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霞が関も変わらないといけない!…ソトナカプロジェクトの試み(下)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
霞が関も変わりつつある(写真:イメージマート)

              …前号から続く…

霞が関をどう考え、評価しているかについて

:ご説明いただいたような皆さんがたの経歴・経験から見た場合、日本の現在の「霞が関」はどのように見え、どうのように評価されていらっしゃいますか。

佐伯さん: 職員は皆優秀です。事務系と技術系、総合職と一般職など、様々な職種の区分がありますが、バックグラウンドの異なる職員が持ち寄った知見や能力を一つの施策に反映させていく過程は、素晴らしいと感じます。

 他方で、組織が大きすぎるがゆえの課題もあります。個別の幹部のクリアを取るためだけに資料が新たに作られたり、積みあがった仕事をスクラップすることに極端に消極的だったりという点は、大きな違和感を覚えました。

 若手職員の「スキルが身についている実感がない」との嘆きも聞かれますが、国会をはじめとする様々なステークホルダーの理解を得ながらスケジュールを管理しつつ施策を実現させたり、説明のために簡潔かつ分かりやすい文章に落とし込んだりする能力は、霞が関のソトでも当然に通用すると思います。また逆に民間の第一線で活躍している方は、霞が関でも同様に活躍の余地があると思います。

「ソトナカプロジェクト」共同代表そろい踏み 写真:「ソトナカプロジェクト」提供
「ソトナカプロジェクト」共同代表そろい踏み 写真:「ソトナカプロジェクト」提供

吉井さん:環境変化に合わせた組織の適応が十分に進んでいないと感じています。経営コンサルタントの端くれとして、外部環境や内部状況を超えて、普遍的に正しい組織というものはないと思っています。民間企業は製品・サービス市場、資本市場、人材市場と主に3つの市場での競争にさらされ、そのどこかで致命的な敗北を喫すると組織そのものの存続が危うくなります。行政はそうした競争が働きづらく、結果的に、「自己変革」することのニーズに対する感度が下がりがちです。

 外部環境で言えば、過去30年間の間に、政策決定過程は大きく変わり、行政を報じるメディアにも変化があり、EBPM(注1)やナッジ(注2)といった政策技術にも進化があります。より広く言えば、社会はグローバル化や少子化が進展し、ICT技術が飛躍的に向上し、そして、政策を届ける国民においても価値観の変化や多様化が生じています。また、内部の状況である行政課題についても、様々な制度を一から創ることが多かった時代から、複雑性が増した課題を捉えて制度を組み替える時代へと変化しています。

 結果的に、霞が関の組織の在り方としても、同質性の高さが最大の強みになる時代ではなくなっており、多様性の高さや、全階層リーダーシップが求められる時代へと変化が生じています(注3)。霞が関が直面している組織の課題は、大局的にはまさにこうした文脈の中で生じており、ソトナカプロジェクトもその課題解決への挑戦の1つだと思っています。

「ソトナカプロジェクト」の展望や今後の活動について

:それでは次に、そのような現状や評価を受けて、「ソトナカプロジェクト」では、どのような展望を持ち、どのような活動をされていく予定なのでしょうか。

佐伯さん:冒頭でも少し触れましたが、大きく3つのことに取り組みたいと思っています。

 1つは、霞が関の各府省庁に提言を行った身として、中途採用の活性化に向けた内閣人事局・人事院や各府省庁の取組を支援をしたいと思っています。2つ目は、私たち自身が足元で主体的に取り組むことができることとして、中途採用者のコミュニティをつくり、お互いの助け合いを促したいと考えています。3つ目は、提言の公表からおよそ1年後を目途に、状況のフォローアップをしたいと考えています。

 私からは、1つ目の支援についてお話させてください。

 まず、各府省庁における先進的な取組を発信する手助けをしていきたいと思っています。私たちが提言したことのなかには、実は制度的には今でもできることが多く、各府省庁が持つ組織運営の自由度のなかで、提言の一部を既に実施している府省庁もあります。やったことがないことをやるのは勇気がいることですから、既に他府省庁で実施されている取組について、成果と弊害を私たちがニュートラルに発信をすることには、意味があると感じています。

 また、その中で個別の府省庁から具体的な施策のアドバイスを求められることも当然にあります。このような活動を通じて、提言の実現のために各府省庁を支援していきたいと思います。

西川さん:私からは、2つ目、3つ目の活動にしてお話させてください。

2つ目のコミュニティづくりでは、2つの活動をしていきたいと思っています。

まず、独自の活動として、省庁横断で、ソトナカ人材や理念に共感して下さる方々との交流会を開催します。6月には約30人が参加して第1回を開催し、中途採用者3人に登壇してもらってキャリアを披露してもらったほか、霞が関における中途人材の活用策について、生え抜き人材も交えて意見交換を行いました。今後も年2~3回の頻度で開催予定です。

