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中野敬久

外出自粛、家族が息苦しい人へ――「愚痴が正気を保ち、先の見えない現実を生きる助けになる」

2020/04/18(土) 10:34 配信

オリジナル

「家族同士とはいえ、適切な距離を取るほうが健全であり安全――」。新型コロナウイルス対策の外出自粛が長引いている。臨床心理士で、親子、夫婦関係など家族問題に関するカウンセリングを行う信田さよ子さんの元には、家の中の息苦しさや緊張感を訴える声が届いているという。DVや虐待の増加も懸念されている。不安やトラブルにどう対処するか、信田さんに聞いた。(取材・文:田中有/Yahoo!ニュース 特集編集部)

信田さよ子(のぶた・さよこ)/臨床心理士。1946年岐阜県生まれ。1995年に原宿カウンセリングセンターを設立。『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』『家族の悩みにおこたえしましょう』『後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと』など著書多数(撮影:長谷川美祈)

オンラインの「愚痴」が助けになる

――外出自粛が続き、DVや虐待の増加が懸念されています。

私の運営するカウンセリングセンターにも、家の中の息苦しさや緊張感を訴える声が届いています。ある人は、以前DVをしていた夫と再同居したばかりでした。なんとか日々をうまく過ごせるようになり始めたのに、コロナの影響で終日夫が居ることになった。そこにアメリカの株価が急落し、FXで大損。すると、昔のような夫に戻ってしまったのです。家族全員が狭いマンションで顔を突き合わせて過ごさなくちゃならない。社会にクライシスが増えていることを、日々肌身で感じています。

――目に見えないウイルス、収入が減ること、そして何より終息の見通しのなさなど、私たちの暮らしは解消されない心配事と不安に満ちています。

ほとんどの人が、大きな不安に駆られていることでしょう。人間が持つネガティブな感情のうち、恐怖や怒りは対象と原因がはっきりしているので対処しやすい。でも不安は茫漠としていてつかみどころがなく、なかなか消えません。そのくせ大きなエネルギーに満ちていますので、心を蝕むのです。このエネルギーを方向づけるために、人は「将来が不安だから勉強しよう」のような、何かを「達成する」力に変えてきました。

しかし、健康や経済への不安が膨らんでいくと、人は望ましくない放出の仕方をします。それが弱いものに対する暴力や支配行動です。家族が閉鎖的な空間で過ごす時間が長くなった今、配偶者へのDV、子どもへの虐待という形を取って、水面下で頻繁に起こっているのではないかと危惧しています。

平日夕方の渋谷駅改札。普段なら帰宅者も増える時間だが、人はまばら(撮影:中野敬久)

――不安を少しでも軽くする方法はあるのでしょうか。

この状況下でまったく平気だというほうが異常で、不安になるのは当たり前だと私は思います。私もこの先どうなるのだろうと考えて、眠れないことがあります。ですので、苛立ってとげとげしい気持ちに襲われるのはわかりますが、その結果子どもを怒鳴ってしまうといった行動はまずいでしょう。気持ち・感情と行動を分ける必要があります。弱者に対する暴力はあってはならない。とりわけ、子どもにぶつけることを大人は厳に慎まなければならないのです。耐えることが必要ですね。

不安のエネルギーは心に溜め込まないで、こまめに放出する必要があります。一番いい方法は「井戸端会議」。ただ家族の愚痴をおしゃべりすることです。これは、アルコール依存症の当事者による自助グループの集まりや、震災での被災経験の語りからヒントを得ました。愚痴って大切なんですよ、グチることが私たちの正気を保ち、先の見えない現実を生きる助けになるのです。

――オンラインでのやり取りが広がっていますね。

実際に会うことが難しいので、スマホを駆使しましょう。私の周りにも、友人たちと小さなグループをいくつもつくり、ZoomやSkypeであれこれコミュニケーションを取っている人がたくさんいます。

大事なのは、意見したり批判したりせず、ただ言いっ放し、聞きっ放しにすること。誰かに聞いてもらえただけで、つらいことや嫌なことがその場に吸収されていく。これが不安エネルギーの軽減につながるのです。なお、メールやLINEなどテキストのやり取りでは、相手から返信がないことでかえって傷ついてしまう場合もあるでしょう。グループに入るときに「既読がついたらそれで十分」などと自分で決めるようにしておくといいと思います。ただし、注意がひとつ。あちこちでオンライン飲み会が開かれていますが、お財布も終電も気にしなくてよいとばかりに酒量は増えやすいと自戒してください。

(撮影:中野敬久)

一日の予定に「遊び」を組み込む

――外出自粛が長期化するなか、家族がなるべく仲良く、問題なく過ごしたいものです。そのためのヒントはありますか。

テレワークというのは、単に会社からパソコンを持って帰ってきたということではなくて、職場が家族の中に入ってくるという、大きな変革です。これまで仕事一辺倒だった人なら、家には居場所を持たず、遅くまで仕事して、家では風呂入って寝るだけ。家の中はほかの家族の天下だったところに、テレワークの居城を作らなくてはならなくなった。ITに不慣れだったり、家のネット環境が不十分だったり、イライラの種には事欠きません。子どもも両親の間の空気には敏感です。

