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子どもを次々と誘拐し殺害した宮﨑勤 事件現場で何が起きたのか? なぜ「この場所」を彼は選んだのか?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(C) Wikipedia (Fair use), Original:TMPD

もうすぐ夏休み。海や山、遊園地や花火など、楽しみにしている人も多いだろう。ただ筆者には、夏休みになると思い出される事件がある。世間を震撼させた「宮﨑勤事件」だ。シリアルキラー(連続殺人犯)が、埼玉と東京で4人の子どもを相次いで誘拐し、殺害した悲劇である。

宮﨑勤事件とは何か?

昭和の終わりに起きた事件なので、それ自体は風化したかもしれない。にもかかわらず、依然として事件から学ぶべき点は多い。というのは、今も起きている誘拐殺害事件の犯行パターンが、この事件とほとんど同じだからだ。言い換えれば、もし宮﨑勤事件の教訓を学んでいれば、「奈良女児誘拐殺害事件」も「千葉女児誘拐殺害事件」も「新潟女児誘拐殺害事件」も起きていなかったはずだ。

では、誘拐のパターンが変わらないのに、なぜ事件を防げなかったのか。それは、宮﨑勤事件のときに、「ボタンの掛け違い」が起きてしまい、その結果、防犯に有効な「犯罪機会論」が導入されなかったからである。

事件当時、マスコミはこぞって、宮﨑の「性格の異常性」に注目した。「多重人格ではないか」といった報道もなされた。「オタク」という言葉も、事件がきっかけで、ネガティブなイメージとして広まった。

マスコミのように、「なぜあの人が?」というアプローチを取る立場を、犯罪学では「犯罪原因論」と呼んでいる。この立場は、犯罪者の改善更生の分野では有効である。だからといって、犯罪をしそうな人をあらかじめ発見できるわけではない。犯行動機は外からは見えないからだ。

ところが、宮﨑勤事件以降、まるで「動機は犯行前に見える」と言わんばかりに、「不審者」という言葉が多用されるようになった。しかし、「不審者に気をつけて」という方法では、今でも宮﨑勤事件を防げない。

対照的に、「犯罪機会論」は「なぜここで?」というアプローチを取る。研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

誘拐現場で何が起きた?

例えば、最初の誘拐現場(埼玉県)となった歩道橋もその一つだ(写真1)。

歩道橋で宮﨑は、

「今日は暑いね。とっても嫌だね。でもね、お兄ちゃん、これから涼しいところに行くんだ。いいでしょう? 一緒に行く? 今、来た道でいいんだよ。お兄ちゃん、先に行くから、よかったらついて来てね」

と言って、階段を下りていった。そして、団地の側面に沿った道路を先に進み、駐車場に止めておいた車まで、4歳の女児について来させた。

歩道橋は「入りやすい場所」であり、運転者や歩行者から「見えにくい場所」だ。さらに、窓がない建物の側面に沿った道路は、住人から「見えにくい場所」である。

写真1 筆者撮影
写真1 筆者撮影

しかも、宮﨑は歩道橋を反対側から上ることで「偶然」を装い、目線を同じ高さにするために腰をかがめることで「親近感」を抱かせ、先を歩くことで「警戒心」を解きながら「追従心」を呼び起こしている。子どもの心理を熟知した犯罪者だ。

こうしたケースでは「叫べ」「逃げろ」と教えていても役に立たない。子どもは、自分から進んでついて行くからだ。

また、「知らない人について行かない」と教えていても限界がある。犯罪者らしくない振る舞いによって、警戒心が解かれ、安心感や親密感が増しているので、その人はすでに「知っている人」になっているからだ。

距離を置いてついて来た子どもが、自ら進んで車に乗り込む状況では、子どもが連れ去られていると誰も思わない。つまり、最初に接触した「入りやすく見えにくい場所」で、犯罪はすでに成功していたのだ。

このように、犯罪者にとって最も重要なのは、子どもと接触する場所である。

4番目の誘拐現場(東京都)となったのは、高層アパート1階にある保育園の玄関前だ(写真2)。この場所から、宮﨑は5歳の女児を連れ去った。

写真2 筆者撮影
写真2 筆者撮影

車から降りた宮﨑は、高層アパートの横にある公園のベンチに座り、一人で遊んでいる女児を探していた。すると、一人でいる女児がアパートの吹き抜けの通路に入っていくのが見えた(写真3)。

写真3 筆者撮影
写真3 筆者撮影

女児の後を追うと、ほかの人と話していたので、物陰から様子をうかがうことにした(写真4)。しばらくして、女児が一人になったので近づき、「写真を撮らせてね」と声をかけ、その場で撮影した後、「向こうで撮ろうね」と誘い、連れ去った。

写真4 筆者撮影
写真4 筆者撮影

この事件でも、宮﨑は距離を置いて先を歩いている。目撃されても、子どもが連れ去られていると気づかれないからだ。

宮﨑が女児に声をかけた保育園の玄関前は、アパート西側の公園からも、アパート東側の階段からも近づくことができる「入りやすい場所」だ。しかも、そこは物陰が多い「見えにくい場所」である。

しかし事件後、この場所の危険性が改善されたようには見えない。

例えば、物陰に入りにくくする、保育園の玄関を「見えやすい場所」に移す、ミラーや監視カメラを設置する、壁や柱を光の反射率が高い白で塗装して見えやすくすることなど、できることは多い。しかし、それらが採用されなかったのは、「場所で守る」という「犯罪機会論」を知らないからだろう。

景色を解読する力を高めよう!

同じような悲劇を繰り返さないため、「犯罪機会論」を楽しみながら学べるツールとして、筆者は2002年に「地域安全マップ」を考案した。

地域安全マップは「犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図」。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップである。

地域安全マップづくりに取り組んだ子どもは、「景色解読力(危険予測能力)」が高まり(読解ではなく解読である点が重要。暗号解読と同じ)、犯罪に巻き込まれる確率が低下する。

例えば、文部科学省「学校安全総合支援事業」におけるモデル校になった新潟県上越市立里公小学校では、マップ授業の前後に児童を対象にアンケートを取り(意識調査ではなく知識調査である点が重要。精神論ではない)、児童の景色解読力が大幅に上昇したことが確認された(図表1)。

図表1 グラフィック制作:Yahoo!ニュース
図表1 グラフィック制作:Yahoo!ニュース

さらに、こうした防犯教育にもっと手軽に取り組めるよう、筆者はGoogleストリートビューを用いた地域安全マップづくり(フィールドワーク・シミュレーション)を開発した。その結果、オンラインでも「地域安全マップ教室」を開催できるようになった(写真5)。

写真5 毎日新聞提供
写真5 毎日新聞提供

オンライン開催の「地域安全マップ教室」は、デジタル教育と防犯教育のフュージョンである。「未来からの留学生」である子どもにふさわしい手法だ。

地域安全マップ教室では、最後に次のようなメッセージで締めくくる(図表2)。

1が基本中の基本。2は、どうしても「入りやすく見えにくい場所」に行かなければならない場合で、3は、どうしても「入りやすく見えにくい場所」に「一人で」行かなければならない場合だ。

図表2 筆者作成
図表2 筆者作成

重要なのは「防げる犯罪は確実に防ぐ」ということ。不幸にも犯罪が起きてしまったら、そこから予防に結びつく何らかのヒントを得ようと努めるべきだ。そして、それができるのが「犯罪機会論」なのである。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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