 ただ、これだけでは省内の日々の仕事や悩み解消には結び付きづらいため、もう一つの活動として、各府省庁の人事課・秘書課とも連携しながら、個別の府省庁とソトナカプロジェクトの共同で、中途採用者が早く慣れて実力を発揮するための支援ができないか、模索していきたいと考えています。

 3つ目の状況のフォローアップについては、まだ具体的な議論は始めていませんが、提言作成に向けて霞が関の中途採用者のうち約100人に実施したアンケートを、次回は2022年4月以降に霞が関に来たソトナカ人材に回答者を限定して、再度実施したいと考えています。霞が関の在籍期間が短く、それだけオンボーディング(注4)などの課題を切実に感じていると考えられる最近の採用者に回答者を限定することで、ソトナカ人材をとりまく、その時点でのフレッシュな状況を把握できるようにしたいと考えています。

第1回ソトナカ交流会集合写真 写真:「ソトナカプロジェクト」提供
第1回ソトナカ交流会集合写真 写真:「ソトナカプロジェクト」提供

今後のキャリアについて

:ありがとうございます。今後、民や官などのセクターを超えて活躍できる、正に「トライセクター・リーダー」(注5)が重要になっていくと思います。皆さん方はご自身の今後のキャリアーについてはどのようにお考えでしょうか。

佐伯さん:まずは霞が関の中で、「中途採用者が来たから変わった」と、生え抜きの人たちも思うような政策、組織変革を積み上げたいと思っています。人事担当者も含め、霞が関の生え抜きの人と話していると、中途採用者には「組織になじんでもらいたい」という意識が透けて見えますが、いい意味でその枠からはみ出したいと思います。メディア出身者ということで、特に国民への伝え方という面で改めるべきところは多いと思っています。中途採用は退職者の穴埋めで実施するという考えが、そうした積み上げによって変わっていくことを期待しています。

中舘さん:私はファーストペンギン(新分野でもリスクを恐れることなく、先陣を切り挑戦していく「ベンチャー精神の持ち主」のこと)として、しなやかなキャリアを歩みたいと考えています。霞が関の若手と話していて、自縄自縛で自ら縮こまって、政策アイデアや自身のキャリアを狭く捉えていて勿体ないとよく感じます。中途採用者が増えることで、政策について様々なアイデアが出てきやすくなりますし、直線的なキャリア観からも抜け出せると思います。 

 「霞が関でしか働けない人」よりも「民間でも働けるけど、霞が関で働きたい人」が政策を作った方が良い政策が作れると思います。「人の可能性に限界はない」を体現できるように、敷かれたレールを走るのではなく、自分の人生を謳歌したいと思います。

西川さん:私は文部科学省主催のプロジェクトの広報ですが、正式な所属は独立行政法人日本学生支援機構の任期付き職員で、副業が許されています。4年前に一般社団法人ヨコグシ(http://yokogushi.jp/)という、クロスセクターコミュニケーションの推進を理念とする団体を設立しました。文部科学省の広報室から広報戦略アドバイザーとしての業務を委嘱されているほか、自治体や行政機関などから広報ツール制作、広報研修、採用支援などのお仕事をいただくことが増えてきました。民間での多様な経験や人脈を生かして公的機関のコミュニケーション力向上に貢献していきたいと思います。

吉井さん:私は先ほど申し上げたとおり、元よりリボルビングドア志向が強く、前職の外郭団体も含めると公共セクターでの勤務が5年半となるこのタイミングで、任期付きで採用された厚労省を退職しました。退職後は、厚労省改革に民間出身者枠で携わったり、ソトナカプロジェクトを立ち上げたりした経験から芽生えた問題意識に基づいて、引き続き霞が関の変革に貢献すべく民間で起業をします。その先のキャリアについては、まだ全く見通すことができていないというのが、正直なところです。しかし、職業として行政にいようと、民間企業にいようと、どこにいようとも、「環境変化に合わせて自己変革をできる組織や社会」の実現に対して貢献をしたいと考えています。その目的の下で、その時々の社会の状況や、自分自身が価値を発揮しやすい場所などから、自分のキャリアを判断していきたいと思います。

