Yahoo!ニュース

浅野拓磨とレアル・マドリーのデビューを採点・分析

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
求め得る最高の守備を見せた浅野。マジョルカでの大前提を楽々クリアした(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

浅野拓磨が上々のデビューを飾った。

これで次節オサスナ戦も先発だろう。先発を外す理由がジャゴバ・アラサテ監督には無い。アラサテは非常に論理的でわかり易い采配を特徴とする。奇策はないので、浅野が先発を外れることは、ケガ、疲労蓄積、慢心以外には無い。逆に、それらがあればサイル・ラリンにスパッと入れ替えるだろう。

■好敵手ラリンとの違いは何か?

浅野も良かったが、ラリンも良かった。

ともにスピードがある点では似ているが、ストライドの大きさに違いがある。浅野が小さくてラリンが大きい。浅野の方が瞬発力があり最初の数歩は速いが、ラリンの方がスピードに乗るまで時間がかかるものの、乗ったら浅野よりも止めにくい。重くて大きいからゴリゴリ体を当てて突破できるから。一方、浅野の方がもっと綺麗に抜いていくが、最初が勝負なので、あっさり突破する反面、あっさり止められることもある

ただ、浅野には止められた後のリカバリーの守備がある。サイドの守備ではラリンよりも上だ。ビニシウスとエムバペ、時にはロドリゴやベリンガムまで流れて来た右サイドの守備をよく下がりよく当たってこなした。レアル・マドリー相手にも破綻しなかったことを証明して監督の信頼を勝ち取った。

浅野と速さは互角? サイル・ラリンと競い合って成長できる環境
浅野と速さは互角? サイル・ラリンと競い合って成長できる環境写真:ムツ・カワモリ/アフロ

ラリンは昨季までセカンドトップで、ライン際を下がって守る経験が乏しい。攻撃では互角、守備では浅野の方が計算が立つ。浅野先発はこんな総合的な判断の結果だったと推測する。

ラリンがサイドに適応すれば浅野との争いはもう一段ハイレベルな、どちらが得点に絡む力で優れているかという域に入る。その時をアラサテ監督は待っているはずだ。以下に紹介する戦術的な理由で併用は考えにくい。好敵手と競い合ってレベルを上げていける、という意味で、浅野は良いチームを選んだ。

■戦術的に浅野に求められているもの

まず前提としての守備ではインテンシティの高さと運動量が求められる。右サイドを下がって右SBマフェオと2人でビニシウスとの2対1を作る。この時、守備的MFサムのサポートが間に合っていれば、そこまで下がる必要はないが、そんなケースは稀だ。

マジョルカのシステム、攻撃時[4-3-3]守備時[4-1-4-1]は一見左右対称だが、機能的には左右非対称だ。中盤の3人は、右にダルデル、左にサム、底にマスカレルで構成されているが、右つまり浅野側のダルデルの方が攻撃的でクリエイティブ、左のサムの方が守備的でカバーリング能力が高い。

選手としての特徴上ダルデルが下がれないので、「サイドの守備は浅野が賄うしかない」というふうにチーム自体が設計されている。なので、浅野が下がれないとか集中力が欠けるとかになれば、即、失格になっていた。

■左右非対称の仕組み。絶対的なムリキ

左右非対称はFW陣も同様だ。浅野の逆サイド、左のダニ・ロドリゲスは浅野ほどは上がらない。

ボールを奪い攻撃に転じる際にまず探すべきは、CFのムリキ、次に浅野、最後にダニ・ロドリゲスの順。基本的には①ロングボールをムリキに入れてポストプレーさせてボール確保、②上がって来た浅野へ渡して突破させる、③センターのムリキと左サイドを上がって来たダニ・ロドリゲス、二列目からダルデルがシュート、という役割分担となっている。

この極めてシンプルな監督の設計図が機能しているのは、大前提として巨人ムリキが単独でアバウトなボールでも確保できるから。ムリキはプレスにも積極的で、彼が相手のパスコースを限定してくれるから、浅野なりダニ・ロドリゲスなりが有効なセカンドプレスを行え、チームが下がる一方にならない。

今のマジョルカは浅野とラリンのどちらかがいなくても機能するが、ムリキがいないと機能不全になるだろう。

■アラサテ監督のバランス感覚とは?

浅野が下がってラリンが入った時に、ダニ・ロドリゲスも下がってアントニオ・サンチェスが入った。サンチェスはFWではなくMFだ。ざっと色分けすると、浅野とラリンはFW、ダニ・ロドリゲスは攻撃的MF、サンチェスはMFとなる。この交代策を見て、右浅野、中央ムリキ、左ラリンの超攻撃的布陣は実現しないなと思った。ビデオゲームであれば、誰もが夢見る夢の布陣だが、実際にはおそらく守備が破たんする。攻撃力アップのプラスよりも守備力ダウンのマイナスの方が大きい。

そもそもマジョルカのような残留目標チームは、「失点しなければ勝ち点1を確保できる」というレギュレーションを最大限活用すべきだと、残留争いの経験が豊富なアラサテは知り尽くしている。必ず得意なポジションでプレーさせ、左右は非対称でも総合的な攻守のバランスを崩さない――だからこそ、彼は論理的なのだ。

攻撃の過剰、フィニッシャーの過剰、左サイドの過剰、遊びの過剰。あまりにアンバランスだ
攻撃の過剰、フィニッシャーの過剰、左サイドの過剰、遊びの過剰。あまりにアンバランスだ写真:ロイター/アフロ

■Rマドリーは非論理的なビデオゲーム

対照的に、非論理的なことを強いられているのがレアル・マドリーのアンチェロッティ監督だ。ビニシウスとエムバペとロドリゴとベリンガムを同時に使え、というのはビデオゲームの世界である。攻撃陣偏重とフィニッシャー偏重で、ボール出しが弱くなりキープ力が下がり、結果的に守備力が下がる。攻守バランスから言えばマジョルカの方がレアル・マドリーよりもはるかに優れている、という逆転現象が起きている。

UEFAスーパーカップと同じ先発で臨んだが、詰まるところは、「2点目、3点目を取って勝つしかないチーム」になっている。1点だけで勝ち切る守備力は無い。破壊型のチュアメニを、ボールを動かせるモドリッチに代えてもボール出しもキープ力も向上せず、チャンスを作りつつも危険なカウンターを喰い続けた。

また、エリア付近の曲芸のようなボール回しは面白いが、それに夢中になり過ぎてシュートを撃たな過ぎる。遊びと効率性のバランスもおかしくなっている。

左右の非対称ぶりも常識外だ。

ビニシウス、エムバペ、ロドリゴ、ベリンガムは全員左へ行きたがり、味方同士でスペースを消し合っていた。流れの中で左右バランスを取る作戦だったと思うが、スターのエゴでそれができないのなら、誰か(ロドリゴ?)を強制的に右サイドに固定すべきだろう。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

木村浩嗣の最近の記事