ウクライナ軍とロシア軍の弱点とは:「戦場の霧」とソ連と西側文化の対立
本日19日より広島G7サミットが始まる。ウクライナの反転攻勢は、まだ始まりそうにない。
この緊張状態において、今回はウクライナとロシアの弱点について書きたいと思う。
1,ロシアの弱点と「戦場の霧」
ウクライナは「攻める側」という大きな利点をもっている。対してロシア側は「守る側」であり、大きな弱点となる。
ウクライナは現在「戦場の霧」と呼ぶべき作戦を実施している(「戦争の霧」ともいう)。
これは意図的に、軍備、位置、目的について、霧のように曖昧さを維持する作戦のことである。
守る側のロシアは、どこからウクライナが攻めてくるかわからない。なんといっても、両軍の戦線は1800キロにも及ぶ。これは、札幌から岡山くらいまでの距離だ(自動車道利用)。広大な大陸の闘いである。
だからウクライナ側は、本格的な攻勢を前に、あちらこちらで攻撃やサボタージュなどを駆使して、ロシア側を撹乱する。ウクライナ国内のロシア占領地は言うに及ばず、ロシア国内の拠点に対しても、多数のドローン攻撃を行っているのだ。
まずは黒海方面での資源への攻撃である。
4月29日にはセヴァストポリ港の燃料庫が大火災、5月2日にはクリミアに近いロシアのヴォルナ村で別の石油拠点で火災。5月4日、黒海に面したロシアのクラスノダール州イルスキーの石油精製所で爆発。
さらに、サボタージュ作戦も加速している。
5月初め、ウクライナとの国境に近いロシアのブリャンスク地方で、2台の貨物列車が爆発物の直撃を受け、脱線した。さらにサンクトペテルブルクの南50キロにあるスサニノ村の近くの送電線も破損した。
1800キロの戦線においては、オリヒフやパブリフカでの攻撃を含む無数の小規模攻撃を実行している。
この「戦争の霧」作戦は、19世紀初頭、プロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツによって理論化された表現である。
戦場の霧とは同じではないが、「攻める側と守る側の利点と不利」の本質でいえば、赤穂浪士の襲撃と吉良上野介邸の守りと同じことだろう。
「霧は、戦争の構造的条件です。作戦の安全性を確保するために霧を発生させるのです。ウクライナ人はこのゲームが非常にうまい」と、雑誌『Défense & sécurité internationale』の編集長であるジョゼフ・アンロタン氏は『ル・モンド』に説明している。
「ウクライナ軍は北部だけでなく、南部や東部でも攻撃しており、ロシア軍参謀本部はジレンマに陥っています。すべてを守ろうとするあまり、どこもかしこも弱体化してしまうか、あるいは特定の場所に軍を集中させ、他の場所を弱体化させてしまうかです」
物理的な攻撃だけではない。言葉でも撹乱して、戦争の霧をつくりだしている。
5月16日、ウクライナのレズニコフ国防大臣は、ロシアの極超音速ミサイル「キンジャール」6発を空軍が撃墜したと発表した。「ウクライナ空軍がまた信じられないような成功を収めた!」とツイートした。
ウクライナ空軍はこの日、キーウへ向けて短時間に集中的に撃ち込まれたミサイルを計18発迎撃したが、そのうち6発はキンジャールだったとした。
ゼレンスキー大統領は、地対空ミサイルシステム「パトリオット」をはじめとする兵器を供与した各国に感謝の意を示した。
さらに英国国防省は「プーチン大統領はキンジャールを『無敵だ』と誇示してきたが、これがぜい弱だったことはロシアにとって驚きであり、困惑しているだろう」と援護射撃(?)している。
しかしロシア側では、ショイグ国防相が「そんなに多くのキンジャールは発射していない」と反論している。「ウクライナの迎撃は、我々が発射するより3倍多い」とRIA Novosti通信に語った。
4月27日には、NATOのストルテンベルグ事務総長は、連合国は「新たに9つの装甲旅団を装備するために、230台の戦車、1550台の装甲車、および約束した装備の98%にあたる大量の弾薬をウクライナに送り込んだ」と述べた。本当だろうか。
また、ヘルソンの夜間外出禁止令も、疑おうと思えば疑うことができる。5月5日から58時間出されたもので、一切の移動や外出、街の出入りが禁止された。
これは、キーウが東部と南部のロシア占領地を奪還するための大規模な攻勢の準備が「完了に近づいている」と述べたために、出された措置ということだった。
