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マスク生活で「鼻毛」はどうなるか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 呼吸で空気の主要な入り口である鼻の穴に生える鼻毛は、微生物を含む異物を最初に防ぐためにある。マスク生活が長いが、鼻毛にはどのような影響があるのだろうか。

物理的なフィルター

 鼻の穴の最前部に生えている鼻毛は、呼吸で吸い込んだ空気中のホコリや花粉などの異物を最初に防ぐフィルターの役割を持っている。吸い込まれた空気はその後、嗅覚神経のある鼻粘膜で覆われた鼻腔を経て気管へ流れ込んでいく。ウイルスを含む微生物は鼻毛では完全にとらえきれず、主に鼻腔内の鼻粘膜に生える繊毛によって喉の奥に飲み込まれることで排除される(※1)。

 コロナ禍でマスクを着用する時間が増えた。人工的なマスクの感染防止効果は明らかだが、我々の安全な呼吸のために最初の自然な関門となる鼻毛はどうなるのだろうか。

 ヒトの鼻腔の構造や鼻粘膜の微生物防御に関する研究は多いが、鼻毛に関する研究は少ない。なぜなら鼻毛は単に物理的なフィルターに過ぎず、ヒトが微生物を含む異物を排除するためには、鼻腔の鼻粘膜の繊毛による移動システムが重要だからだ(※2)。

 特にアレルギー性物質や病原性微生物は、鼻粘膜に付着することでアレルギー鼻炎や感染症を引き起こすので研究対象になりやすい。また、鼻毛があってもなくても鼻腔内の物質の挙動と鼻粘膜への付着にそれほど影響はないようだ(※3)。

 だが、鼻毛は主に5ナノメートル(100万分の5ミリメートル)以上の物質をとらえられると考えられ、特に20マイクロメートル(100分の2ミリメートル)以上の物質のフィルタリングで重要だ(※4)。スギやヒノキの花粉の直径は約30マイクロメートルなので鼻毛の段階で侵入を防ぐことが期待されるが、PM2.5の黄砂は2.5マイクロメートル以下なので鼻毛ではとらえにくく、鼻粘膜の繊毛による除去に頼ることになる。

マスクで鼻毛は少なくなる?

 米国人を対象にした調査では左右の鼻腔あたり平均120から122本ほどの鼻毛が生えているが(※5)、前述したように鼻毛がなくても異物の排除には影響はない。だが、鼻毛を抜くことでブドウ球菌などによる感染症(鼻前庭炎など)を引き起こしたり、鼻毛が鼻腔内に埋まってしまう埋没毛が起きたり、花粉などの侵入を防ぐことができずにアレルギー性鼻炎や喘息を発症しやすくなったりする。

 鼻毛の密度と季節性のアレルギー性鼻炎と喘息の発症の関係について233人を対象に行った調査研究によれば、鼻毛の量と密度には個人差があり、それによって調査参加者を3つのグループに分けて調べたところ、鼻毛が少ないと特に喘息の発症リスクが大きく増えることがわかったという(※6)。一方、鼻づまりは鼻毛の多い人によく生じるという研究もある。30人を対象にした評価実験では、鼻毛を除去したところ、鼻づまりの症状が軽減したという(※7)。

 では、マスク生活が長くなると鼻毛はどうなるのだろうか。

 福岡女子大学で大気汚染の研究をしている研究者の人工鼻毛を使った論文によれば、呼吸量が増えると鼻毛がとらえられる物質が増え、特に呼吸の流入スピードが増えると5マイクロメートル以下の物質は鼻毛に衝突せずに鼻粘膜へ到達するようだ。また、鼻呼吸のほうが口呼吸よりも物質の侵入を効率よく防ぐことができ、より細い鼻毛のほうがとらえる大きさの幅が大きかった(※8)。

呼吸によって吸い込まれた空気中の物質(Particles)で鼻毛に衝突したものがとらえられる。Brownian diffusion(ブラウン拡散、運動)、Inertial impact(慣性衝突)、Intercept(インターセプト、妨害)。Via:Chang-jin Ma,
呼吸によって吸い込まれた空気中の物質(Particles)で鼻毛に衝突したものがとらえられる。Brownian diffusion(ブラウン拡散、運動)、Inertial impact(慣性衝突)、Intercept(インターセプト、妨害)。Via:Chang-jin Ma, "Experimental Verification of the Particle Blocking Feature of Nasal Hair" AJAE, Vol.13, No.2, 99-105, June, 2019

 マスクは、呼吸で吸い込む空気の中の物質をフィルタリングする。また、鼻から吸い込む空気の流速も減らすだろう。

 鼻毛の役割は、比較的大きなサイズの物質を物理的にフィルタリングすることだが、マスクは鼻毛の役割を軽減していることになる。マスク生活が続けば、負担が減った鼻毛は、より長いスパンでみるとその本数や密度を減らすことが予想される。

※1:Mareike Gastl, et al., "Depicting the inner and outer nose: The representation of the nose and the nasal mucosa on the human primary somatosensory cortex (SI)" HUMAN BRAIN MAPPING, Vol.35, Issue9, 4751-4766, September, 2014

※2:Jan-Alexander Schwab, Matthias Zenkel, "Filtration of Particulates in the Human Nose" The Laryngoscope, Vol.108, Issue1, 120-124, January, 1998

※3:H. Hahn, et al., "Velocity profiles measured for airflow through a large-scale model of the human nasal cavity" Journal of Applied Physiology, Vol.75, Issue5, 2273-2287, November, 1993

※4:D L. Swift, J. Kesavanathan, "The Anterior Human Nasal Passage as a Fibrous Filter for Particles" Chemical Engineering Communications, Vol.151, Issue1, 65-78, 15, November,1995

※5:Christine Pham, et al., "The quantification and measurement of nasal hairs in a cadaveric population" Journal of the American Academy of Dermatology, Vol.83, Issue6, 1, December, 2020

※6:Ozturk AB, et al., "Does Nasal Hair (Vibrissae) Density Affect the Risk of Developing Asthma in Patients with Seasonal Rhinitis?" International Archives of Allergy and Immunology, Vol.156, 75-80, 2011

※7:David G. Stoddard jr, et al., "The Effect of Vibrissae on Subjective and Objective Measures of Nasal Obstruction" American Journal of Rhinology and Allergy, Vol.29, Issue5, 1, September, 2015

※8:Chang-jin Ma, "Experimental Verification of the Particle Blocking Feature of Nasal Hair" AJAE, Vol.13, No.2, 99-105, June, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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