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奈良県が止めたメガソーラー計画の現場から見えてきたもの

田中淳夫森林ジャーナリスト
48ヘクタールに及ぶ空から見たメガソーラー建設予定地(撮影・出水伯明)

 奈良県北西部の平群町。大阪府と接するこの町にメガソーラー(大規模太陽光発電)の建設が計画された。山の中腹48ヘクタールを造成して5万9500枚のソーラーパネルを敷きつめるというものだ。今年2月より工事が始まり、予定地の山腹に広がる里山林が全部伐採された。

 この計画に反対していた平群町有志でつくる「平群のメガソーラーを考える会」は、4月に原告1000人近い訴訟を提起したものの、工事は進行し計画を止める法的な根拠はないも同然だった。

 ところが6月23日、奈良県議会で議員よりこの問題について質問を受けた荒井正吾知事は、工事の停止を指示したことを明かした。現在、工事現場は完全にストップしている。

 これは全国的にも珍しい、工事が始まったメガソーラーを都道府県レベルで止めた事例となるだろう。各地で頻発しているメガソーラー問題にとって一つの事例になるかもしれない。そこで、何が逆転をもたらしたのか報告しよう。

 まず私の立場を説明すると、この平群町の隣の生駒市に住んでいて、メガソーラー建設計画についても比較的早い時期から耳にしていた。建設予定の現地を見て回ったこともある。

 そして「考える会」の方々とも昨年7月に会っているのだが、その時の状況は、まったく八方ふさがりだった。土地は事業主がすべて買い占めているし、道路とも接しているから重機搬入なども手間はかからない。地元自治会の同意も取り付け、林地開発許可など必要な町や県、国からの認可も受けていた。行政的な手続きはすべて終えていたのだ。

「考える会」は弁護士などにも相談していたが、訴訟を起こしても勝てる見込みが薄く、なかなか賛同を得られなかったという。

メガソーラー計画の多くは外資

 ただいくつかわかった事情もある。まず事業主体となっているのは共栄ソーラーステーション合同会社だが、これは完全なペーパーカンパニーで、実際の事業主は「エバーストリーム・キャピタルマネジメント」というアメリカの投資会社であること。

 全国各地で進むメガソーラー建設計画の多くは外国のファンド主導が多いのである。まさに「外資に日本の森が買収」されていたのだ。

 そして予定地のうち、ソーラーパネルを敷きつめるのは3分の1の16ヘクタールなのだが、伐採した跡地にそのまま設置するのではなく、大規模に山を切り崩すとともに盛り土をして谷を埋め、平坦地を造成する計画だった。

 伐採が始まって私も幾度か見に行ったが、なんとも乱暴な工事が行われていた。もろい花崗岩質の山を大規模に削って形を変えてしまっていたし、谷筋に土砂が投げ込まれている。表土を剥ぎ取った部分も広く、少しの雨でも崩れかけていた。

 驚くというかあきれたのは、予定地の中にあった「裏の谷磨崖物地蔵尊立像」と呼ばれる磨崖仏が削られてしまったことだ。事情を聞くと、移転させるため石仏部分を岩から剥がして保存しているとのことだが、本当に石仏は傷つかずに剥ぎ取れたのか、その後の石仏の姿は公表されていないからわからない。見た目は、まるでタリバンに破壊されたバーミヤンの大仏のようだ。

ここに調整池を建設するため、「移転させる」として石仏を剥ぎ取った。(筆者撮影)
ここに調整池を建設するため、「移転させる」として石仏を剥ぎ取った。(筆者撮影)

 さて、裁判はどのように起こされたのか。実は、発電した電力を変電所まで送るため約3キロに渡って道路下に高圧送電線を埋設する予定なのだが、それが通るいくつかの町の自治会の中で、1ヶ所だけが同意していなかったのだ。

 しかも工事では道路を通行止めにしなければならないが、その迂回路も示していない。その点を指摘すると、自動車も通れない幅の農地の中の道を示す有様だった。

 この点を突いて、訴訟を起こすことにしたが、世間に広く訴えるため1000人の原告を集めることを目標とした。ただし期間は2週間しかない。ほとんど無理に思えたが、会員各人が呼びかけると、意外にも大きな反響を呼ぶ。一人で100人以上の委任状を集めた人もいたそうだ。そして約2300人を超える賛同者が集まった。そのうち町内居住者など直接関わりのある人980人に絞って原告となってもらい、訴訟に持ち込んだのである。

 とはいえ正直なところ、これだけでは裁判の先行きに展望があると思えないし、工事の差し止めもおぼつかなかっただろう。事実、工事は着々と進んでいた。

放水路データに虚偽を発見

 ただ業者側に動きがあった。放水路ルートの変更を申し出たのだ。予定地から出る水を流すルートは、1ヶ所だけだったのをもう1本設けるというものだ。その書類を目にした「考える会」事務局の須藤啓二さんは、奇妙な数値に気づいた。