しかし結局、反攻はまだ始まっていない。これは一体何だったんだろうか、気になっている。
これらは、言葉でロシア軍の士気をくじく目的があるのだろう。どこまで何が本当か、疑いの目をもちながら冷静に観察する必要がある。
このような強気の態度の一方で、ゼレンスキー大統領は5月11日BBCとのインタビューで「ロシアに対する反転攻勢に備えるにはさらなる時間が必要だ」と発言している。そうかと思うと、14日には訪問先のベルリンで「ほぼ準備ができている」と発言した。
現実に行っていることは、イタリア・ドイツ・フランス・イギリスを訪問で、さらなる武器の要請をしていたのも事実である。
ロシアの偵察衛星
ロシアに対する「戦場の霧」作戦が効果的なのは、ロシア軍はウクライナ軍がどこに集中するのかを知る術がほとんどないからだ。
モスクワが保有する軍事用の光学偵察衛星は、ペルソナ2号と3号の2機だけである。
低軌道に位置するため、静止衛星と違って、定位置にとどまることができない。「ウクライナ側は衛星の通過を知り、上空に到着すると隠れる」とフランス軍関係者は言う。
開戦時に大活躍したロシアの無人航空偵察機「オルラン」は大損害を受け、イリューシンIL-20やアントノフAn-30といった偵察機も、対空防衛システムを恐れてウクライナ国境にあまり近づかない。
ウクライナが欧米より、ロシアとは比較にならない規模の衛星資源へのアクセスを提供されているのと、対象的であるという。
昨年の夏からは、フィンランドのアイスアイ社からレーダー観測衛星を借りており、夜間や重い雲の下でも地上を観測することが可能だ。
また、キーウはこのスタートアップ企業と協定を結び、同社の他の20基の衛星から高解像度の画像を入手できるようにしている。
ロシアのペルソナとは異なり、高い頻度で監視対象地を観測することができると、『ル・モンド』は伝えている。
ワグネルの代表プリコジン氏は、「我々は70%の弾薬が不足している!」と叫び、「バフムートから撤退する」とまで司令部を脅した。
(ちなみに、結局5月7日、総司令官時代からワグネルには理解があったスロヴィキン現・副司令官が、今後「ロシア国防省と協力して、ワグネルグループの軍事作戦に関するすべての決定」を下すことになった。プリゴジン氏は「彼は大将の星を持ち、戦い方を知っている唯一の人物である」と称賛した)。
また、5月6日には、ウクライナ南部のザポリージャ州で、親ロシア派トップがロシア軍の占領下で前線に近い18の村の住民の避難を発表した。
これらはウクライナの「戦場の霧」作戦が、ロシア側の焦りを誘発するのに成功したためだろうか。
モスクワがやたらにキーウを攻撃するのは、イライラ不安にさせられる報復と威嚇いう側面もあるかもしれない。
2,ウクライナ側の弱点:ソ連の残滓
「ウクライナは現在、2つの将校文化(西側とソ連)と、1つの現場文化があります。同居は必ずしも容易ではありません」
そう語るのは、フランス戦略研究財団(FRS)のヴァンサン・トゥーレ研究員である。
彼が『アトランティコ』のインタビューで語った内容によれば、ウクライナ軍の上級将校のほとんどは、ソ連の文化で訓練を受けてきた。
もう一つの西側の文化は、2014年クリミア併合から始まったドンバス内戦で、特定の幹部が西側で訓練を受けてきたことに関係している。
この西側が与えた訓練によって、戦争の進め方における西側の戦略(任務指揮、兵站への特別な集中)がウクライナに輸入されたのである。ドンバスの経験を、西側流に結実させた。
この2つの文化は、補完し合うことができるが、一方では「部下に与える主導権」に緊張が現れると、トゥーレ氏は言う。
「部下に与える主導権」について、トゥーレ氏はこのインタビューでは語っていない。しかし、ソ連式(ロシア式)の軍隊は、ソ連の政治社会体制と同じように、上意下達型なのは有名な話である。要は「何も考えずに上に従う」文化なのである。
これは、西側民主主義国家の、中級や下級の士官にも階級にあった指揮権を与える、つまり「自分で考えて行動し、責任をもたせる」文化とは対照的であると言われる。
ソ連流に慣れたウクライナ軍人に、この西側式に変われと求めるのは、意識改革である。西側の武器の扱い方を教えるよりも難しくて、時間がかかることに違いない。
