「門が閉まっていたら入らなかった」 20年を迎えた付属池田小事件はなぜ起きたのか
20年前の今日、大阪教育大学付属池田小学校に包丁を持った男が侵入し、1年生と2年生の児童や教師を次々と刺し、児童8人が死亡、教師2人を含む15人が重軽傷を負った。「魔の6月」に起きた典型的な「自爆テロ型犯罪」である。
「魔の6月」についての記事はこちら。
事件当時、犯人は「死刑になりたかった」と供述したため、犯人の人格障害に注目が集まったが、そうした「犯罪原因論」(犯行の動機をなくそうという立場)では、具体的で実効的な予防策を導き出すのは難しい。しかし、「犯罪機会論」(犯行のチャンスをなくそうという立場)であれば、この事件から多くの予防策を引き出せる。
「入りやすく見えにくい場所」で犯罪は起きる
「犯罪機会論」では、動機があっても、犯行のコストやリスクが高く、犯行によるリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考える。半世紀にわたる研究の結果、犯罪が起きやすい場所は、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」であることが分かっている。
犯罪者は、この2つの条件が満たされた場所を慎重に選んでいる。そこで、この2つの防犯キーワードを使って、付属池田小事件を検証してみよう。
「入りやすい学校」は危険
文部科学省と大阪教育大学そして池田小学校が、遺族と交わした合意書別紙には、「犯人は自動車で附属池田小学校南側正門前に至ったが、同所の門が閉まっていたことから、そのまま通り過ぎ、同所から離れた自動車専用門に至り、開いていた同小学校専用門の前に自動車を止め、出刃包丁及び文化包丁の入った緑色ビニール袋を持って、同専用門から同小学校敷地内に立ち入った」と書かれている。
つまり、事件発生当時、池田小学校は、自動車専用門が開いている「入りやすい場所」だったのだ(右下の写真:赤枠内の門が開いていた)。
実際、犯人は法廷で「門が閉まっていたら乗り越えてまで入ろうとは思わなかった」と述べた(第13回公判)。
したがって、学校を「入りにくい場所」にするためには、門を閉めておくことが必要だ。もっとも、校門を閉めることに対しては、「開かれた学校づくり」に反するとして異議を唱える人もいる。しかし、「開かれた学校づくり」は、校門を開放するという、ただそれだけのことではないはずである。むしろ、保護者や地域住民が学校教育や学校経営に参画することこそ、「開かれた学校づくり」ではないのか。
例えば、イギリスでは、多くの学校が校門を閉めているが、その教室では地元の親がボランティアとして授業を手伝っている。このような学校こそ、「開かれた学校」の名に値すると言えよう。
「見えにくい学校」は危険
事件当時の池田小学校は、「入りやすい場所」であっただけでなく、「見えにくい場所」でもあった。というのは、犯人が小学校敷地内に侵入した自動車専用門から校舎までの経路が、体育館が邪魔して、校舎西側1階の事務室からは見えないからだ(右下の写真:体育館の背後に隠れているのが校舎)。
「体育館が死角にならない正門から侵入していれば犯人を発見できた」という報道もあったが、その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。なぜなら、正門と校舎の間に大きな樹木があり、そのため、正門前が事務室からは見えにくいからだ(左上の写真:矢印が樹木、事務室は点線枠内にある)。
また、事務室の机が、正門側の窓に向かって配置されていなかったため、事務員が顔を上げてもその視線の先に正門はなかった。
さらに、先に触れた合意書別紙には、「担任教員は、体育館の横で、犯人とすれ違い軽く会釈をしたが、犯人は会釈を返さなかったので、保護者でもなく教職員でもないと思ったにもかかわらず、何らかの雰囲気を察して振り返るなど、犯人の行く先を確認せず、不審者という認識を抱けなかった」と書かれている。
つまり、事件当時の池田小学校は、ハード面で見えにくかっただけでなく、ソフト面でも、当事者意識や危機意識が低い「見えにくい場所」でもあったようだ。
学校を安全にする
こうした状況を改善するため、池田小学校では、事件後に、学校を「入りにくく見えやすい場所」にする改築や教育改革が行われた。
具体的には以下の通り。
①フェンスを足がかかりにくく、高いものにしたり、校門を1カ所に絞り、そこに警備員を置いたりして(左下の写真:矢印が警備室)、校内を「入りにくい場所」にした。
②監視カメラを多数設置したり、校舎をガラス張りにしたりして(左上の写真:矢印が事務室)、校内を「見えやすい場所」にした。
③教室の廊下側の壁を取り払ったり(オープン教室化)、担任の机を職員室ではなく、教室近くの教官コーナーに置いたりして(右上の写真)、教室も「見えやすい場所」にした。
④全学年で「地域安全マップ」の授業を行ったりして(右下の写真)、教職員の当事者意識や危機意識を醸成し、校内を心理的に「見えやすい場所」にした。
「子どもの防犯」についての記事はこちら。
海外の安全な学校
池田小学校のケースは、事件の反省を踏まえて、犯罪発生場所を改善した好事例である。こうした見習うべきケースは、「犯罪機会論」が普及している海外に多い。
例えば、ソウル日本人学校は、緩やかなスロープ状の玄関アプローチとそれを囲むガラスカーテンウォールの建物によって、「入りにくく見えやすい場所」になっている。
東アフリカに位置するタンザニアの地方都市モロゴロには、校門に警備員の詰め所を置いた学校がある。心理的に「入りにくい場所」になるだけでなく、警備員と生徒の交流を通じて、心理的に「見えやすい場所」にもなっている。
オランダの首都アムステルダムには、校庭がガラスとレンガの高い塀に囲まれている小学校がある。まさに「入りにくく見えやすい場所」だが、ここまで高くしたのは、周囲を走る自動車の排ガスに含まれる微粒子を、子どもたちが吸い込まないようにするためだ。
このような、犯罪者に犯行をあきらめさせる物理的デザインは、「防犯環境設計」と呼ばれている。「犯罪機会論」のハード面を担う理論であるが、日本では普及が進んでいない。