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「舞台での肉体美に全観客が陶酔してた」とスタジオ幹部が激推し… 最強グラディエーターにも本音を聞いた

斉藤博昭映画ジャーナリスト
GUCCIのイベントでのポール・メスカル(写真:REX/アフロ)

せっかく日本に来たのに、プレミアイベントや取材をキャンセルして帰ることに……。その日の朝の時点で、取材現場では「体調不良のため」と理由が囁かれた。東京に来てから新宿ゴールデン街や渋谷を歩き、カラオケも楽しんだという話も聞いていたので「飲み過ぎ、遊び過ぎ、時差ボケか」と思ったら、どうやら緊急の用事で帰国せざるをえなかったという(母親が病気という話も漏れ聞こえてきたが真相は不明)。

今年最大の注目作のひとつ、『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』で主演を務めたポール・メスカルは、後ろ髪を引かれる思いで日本を発ったに違いない。

映画の歴史を塗り替えた2000年のアカデミー賞作品賞『グラディエーター』。その続編を作るにあたって、最強の剣闘士としてふさわしい俳優が必要だった。

そして選ばれたのがポール・メスカル。映画ファンは、ここ数年の彼の躍進を知っているだろうが、『グラディエーター』続編の主役として名前が挙がったのは、かなり前だった。

製作のパラマウント・ピクチャーズは早くからその候補者を探していたとされ、プロデューサーはこんな秘話を明かしてくれた。

「パラマウントの製作部長の女性が、ロンドンで上演された舞台『欲望という名の電車』を観たそうです。そこでポールは肉体美もみせて熱演しており、観客が異様に興奮し、陶酔している姿を目の当たりにした彼女は『他の俳優に会う必要はない! 彼で決まり!』と断言したんです。そしてリドリー・スコット監督もポールに会って、すぐに気に入りました。

 1作目の時、主演のラッセル・クロウはまだトップスターではなかったものの、すでに映画には何本も出ていました。でもポールは、その時点でTVドラマだけで映画には出演していませんでした。不安も大きかったのですが、その幹部の一言がポイントでした」

演技力と肉体美で観る者を一瞬にして魅了する。ポール・メスカルにはその資質がパーフェクトに備わっていた。

リドリー・スコットもTVシリーズ「ふつうの人々」のポールを気に入っており、そこにパラマウント幹部の推薦もあって、彼の抜擢が実現した。その後、映画『ロスト・ドーター』で注目され、『aftersun/アフターサン』ではアカデミー賞主演男優賞にノミネート。山田太一原作の『異人たち』でも名演をみせ、ポール・メスカルは快進撃と言ってもいい活躍を続ける。パラマウント幹部の“青田買い”的なセンス、恐るべしである。

演じたルシアスは、前作に主人公マキシマス(ラッセル・クロウ)の息子
演じたルシアスは、前作に主人公マキシマス(ラッセル・クロウ)の息子

残念ながら来日時の多くのメディア取材はキャンセルとなったポール・メスカルだが、幸運にも来日前にオンラインで単独インタビューすることができた。

その肉体であるが、『aftersun』や『異人たち』などを観る限り、そこまでマッチョな体型ではない。オンラインごしの現在のポールもいつものイメージどおり。しかし『グラディエーターⅡ』で、古代ローマのコロセウム(円形競技場)で闘う勇姿では、ムキムキの筋肉が強調されていた。

「撮影のために約18ポンド(8kg)体重を増やしたんですよ。食生活とトレーニングをすべて管理してもらい、毎日ジムに通いました。僕は負けず嫌いの性格なので、バーベルもどんどん重いやつに挑戦しちゃうんですよね。増量と筋トレは今回の役作りで最も過酷でした。今は元の体重に戻りましたね」

リドリー・スコット監督はキャスティングした俳優に演技のすべてを任せることで有名。ポールもその事実を知っていたが、現場では戸惑いもあったという。

「リドリーと俳優の関係は、キャスティングで90%決まるんです。それくらい的確な俳優を選んでいるから、本番で何もかも任せる。ほとんどリハーサルをやらない。それでも不安な僕は何度か彼に『このシーンはリハーサルしてください』と懇願したほどです」

一方のリドリーは、ポールの才能について「アイルランドのラグビー選手のよう」と笑いながら、「コロセウムで大観衆に語りかける芝居など、舞台俳優の経験が見事に生かされていた」と誉めたたえる。よほど気が合ったのだろう。ポールとリドリーは次回作でも一緒に仕事をするべく交渉が進められており、早ければ来年(2025年)の春に撮影されるという。

現場でのリドリー・スコット監督とポール
現場でのリドリー・スコット監督とポール

『グラディエーター』といえば、剣闘士と野獣の闘いが見どころで、前回はトラだったが、今回はヒヒ(サル)の大群、サイ、海中のサメにバージョンアップ。CGIも駆使され、ポール・メスカルにとっても過酷なチャレンジだったはず。

「そうでもなかったです。ヒヒのシーンは、実際にヒヒの動きを完璧にマスターしたスタントマンたちが現場にいて、彼らと闘えば良かった。サイも、まばたきまでする“ほぼ本物”のモデルが用意されたので、僕らはリアルに反応できたんです」

こうしてアクション大作の主役をこなし、世界的トップスターの階段を駆け上がるポールは、前述のリドリーとの次回作をはじめ、今後の予定がぎっしり。その中でも注目したいのが、『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイター監督のミュージカル映画『メリリー・ウィ・ロール・アロング』だ。

「もともと僕は舞台の仕事から出発したので、ミュージカルも大好き。しかもスティーヴン・ソンドハイム(『メリリー~』の作詞・作曲家)は、世界で最もリスペクトしている人なので、心から楽しみです。リンクレイター監督は『6才のボク~』と同じ手法で、この作品を15年かけて撮ると言っており、どんなプロジェクトになるか、まったく予想がつきません」

現在28歳のポール・メスカル。この予定どおりなら、撮影終了が40代半ば。異例の長期間がミュージカル映画として記録されることになる。『メリリー~』が映画の歴史の中でも特別な一作になるのは間違いない。

『グラディエーターⅡ』が世界中で公開された後、ポール・メスカルはイギリスとNYブロードウェイで「欲望という名の電車」の舞台に立つ。映画スタジオの幹部が一目惚れしたという、その演技力、肉体美を生で味わうチャンスとなるだろう。

グラディエーターII 英雄を呼ぶ声

11月15日(金) 全国公開

(c) 2024 PARAMOUNT PICTURES. 配給:東和ピクチャーズ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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