ウクライナに西側式が流入され始めてから、まだ10年も経っていない。この異種混合は今日も増し続けているという。
「軍隊にはどんどんウクライナ軍旗のもとに人が増えており、どちらかというとソ連文化で育った将校が召喚されています。
旅団は、ウクライナ人がこの1年で集めた男性の超過分をすべて管理するには小さすぎます。より高い次元のものを作らなければなりませんでした。現在では、いくつかの旅団を調整するための軍団が存在します」
「そのためには幹部が必要です。欧米の援助によって、より多くの兵士や将校を訓練することが可能になったとしても、一朝一夕に集めることは不可能なのです」
西洋文化の将校はキーウ軍で大きな損失を被り、彼らの影響力は低下する傾向にあったのだという。
「この異種混合は、ウクライナ軍の兵力構成、特に部隊や兵器の調整・編成方法に影響を与え、さらに軍備計画にも影響を与えるでしょう。
デジタルシステムによる統合というソ連のビジョンは、西側のものとは根本的に異なるものになるでしょう。これが摩擦を生む。ウクライナの大きな課題の一つです」
それでは「一つの現場文化」とは何だろうか。
大変興味深いことに、トゥーレ氏は、ドローンを使った攻撃は、市民社会の援助があってこそだったと示唆している。
「現場の文化は、より経験的なものです。2014年以降、ウクライナ民間人の中の徴兵、ボランティア、支援者の間で発展してきたものです」
「この文化は、欠陥を補うために発展してきました。2014年、ウクライナの市民社会は、自分たちの国家がロシアの侵攻を封じ込め、軍事的な必要性を賄うことができないことに気付いたのです」
そのため2014年以降、ドローンやロジスティクスを持参し、これらのドローンを機能させるためのアプリケーションを開発する多数の団体を通じて、軍隊を支援する市民組織が存在するようになったのだという。
ソ連時代の劣化版?
「ロシアの攻撃は失敗し、悲惨な損失と引き換えに、惨めな利益を得ました」と、仏戦略研究財団フィリップ・グロ研究員は、RFI(ラジオ・フランス・インターナショナル)に、述べている。
「ロシア軍は、2022年の秋にはおそらく崩壊寸前だったのではないかと思われるほどのレベルの損失に直面していました。人的損失、物的損失。だからこそクレムリンは、単に兵力を補充するための部分的な動員に乗り出すしかなかったのです」
トゥーレ氏も同じことを指摘する。
今のロシア軍は「ソ連軍の絶対的な劣化版であり、ほとんど戯画化された新ロシア軍が実際に存在するのです」という。
「1年前にウクライナに侵略したロシア軍、ロシア国家による10年間の投資の恩恵をずっと受けて近代化されるはずだったこの軍隊は、消滅したのです。 機能的にも人間的にも、幹部を失い装備を失い、そして何よりもその結果、機動戦を遂行するための一貫性と技能を失いました」
もはやウクライナの戦線を突破するだけの十分な可能性はまったくないのだという。
「だから消耗戦は、人を機械として扱うメカニックな戦争、残忍な戦争となるのです」
戦闘が、まるで第二次大戦をほうふつとさせる、消耗戦の地上戦になっている最初の原因は、空軍であっただろう。
5月16日、英国のスナク首相とオランダのルッテ首相が、ウクライナにアメリカのF16戦闘機の調達を支援する「国際的な連合」の構築に向けて取り組みを進めていることが分かった。英首相官邸が公表した16日の首脳会談の記録から明らかになった。
ここまで多くの市民や兵士が死に、ウクライナの普通の家々が破壊されて、やっと最初の根本に立ち返ったようである。
ロシアは航空優勢を今もって取れていない。
ロシア航空宇宙軍は、航空優勢を取るという西側の戦略も考え方も装備ももっていなかったのだという。
今にひきずる遅れの原因は、共産主義の社会政治体制の歪みのせいだけではなく、技術の遅れ(特にレーダー)が大きかったようだ。
現在のロシア航空宇宙軍は、仏戦略研究財団の秀逸なレポートによれば、「安全な距離に撤退したが、これは実際にはデフォルトで快適な位置、すなわちソ連の航空戦略の概念に戻ったことを意味する」のだという。
「航空部隊は、指揮統制(C2)、飛行場、戦略的対空システムに対する深い攻撃のための、弾道兵器の補完的火力に過ぎない」のであり、「階層的には、航空軍と対空軍は独自のオペレーションの場を持たず、軍管区の計画の一部であり、その指揮は法律上ではないにせよ、実際には陸上のものである」とのことだ。
