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「ロード・オブ・ザ・リング」新作アニメに挑んだ神山健治監督「日本のアニメのルック、そして実写を意識」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
今年のコミコンでの神山健治監督(写真:REX/アフロ)

2001年から3年かけて公開され、3作目がアカデミー賞作品賞に輝き、ファンタジー映画の金字塔となった「ロード・オブ・ザ・リング」。その新たな一作がアニメーションとして完成された。

『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』は、J・R・R・トールキンの原作「指輪物語 追補版」に記された、ある戦いの物語。ピーター・ジャクソン制作総指揮の下、ハリウッドのメジャースタジオによるこの超大作アニメで監督を任されたのが、神山健治だ。『攻殻機動隊S.A.C.』『精霊の守人』『東のエデン』などで国内外で高い人気を誇る神山監督が、本作でさらなる世界的評価を高めるのは確実だろう。『ローハンの戦い』は、アカデミー賞など今後の賞レースに絡む可能性もある。

このほどアメリカを中心としたジャーナリストとのヴァーチャル会見に臨んだ神山監督(日本語で質問に答え、一緒に参加したプロデューサーのジョセフ・チョウが通訳を務めた)。

実写で大成功を収めたシリーズで、アニメーションとしての新作を送り出す。そのチャレンジを問われた神山監督は次のように思いの内を吐露した。

「まず大きかったのは、ピーター・ジャクソン監督の3部作とエッセンスを共有できたこと。(騎士の国)ローハンの設定や、キャラクターの鎧や剣、世界観を共有することで同じシリーズとしての共通項をビジュアルとして表現することができました。ストーリーの面ではトールキンの原作をどう解釈し、アニメーションに落としこんでいくか。その部分で『ロード・オブ・ザ・リング』らしさを出せたと思います」

一方で前3部作との大きな違いを問われた神山監督は、この『ローハンの物語』こそ今を生きるわれわれにリンクすることを次のように力説した。

「ローハンが舞台の物語ということは、人間の世界を描くわけです。『ロード・オブ・ザ・リング』3部作は、エルフやホビットが出てくるので、映像としては“豊か”なものになっていましたた。逆に今回のアニメーション版は、ルックとして見栄えのある(強烈なインパクトを与える)キャラクターたちとは言えません。一方で人間同士の戦争がテーマになっているのは、じつに今日的です。人間同士が争わなければならなくなる。本来、違う種族などと戦っていた世界が、人間同士の戦争に変換され、その分、現代とのつながりが深くなるわけで、ローハンを描く本作は人々を惹きつけるだろうを考えました」

ではアニメーションとしてどのような表現を意識したのか。インターナショナルのジャーナリストの会見ということで、宮崎駿作品との違いなどへの質問も出た。それに対して神山監督は、本作の表現の特色について次のように答えた。

「日本ではフルアニメーションではなくリミテッドアニメーション(意図的に簡略化・単純化する表現のスタイル)が発達し、それがひとつのスタイルして確立し、ある種の特徴になりました。そこを生かしつつも、アニメーションならではの特異な表現に頼るのではなく、少しだけ実写的なアプローチを取り入れたのです。『ロード・オブ・ザ・リング』の世界観や、そのファンタジー的な味わいは、“嘘の表現”で描きすぎると説得力も失われかなねない。ファンタジーだからといって、漫画っぽくデフォルメした世界、美術の絵画のような表現にすると、どんどんリアリティから遠ざかります。このような長編の物語を描く際は、実写的でリアルな表現が必要だと信じ、今回はアニメーションですが、実写のレンズの画角、実際のカメラを想定したレイアウトを正確に持ち込み、ライティング、つまり照明を使ったような“(カメラの)露出”も意識しました。もちろん目の前に広がるのは作り物の絵であり、すべて手描きのアウトライン(輪郭)がはっきりとわかる日本のアニメーションのルックなのですが、どこか実写を観ているように感じさせる手法を取り入れました。そこが宮崎さんの作品とちょっと違う点かもしれません」

これまでもProduction I.Gで『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の『九人目のジェダイ』や、『ブレードランナー:ブラックロータス』といった作品を手がけてきた神山監督。そういった経験、つまり巨大なファン層を持つフランチャイズの新作に挑む際に、何か心がけることがあるのかも問われる。

「『スター・ウォーズ』や『ブレードランナー』での前例から何かを受け継いだわけではありませんが、フランチャイズで新たな映画を作る時に最も心がけているのは、その作品を改めて好きになること。世界で一番のファンになることです。なぜかというと、世界中に無数のファンがいる作品の場合、彼らがどういったことを新作に望んでいたのか。どのようにエキサイティングしたのか。そこを自分も追体験していかないと、作品を作ること自体が難しいと思うからです。とはいえ熱心なファンに比べたら、作品に入り込む時間は限らられてしまいます。一応、プロフェッショナルとして仕事をしている身ですから。幸いなことに『ロード・オブ・ザ・リング』は、もともと自分の好きな作品でしたし、どのファンにも負けないほど“好き”という気持ちで作品に取り掛かることができました。その点はラッキーでしたね」

ピーター・ジャクソンの前3部作から脚本に関わり、今回も原案とプロデューサーを担当したフィリッパ・ボウエンは、今回の会見に一緒に出席し、「神山さんにはビジュアルマスターとしての信頼感がありました。脚本家としても有能で、初期段階からその才能を発揮してくれたと感じています」と語った。彼女の言葉どおり、日本アニメーション界が誇る監督がさらなる飛躍をとげる瞬間を、われわれは目にすることになる。

ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い

12月27日(金)全国劇場公開 配給:ワーナー・ブラザース映画

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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