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「魔の6月」をどう乗り切るか 「誰でもよかった」無差別殺傷事件が集中して起きる季節

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
秋葉原無差別殺傷事件(写真:ロイター/アフロ)

6月は魔の月?

6月という月は、過去に度々、凶悪な通り魔事件や無差別殺傷事件が起きている。例えば、以下に列挙した事件は、覚えている人も多いだろう。

▼秋葉原無差別殺傷事件:東京の秋葉原駅近くで、歩行者天国にトラックが突っ込んで通行人をはね、運転していた男が買い物客をナイフで襲撃し、7人が死亡、10人が重軽傷を負った。犯人は「誰でもよかった」と供述した。

▼大阪通り魔殺人事件:大阪の心斎橋の路上で、包丁を持った男が通行人を刺し、2人が死亡した。犯人は「死刑になりたかった」「誰でもよかった」と供述した。

▼大阪教育大付属池田小事件:小学校に包丁を持った男が侵入して、1年生と2年生の児童や教師を次々と刺し、児童8人が死亡、教師2人を含む15人が重軽傷を負った。犯人は「死刑になりたかった」と供述した。

▼マツダ工場殺傷事件:広島県のマツダ本社工場で、東正門から侵入した暴走車に出勤中の社員が次々とはねられ、1人が死亡、11人が重軽傷を負った。犯人は、知人に「オレは秋葉原を超えた」と事件後に話した。

▼新幹線車内殺傷事件:走行中の東海道新幹線の車内で、ナタを持った男が乗客を切りつけ、1人が死亡、2人が重傷を負った。犯人は「誰でもよかった」と供述した。

▼新幹線車内放火事件:走行中の東海道新幹線の車内で、乗客の男がライターでガソリンに火をつけて焼身自殺し、1人が煙による気道熱傷で窒息死、乗客26人と乗務員2人の計28人が重軽傷を負った。

▼富山交番襲撃事件:富山市の交番で勤務していた警察官が、おのとナイフを持った男に刺殺されて拳銃を奪われ、近くの小学校の正門付近にいた警備員が、奪われた拳銃で射殺された。犯人は「人を殺すことで社会とのつながりを断とうとした」と供述した。

▼大阪交番襲撃事件:大阪府吹田市の交番で勤務していた警察官が、男に包丁で刺されて重傷を負い、実弾入りの拳銃を奪われた。犯人は「周りの人がひどくなったせいだ」と供述した。

原因論から機会論へ

こうした破れかぶれの犯罪は、「自爆テロ型犯罪」と呼べるが、その動機を解明するのは至難の業だ。少なくとも、犯罪心理の専門家ではない捜査官、検察官、裁判官に動機の解明を期待するのは酷である。

そもそも、動機の解明によって犯罪を防ごうとする立場は「犯罪原因論」と呼ばれているが、海外では人気がない。なぜなら、現在の科学水準では、犯罪の動機を特定することは困難であり、仮に特定できたとしても、その動機を取り除く方法を開発することは一層困難だと思われているからだ。

海外で人気があるのは、場所に注目する「犯罪機会論」である。それは、犯罪原因論のように、「なぜあの人が」という視点から動機をなくす方法を探すのではなく、「なぜここで」という視点から犯行のチャンスをなくす方法を探そうとする。つまり、動機があっても、犯行のコストやリスクが高く、犯行によるリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。

人の性格や境遇はバラバラなので、犯罪の動機も人それぞれだ。そのため、動機をなくすための治療や支援が、犯罪者のニーズにピッタリ合えばいいが、ミスマッチの可能性は高い。これに対して、犯罪の機会は環境を改善すればするほど減っていく。つまり、努力に比例して確実に犯罪を減らせるのだ。

海外では、同じ予算、同じ人員、同じエネルギーなら、犯罪原因論と犯罪機会論のどちらに投入するのが効率的なのか、そうしたことが納税者の視点から常に検証されている。

デザインとテクノロジーで犯罪機会を奪う

「自爆テロ型犯罪」にも、犯罪機会論は有効である。犯罪機会論が出す「処方箋」はシンプルだ。その場所を「入りにくく見えやすい場所」にするだけである。

例えば、交番への襲撃を防ぐには、交番の窓口カウンターに透明の仕切り板を設置することが有効である。犯罪機会論的に言えば、仕切り板によって、警察官が対応する場所が「入りにくい場所」になる。仕切り板は、交番襲撃事件があった富山県警でも導入された。

富山市の交番(筆者撮影)
富山市の交番(筆者撮影)

また、暴走車によるテロ事件を防ぐには、進入路にボラード(車止め)を設置することが有効である。これも、犯罪機会論的に言えば、歩行者がいる場所を、自動車が「入りにくい場所」にすることにほかならない。

ニース、ベルリン、ロンドン、バルセロナ、ニューヨークと、「車両突入テロ」がテロの主流となりつつある。その対策として、欧米では、道路に埋め込んでリモコンで昇降させられる「ライジングボラード」が多数設置されている。

クロアチアのボラード(筆者撮影)
クロアチアのボラード(筆者撮影)

凶器を隠し持って、犯行の機会をうかがっている人を検知するソフトウェアに「ディフェンダーX」がある。緊張したときに生理的に起こる顔面皮膚の微振動を解析して、その人の現在の緊張度を測定しようというものだ。ロシア発のテクノロジーということだが、ロシアの生理学はソ連時代に世界の研究をリードしていたので、そのときの遺産なのかもしれない。

このプログラムは、生理学的には、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)の原理に近い。また、イメージとしては、アニメ「PSYCHO-PASS(サイコパス)」の世界に近いかもしれない。

ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD
ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD

「ディフェンダーX」は、既に設置されている防犯カメラに搭載するだけで機能するが、普及が進む「顔認証ソフトウェア」とは大きく異なる。犯罪防止のための顔認証ソフトでは、登録データとの照合が不可欠なので、あらかじめ犯罪者の顔のデータベースを準備する必要がある。そのため、人権上の問題が起きかねない。

これに対し、「ディフェンダーX」では、データベースは必要ない。あくまでも、「今ここ」での緊張状態を見るにすぎないからだ。犯罪機会論的に言えば、公共の場所を「見えやすい場所」にするツールなのである。

日本では、自爆テロ型犯罪が起きると、「心の闇」という言葉を持ち出して、お茶を濁すことが多い。しかし、分かったような言葉を並べるだけでは、何の解決にもならない。これからは、より現実的で実効的な、犯罪機会を奪うデザインやテクノロジーの提案に耳を傾けてもいいのではないか。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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