それならば初期のうちに西側がウクライナ空軍を援助していれば、航空優勢どころか制空権が取れて、ウクライナ市民にこれほどの犠牲は出なくてすんだのではないか。
これに関しては「ロシア軍の弱点の多くは、戦前からロシア軍事の専門家の間で疑われていたが、それを蝕む病巣の深さを予想した者はほとんどいなかった」ということだ。
ロシア側はウクライナを侮ったが、西側もやはりロシアを過大評価して、ウクライナを過小評価していたということか。
筆者が今でもよく思い出すのが、侵略初期、ロシア軍の大攻勢で首都キーウまでが危うくなり、ヨーロッパ人が驚きのあまりショックから抜け出せない頃のことである。
フランスのニュース専門テレビで「ウクライナ人の抵抗の力を、決して過小評価してはいけない」と繰り返し主張していた識者が一人だけいた。彼は正しかったのだ。お名前を控えておかなかったのが悔やまれる。
結局ウクライナ空軍は、敵を倒すには弱すぎるが、敵が自国の領空に深く関与するのを抑止することはできている。
これは西側が、ロシアを圧する軍事力を持っているにもかかわらず、決して国際法上の「交戦国」にならない範囲で(その定義はあいまいである)、慎重にかつ上手に防御に限るようにしているためなのだろう。
供与の武器だけではなく、発言の言葉の一つにまで常に気を配り、皮肉な言い方をすれば「勝ちも負けも与えず」、「死者も『許容』の範囲」で、援助をしているということになるのだろうか。
実存的な紛争
ロシアでは、あらゆる方面の行き詰まりから、ワグネルの支援のもと、即座に消費できる唯一の資源、突撃歩兵をロシア戦術の中核に据えた戦術手順が開発された。
(この手の話を聞くと、決まって日本の「肉弾三勇士」を思い出す)。
そもそもワグネルが重宝されたのは、正規軍にはできない方法で人を集めるーーすなわち囚人たちを集めることができるからだった、という識者の意見を米仏で見たが、正しかったのだと思う。
ロシアの砲兵も、その能力の崩壊に向かっていると、フィリップ・グロ氏は指摘する。
「ロシアの大砲は完全にボロボロで、おそらく弾薬のほとんどを使い果たしており、火力も配給制となっているのでしょう。
戦闘中のロシア兵が、支援の欠如や大砲の精度の欠如に対して非難しているのが見られます。
ロシア人はもはや射撃による偵察戦術(軍が敵の陣地である可能性がある所に発砲して反応を引き起こし、敵軍の存在と位置を確認するために使用される戦術)の概念を実行する能力を持っていません」ということだ。本当だろうか。
ウクライナは今のところ勝利を収めているが、ロシア軍は、正直なところ、第二次世界大戦以来、これまでに見たことのない死傷者を出しているという。
「しかし、私たちが向き合っているのはロシアという国です。戦争のコストと利益という、あらゆる合理的な計算から自らを閉ざしてしまい、この戦争をまさに実存的な紛争ーー存在に関わる紛争にしているのです。 したがって、私たちはとてもとても長い戦争の見通しに直面しているのです」とトゥーレ氏は分析する。
そこまできてやっと、航空優勢を獲得できる希望のもてそうな戦闘機の供与について、欧州の一部で提案が出始めたようだ。
例によって、ブレグジットのために欧州で沈没しそうな存在感を取り戻そうと必死な英国の提案ではあるが。
ドイツのショルツ首相は17日、「ホワイトハウス次第」「我々に要求はない」とし、賛成も反対も言わなかった。『ニューヨーク・タイムズ』の報道によれば、バイデン政権は認めそうにない。
欧州大陸の戦争でありながら、あれほど「ウクライナは欧州の一員」「欧州連合(EU)の加盟候補国」と言いながら、今までにどれほど多くのウクライナ市民が犠牲になったことだろう。
欧州各国もアメリカもウクライナの軍事同盟国ではないので、これでも彼らは十分親切だと言うべきなのだろうか。
とはいえ、この欧州の偽善と苦悩を、とても批判する気持ちになれない。むしろEUの努力には驚き目を見張りながら注目している。
もしアジアで、日本の南で、同じことが西側との軍事同盟がない国で起こったらどうなるのだろうか。日本はどういう態度を取るのだろうか。
欧州よりもずっと日本は、近隣国の状況が厳しい。しかもEUのような、確固とした枠組みの中にある同士の国も、もっていないのだ。