギーの向け方が何も提示されずに、『Stay Home』だけになっちゃうと、持て余す人がいるのはある意味当然。自粛ポリスのエネルギーをいい方に使えるように、困っている人と自粛ポリス的な人を、インターネットの力でつなげることはできると思います」
緊急事態宣言は5月末まで延長され、政府の専門家会議が提示した「新しい生活様式」という言葉が話題を呼んでいる。今は新しい常識を作ろうとしている時間なのだ、と碓井さんは言う。
「以前は『列は詰めてください』が常識でした。今は、『少し距離をあけましょう』となってきている。でも、何が正しいマナーなのか、まだみんながよくわかっていない。みんな自分は正しいと思っていますから。でも、携帯電話のマナーのように、新しい常識が確立されていくはずです。それまでは、まずは意識できる人たちから、共感的なコミュニケーションを積み重ねていくことが大切だと思います」
碓井真史(うすい・まふみ)
東京都出身。日本大学大学院後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。専門は社会心理学。テレビの情報番組にも多数出演。著書に『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』(いのちの言葉社)、『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』(主婦の友社)など。
徳力基彦(とくりき・もとひこ)
noteプロデューサー/ブロガー。NTTやIT系コンサルティングファームなどを経て、アジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。代表取締役社長や取締役CMOを歴任し、現在はアンバサダープログラムのアンバサダーとして、ソーシャルメディアの企業活用についての啓発活動を担当。著書に『顧客視点の企業戦略』(宣伝会議)、『アルファブロガー』(翔泳社)など。