 須藤さんは、排水処理プラントの設計施工などを行う会社を経営している。それだけに放水路のデータを見る目があったのだ。すると、あきらかにおかしい。

 従前の放水ルートは道路沿いの細い用水路だが、その斜度がすべて18度になっている。水路が一律の斜度であるわけないし、18度では車も走るのが厳しいほどの急角度だ。現実にその用水路は、そんな傾斜はない。しかも、そこを流れる水の速さは秒速30メートルを超えると設定している。これは時速に直せば100キロ以上の速度だ。津波より早く水を流せるという前提なのである。

 どうやら、その速度で流れることにしないと、十分な排水ができないから、意図的に斜度や流速などの数字をでっち上げた可能性が出てきた。

谷を埋めて排水パイプを設置している(筆者撮影)
谷を埋めて排水パイプを設置している(筆者撮影)

 さらに計画書を精査していくと、添付しなければならないさまざまなデータや同意書も揃っていないことが浮かび上がってきた。

 そこで平群町に訴えるとともに県にも伝えた。計画書に虚偽記載があったとなれば話は大きく違ってくる。

 これが知事の工事停止命令へとつながったのだ。

 荒井知事は「メガソーラーが良いとか悪いとかではなく、申請された設計内容に意図的とも思える誤りがあったのだから工事を止めるのは当たり前。業者に対し、法令の基準に適合するまでは工事の再開を認めないと通告した」と記者会見で説明した。

 その上で「住民と業者の間でトラブルが相次いでいることから、メガソーラー設置に関する県独自のガイドラインを、今年度中をめどに策定する」と発表した。

 ガイドラインの中身はまだこれからだが、申請書類だけで認可判断するのではなく、県が現地調査を行った上で判断するよう盛り込む予定だ。

 ここで重要なのは、一見完璧に仕上げたように見えた建設計画書も、専門家の目を通せば、どこかに不具合が見つかる可能性があるとわかったことだ。

 そもそも行政側にしたら、業者が規則通りの手続きを踏んで、必要書類を揃えていたら認可しなくてはならない。いくら担当者が、個人的にその計画に胡散臭さを感じても、それで認可判断を変えるわけにはいかないだろう。逆に業者側から訴えられかねない。

 また、いくら住民の不安や反対の思いが強くても、それだけを理由に訴えても行政や司法は動きにくい。

 だが、明確な「虚偽」があれば話は別だ。水路の傾斜角や流速のおかしさ、必要なデータや同意書の不添付などに気づいたことが逆転を呼び込んだのである。

 この点は、同じような問題を抱えている地域の参考になるのではないか。

 ちなみに全国でメガソーラー建設を規制する動きが広がっている。市町村レベルでは8年前から規制する条例が作られ始めた。現在のところは、大分県由布市、岡山県真庭市、群馬県高崎市、静岡県富士宮市……など156地域に条例がある。県レベルでは、岡山県、山梨県、兵庫県、和歌山県にできた。内容はさまざまだが、地域制限や面積、出力制限などだ。ただ罰則なしでは効果はわからないだろう。

 また、完成してしまうと、いくらその後に是正勧告をしても、あまり守られないことは各地の事例が示している。

 さて、平群の計画業者側が、今後どのように動くかはわからない。すでに莫大な投資をしているから、引くに引けないのではないか、という気もする。ただ、それほど簡単に虚偽数値の是正を行えるようには思えない。

樹木の伐採跡に盛り土をする予定だった(筆者撮影)
樹木の伐採跡に盛り土をする予定だった(筆者撮影)

 私が現地を歩いて(通行権のある里道に入っている)気づくのは、もともとの谷川に加えて伐採された48ヘクタールの山腹に降り注ぐ雨が膨大な水と土砂を流していることだ。晴れた日でも、ごうごうと音を立てて流れている。そして、敷地から流れ出る用水路の細さも気になった。幅2メートルもないのだ。幸い、今夏は災害級の大雨はまだ降っていないが、近年の気象動向と頻発する水害を見れば他人事ではない。

 それに10メートル以上の厚さで盛り土する計画だが、熱海の土石流水害を持ち出すまでもなく、処置を誤れば非常に危険だろう。建設予定地が崩れて土石流を発生させれば、川筋にある下流の住宅街を襲いかねない。

 それに工事停止命令が出ているため、山を削った状態で放置され、土留め工事も何も行われていない。土砂は日々崩れている。

 これはメガソーラーだけの問題ではない。各地でバイオマス発電や風力発電などを再生可能エネルギーであり、気候変動を止めるための切り札的に推進されている。国は、2030年までの二酸化炭素46%削減を公約したため、何がなんでも進めたいのだろう。

 しかし森林を伐採して何が脱炭素か水害を起こしかねないのに何が再生可能か。もう少し真面目に考えてもらいたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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