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「G.I.ジェーン」が掘り起こされ、さらに…。今年のアカデミー賞で巨匠リドリー・スコットの扱いが哀れ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『G.I.ジェーン』続編に絡められ、夫の受賞にもその目に喜びがないジェイダ(写真:ロイター/アフロ)

第94回アカデミー賞が終わって1週間が過ぎ、いまだにウィル・スミスとクリス・ロックの話題が途切れないが、いろいろ振り返ると残念な目に遭ってしまったのが、リドリー・スコット監督であった。今回の騒動で不覚にも彼の監督作『G.I.ジェーン』が注目されることになったが、授賞式でのリドリーの“災難”はそれだけではない。

今から25年前、1997年の『G.I.ジェーン』(日本は1998年1月公開)は、海軍特殊部隊で特訓を受ける女性将校を主人公にした作品で、製作にも名を連ねたデミ・ムーアが頭を丸刈りにして挑んだことで有名。ハリウッドのトップスターであった彼女が、役作りとはいえ、あそこまで短いヘアスタイルにしたことで公開当時、大きな話題を呼んだ。

髪型の件以上にイマイチ作品として引用された

ただしこの『G.I.ジェーン』、作品自体の評判は今ひとつ、どころか酷評の対象となり、デミ・ムーアはゴールデン・ラズベリー賞で最悪女優賞を与えられたほどだった。今年のアカデミー賞でクリス・ロックがジェイダ・ピンケット・スミスに向けて「『G.I.ジェーン』の続編が楽しみだね」と言ったのは、彼女の髪型を表現するためだけでなく、「駄作の続編なので作られるわけない」という強烈なジョークが込められていた。それもあって会場の一部は笑っていたのである。

『G.I.ジェーン』の監督はリドリー・スコット。『エイリアン』『ブレードランナー』『グラディエーター』など映画史に残る傑作を生み出してきた巨匠である。ただ、この人の監督作、傑作とそうでない作品の落差も激しかったりするのだが、今回、駄作の部類である『G.I.ジェーン』が図らずも脚光を浴びてしまった。

今年の授賞式の司会は3人の女性。左からエイミー・シューマー、ワンダ・サイクス、レジーナ・ホール。あちこちに“毒”を盛り込んで笑わせ、おおむね好評だった。
今年の授賞式の司会は3人の女性。左からエイミー・シューマー、ワンダ・サイクス、レジーナ・ホール。あちこちに“毒”を盛り込んで笑わせ、おおむね好評だった。写真:REX/アフロ

しかもこのクリス・ロックのネタが出る前の、授賞式オープニングでもリドリー・スコットは、ちょっとばかりコケにされていた。

司会者の一人、レジーナ・ホールがおもむろにDVDを取り出し、「今夜、受賞できなかった人にも手ぶらで帰ってほしくありません。ですから誰も観てないこの映画をどうぞ。『最後の決闘裁判』のスクリーナー(自宅などで観賞用のDVD)です」と言って、会場を笑わせたのである。

20年前だったらノミネートされた、という厳しい評価も

『最後の決闘裁判』は、リドリー・スコットの2021年の監督作。この作品、当初は今回のアカデミー賞に絡むのではないかという予想もあった。リドリーらしい重厚な演出で、男性から女性への性暴力で論議を呼ぶ内容になっており、しかも『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』でアカデミー賞脚本賞を受賞したマット・デイモンとベン・アフレックの同作以来の脚本作(出演も兼ねている)。多くの要素でアカデミー賞を狙ったにもかかわらず、公開時にはコロナの影響もあって観客の支持を得られず、尻すぼみ状態になってしまった。20年前だったら、確実に多数のノミネートを受けた作品という論調もある。

裏を返せば、レジーナのジョークは「なんでこの秀作を、みんな観なかったの?」という皮肉にもとれる。しかし授賞式を観ていた人には、リドリーの『最後の決闘裁判』は残念な作品、という印象を与えることになった。ヒットもしなかったので“泣きっ面に蜂”である。

今年、リドリー・スコットはもう一本、アカデミー賞を狙う作品があった。『ハウス・オブ・グッチ』だ。賞レースの最初の頃、この作品も各賞へのノミネートが期待されていた。中でも主演のレディー・ガガは主演女優賞でフロントランナーの一人だった。実際にガガは、英国アカデミー賞や全米映画俳優組合賞など重要な前哨戦では主演女優賞にノミネート。NY映画批評家協会賞では受賞も果たした。それがアカデミー賞ではノミネートすらされずに終わった。共演のジャレッド・レトも助演男優賞のレースに絡みながら、アカデミー賞ではノミネートからスルー。しかもゴールデン・ラズベリー賞の最悪助演男優賞を受賞するハメになった。結局、『ハウス・オブ・グッチ』は、アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞の1ノミネートのみ。ノミネートなしの『最後の決闘裁判』よりはまだマシという結果に……。

ライザ・ミネリにも華を持たせ、機転も利かせたレディー・ガガは絶賛される。
ライザ・ミネリにも華を持たせ、機転も利かせたレディー・ガガは絶賛される。写真:REX/アフロ

レディー・ガガはアカデミー賞で主演女優賞を受賞すれば、翌週のグラミー賞と続けての栄誉になるはずだった。それだけに本人は残念だったはず。しかし彼女はアカデミー賞授賞式で、“レジェンド”のライザ・ミネリとともに作品賞のプレゼンターを堂々と務めた。車椅子で、やや言葉もおぼつかないライザを懸命に横でサポートするその姿は、この日の授賞式でも最も麗しい瞬間でもあった。レディー・ガガが総合司会でも良かった、と思えるほどに。

また、『ハウス・オブ・グッチ』で、こちらも演技賞を意識したような熱演をみせたアル・パチーノは、授賞式で「ゴッドファーザー50周年」のセレブレーションで登場。ただ、壇上で話したのは、フランシス・フォオード・コッポラ監督のみで、両サイドのロバート・デ・ニーロとアル・パチーノはせっかくそこに立っているのにコメントなし。これも“不遇”で“残念”な演出だった。

せっかくアル・パチーノとロバート・デ・ニーロが登壇したのに、2人とも無言のままステージから消えるなんて……
せっかくアル・パチーノとロバート・デ・ニーロが登壇したのに、2人とも無言のままステージから消えるなんて……写真:REX/アフロ

このように今年の授賞式では哀れな扱いを受けたリドリー・スコット監督と、その出演者たち。たしかに『グラディエーター』が作品賞に輝いたときも、監督のリドリーはノミネート止まりだったりと、アカデミー賞では彼の評価が厳しいという印象がある。

しかし失敗作とされる『G.I.ジェーン』にしても、それ以前の『エイリアン』や『テルマ&ルイーズ』でも、キャリアの初期から闘う女性たちを積極的に主人公にして、ジェンダーギャップを乗り越えることを体現した彼は、時代を先取りしていたとも言える。ハリウッドはもっと敬意を示してほしいとも感じるのだが……。

リドリー・スコットの次回監督作は、『ジョーカー』のホアキン・フェニックスを主演にした『ナポレオン(原題)』で、かの英雄の妻との愛や皇帝までの激動の運命が描かれる。「20年前だったらアカデミー賞に絡んでいた」などと評されないような作品に仕上がり、どうかアカデミー賞に絡んでほしい。今年の授賞式のリベンジを果たしてほしいと心から願うのみである。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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