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「奈良の鹿伝説」を検証する

田中淳夫森林ジャーナリスト
奈良の鹿は鹿せんべい売り場を襲わない……こともない。

奈良と言えば、鹿……だと思っている。大仏という人もいるが、観光客(とくに外国人)を見ていると、圧倒的に喜ぶのは鹿とのふれあいではなかろうか。

私自身は幼いころから奈良公園には鹿がいて当たり前と思っていたが、都会のど真ん中に鹿と人が普通に混ざって保護されているのは世界的に珍しく驚異らしい。

さて、そこで奈良県人以外と奈良の鹿の話題が出ると、さまざまな“俗説”が出る。それらが本当かどうか観察を続けてみた。

まず、最近よく言われるのは、「鹿は観光客から鹿せんべいをもらって食べているが、鹿せんべい売り場を襲わない」。

これ、NHKの「プラタモリ」でタモリが口にしたので広がったように思うのだが、実際はどうだろう。

そう思って鹿せんべい売り場を観察していると、たしかに鹿は売り場を取り巻くけれど、売り物には手を出さないで観光客が購入してくれるのをじっと待っている。本当に、分別のある鹿だ。

……が、必ずしも絶対ではないらしい。

「ちょっと売り子が売り場を離れたら食い逃げする鹿もいます」(奈良の鹿愛護会)とのことだ。それに鹿が売り物に首を延ばすと、販売員は、手や棒も振る。手を打ってパンパンと音をさせて驚かすこともある。たまには鹿の頭をパシッと……。

「しつけ」しているのだそうだ。のどかな風景に見えて、攻防戦が繰り広げられているのであった。

「鹿せんべいをもらうと鹿はお辞儀する」。

これも日常的に目にしている。ただし、鹿せんべいをもらおうとお辞儀するのか、もらってから御礼としてお辞儀するのかと観察すると、圧倒的に前者だ。観光客も、お辞儀した鹿に鹿せんべいを与えがちなので、鹿が学習したのだろう。逆におじぎしたのに与えない(持っていない)と、さっさと別の観光客に向かう。

ただ「お辞儀ではなく、早くよこせと怒っているしぐさ」と指摘する学者もいる。たしかに鹿せんべいを手にしつつ、なかなか与えない客に、鹿が突進する姿もあるからご用心。

一方で鹿にお辞儀する観光客もいて、すると鹿は負けじとお辞儀する。ペコペコし合っている姿も見ることがある。

「横断歩道の赤信号では止まって待つ」。

これも有名になった伝説、いや事実である。私もしょっちゅう見ている。ただ鹿の目が赤と青の区別をつけられるのかどうかわからない。周囲の車の流れや人の動きに合わせているようにも見える。ときに赤信号を無視して渡る鹿だっている。

ただ人がいない、車も走っていないのに赤信号で止まっている鹿も目撃した。やっぱり鹿もいろいろ、個性があるのだろう。人間と同じ。

ちなみに交通量の多い交差点には地下歩道があるが、そこをくぐって通る鹿も少なくない。やっぱり安全第一である。実際、鹿の交通事故は年間数百件も起きているのだから。

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「ホルンを吹くと集まってくる」。

これは鹿寄せと呼ぶ行事で、飛火野地区で主に冬(ときどき夏)に行なわれている。朝、ホルンの音色に森の中からドドドと走ってくる光景は、なかなかの迫力だ。集まった鹿にはドングリが与えられる。これは公園の一部に住む鹿だけで、どこの地区の鹿でも集まるわけではない。飛火野周辺の鹿だけである。それでも何カ月も行なわなくても再開したら、一度覚えた音色には反応する。また食べ物が少ない冬は走るが、夏はノタノタと歩いてくる。

「鹿に触れても怒らない」

これは一面の真実だが、実はすべての鹿ではない。東大寺から興福寺、春日大社などの周辺の鹿は観光客慣れしているので、少々触っても気にしない(と思う)が、たとえば若草山の鹿はそもそも触れられるほど近づいてこない。また発情期(夏~秋)や妊娠期(春)の鹿は敏感で気が荒くなっているので気をつけたい(ようするに、ほとんどの季節は触らない方がよい)。また角にも触らない方が無難だ。怒る(経験済)。

近頃は鹿といえば獣害問題が取り上げられがちだが、身近に鹿を観察していると、やっぱりかわいい動物である。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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