例えば、一日のルーティンに「遊び」を定期システムとして組み込むのはどうでしょう。家族って、普段は日々のルーティンをこなしているだけで、盆暮れ正月くらいしか一緒に遊んだりしなかったりしますよね。この機会に、家族全員が毎日1時間とか時間を決めてゲームをする。トランプとか、囲碁や将棋でもいい。両親で事前に「大人が本気を出し過ぎない。キレたりケンカしたりは論外ね」と確認しておきましょう。

――4月上旬に東京都内で、50代の夫が妻に平手打ちをし、転倒させて死なせる事件が起こりました。「外出自粛で収入が減り、稼ぎが少ないことを罵られてカッとなった」と動機を述べています。

暴力を受けていきなり警察に通報するのは抵抗がある場合、そういう兆候が見えたら自治体の婦人相談センターなどのDV相談電話の番号を調べておく。あるいは警察の生活安全課というDVの担当部署に相談して「夫が怖い。何かあったら連絡するので見に来てほしい」と、つながっておく。そして本当に暴力が起きそうなら、ためらわずに110番をしてください。使っていいのです。誰もが不安なわけで、暴力衝動が潜んでいることは、このような世の中なら当たり前なのですから。

(撮影:長谷川美祈)

家庭でも、自分だけの時間と空間を

――それぞれの家庭での過ごし方や家族の機能が改めて問われています。

9年前の東日本大震災では「絆」が叫ばれ、家族はひとまとまりになる姿こそ美しいとされました。そして今度は「Stay Home」。社会が、世の中が、家族に最終的な救済を求めるという構造は少しも変わっていません。けれども、仮設住宅という家族の空間でDVによる死者が出るというケースが複数あったのです。

――信田さんはずっと、家族がひとつ屋根の下で干渉し合うことが長く続くと、さまざまな不全が起こると警鐘を鳴らしてきました。

今回、国の基本方針として「3つの密(密閉空間・密集場所・密接場面)を避けよう」が掲げられました。この3密から、家庭は除外されている。家族だけはどういうわけか、2mの距離なんか関係なく接近していい。なぜならば、家族とは、あなたのためなら死んでもいいという人たちの集団だから、ということでしょう。家族がそれを望んだというのではなくて、国や世界のシステムの根本がそうなっている。だけど、そんな期待をされてもいろいろ無理が生じている、それが日本の現状だと私は考えています。

密着は暴力を招きます。これまではそれぞれ、職場や学校などお互いが外の社会に所属することで、一番安全であるべき家族が維持されていました。ところが今や、家族だけが最後の受け皿になってしまった。普段から家族を大切に思っている人でも、現在の状況は過酷ではないでしょうか。家族同士とはいえ、適切な距離を取るほうが健全であり安全です。家族の中にも「3密のNG」はあったほうがいい。そういう距離感を保ったうえで、家族間であったつらいこと、イラッとしたことなどを、外のコミュニティーに聞いてもらって一日を生き延びてください。

(撮影:中野敬久)

――閉ざされた家の中で、それでも距離を取るにはどうしたらいいでしょう。

例えばパーティションでリビングのスペースを区切るとか、ウォークインクローゼットを整理して作業場にしている人もいます。少なくとも、家族がいて家事が山積している状況にあっても、自分だけの時間と空間を確保してほしい。そのことを後ろめたく思う必要はありません。

根底から変革するチャンスに

――家族との関係が悪く、家にはいたくないという中学生や高校生のケースも考えられます。そういう若年層が安全に過ごせるような逃げ場はないものでしょうか。

ネグレクトや暴力などがあって家に居場所がない少年少女の問題は増えていると思います。一方で、受け皿となっていた子ども食堂とか、公的な支援施設が次々と閉鎖になってしまいました。家出したい女の子を家に呼ぶとか、アンダーグラウンドで働かせる。その結果、性的搾取につながっていく。コロナ以前から深刻な問題でしたが、世情がこのようになった今、一層危機的状況になっています。家を安心できる場所とは考えられない若い人たちが安全に過ごせるように、社会ができることは何なのか......。申し訳ないけど、私にはわからない。ものすごく心配だ、としか言えません。

しかし、家庭の中に緊張とか不穏な空気が流れるということを、多くの人が現在、体験しています。これまで他人事だった虐待や暴力を、自分から遠くないこととして考えられるようになるかもしれない。一般の人の意識が変わって、近い将来、世の中のシステムがガラリと変わるチャンスではないか。そういう希望を捨てないでいようと思います。


配偶者からの暴力被害者支援情報(内閣府男女共同参画局)
■電話相談窓口
DV相談ナビダイヤル 0570-0-55210
DV相談+(プラス) 0120-279-889(4月20日以降) ※
※外出自粛が続くなか増設される相談窓口。当面は毎日9〜21時、4月29日夜から24時間対応予定。案内は内閣府男女共同参画局のホームページで。


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