日本社会へのメッセージについて

:最後に、皆さん方から日本社会、特に若い世代へのメッセージや何か伝えたいことがあれば、ぜひいただければと思います。

佐伯さん:世間には、「霞が関は大変だ。給料も低くて苦労も多い」という言説があふれていますが、霞が関にいてよかった、という情報はなかなか目にすることはありません。メディアも、高い学歴を持った人材が苦労しているというストーリーが好きだし、公務員一人一人も、「楽しい」とアピールすることに慣れていないように思います。でも、一歩内側に入ってみると、負の面だけでなく、成長できること、楽しいこともたくさんあります。伝聞の情報に阻害されずに、機会があれば現場に入ってみて、自分の目や耳で霞が関を知ってもらえるとありがたいと思います。

中舘さん:霞が関の仕事はやりがいがあり、とても面白いです。優秀で熱いパブリックマインドの仲間もいます。そして、全身全霊を打ち込む価値のあるチャレンジがあります。私はそんな霞が関の仕事が大好きですし、一緒に変革できる仲間が増えると嬉しいです。霞が関という選択肢を考えたことがない人にこそ、霞が関に飛び込んで欲しいと思います。

西川さん:転職や副業が普通になってきた今、Z世代の皆さんにはキャリアの選択肢がより開かれているからこそ、迷いも深いと思います。正解はないので、まずは色々な人の話をきいてみて、最も「心躍る」道を選ぶことお勧めします。多少寄り道したとしても、それが個性に変わります。課題が山積しつつも、大改革が始まろうとしている霞が関でのキャリアにワクワクする方、ぜひお待ちしています。

吉井さん:先ほど、全階層リーダーシップが求められる時代と言いました。ある程度、規模の大きな組織は、多かれ少なかれ、方針・予算・人事等の権限は経営陣が握っている一方で、組織目的を実現する上での取組に対する課題認識や解決策は現場から生じるものだと思います。組織が大きくなればなるほど、課題が複雑化すればするほど、その分断は強くなります。全能の神がいないからこそ、誰か1人のリーダーシップに期待することはできず、組織のあらゆる階層でリーダーシップを取ることが必要になります。同じ組織や社会で、若い世代の方々と、私のような中堅世代の方々、そして、さらに経験豊富な世代の方々が、共にリーダーシップを取り、一緒に変革をしていけることを願っています。

:本日は、ありがとうございました。ソトナカプロジェクトの皆さんの今後ますますのご活躍を期待しています。

(注1)「EBPM」とは、「Evidence Based Policy Making(エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング)の略です。具体的には、エビデンス(データ・合理的根拠)に基づいた政策の企画立案を行うことを言います。」(出典:「EBPM」、人事・労務キーワード集insource、2021年10月4日))

(注2)ナッジとは、「行動科学の知見から、望ましい行動をとれるよう人を後押しするアプローチのこと。多額の経済的インセンティブや罰則といった手段を用いるのではなく、『人が意思決定する際の環境をデザインすることで、自発的な行動変容を促す』のが特徴だ。」(出典:「ナッジ(行動経済学)とは・意味」 IDEAS FOR GOOD)

(注3)この論点に関しては、次の資料等を参照のこと。

・『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』 (マシュー・サイド、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年6月25日)

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・「多様性こそ、今の日本に必要だ。」(鈴木崇弘、Yahoo!ニュース、2022年8月13日)

(注4)オンボーディング 【onboarding】とは、「組織やサービスに新たに加入した人に手ほどきや支援を行い、定着を促したり慣れてもらう活動のこと。 もとの意味は「新人研修」で、企業などの人事・人材管理の分野で、新たに採用あるいは配属された従業員を、組織や部署のルールや文化、仕事の進め方などにいち早く慣れさせるための教育・訓練プログラムなどのことを指す。日本で外来語としてオンボーディングという場合は、初期の形式的な新人研修プログラムだけではなく、現場への配属後も含め、ある程度長期的・継続的に提供されるきめ細かな支援プログラムを含むことが多い。新人の早期の戦力化や早期離職の防止などのために戦略的に行われる施策で、各種の面談や懇談、会合、メンター制度、総合的な相談窓口の設置などが含まれる。」(出典:「オンボーディング 【onboarding】」、IT用語辞典e-Words、2020年6月28日)

(注5)「トライセクター・リーダー」については、次の記事などを参照こと。

「トライセクター・リーダー【世界を変えるCSV戦略】」(水上武彦、2015年5月16日、Alterna) 

インタビュー対象者

吉井弘和さん

元厚生労働省保険局保険課課長補佐、ソトナカプロジェクト発起人および共同代表

吉井弘和さん 写真:本人提供
吉井弘和さん 写真:本人提供

 2004年に東京大学理学部数学科を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1年間のドイツオフィスへの転勤を含めて5年間の勤務の後、2011年、コロンビア大学国際・公共政策学院 (SIPA) およびロンドン大学政治経済学院 (LSE) より公共経営学修士を取得。

2017年3月にマッキンゼーを退職して、社会保険診療報酬支払基金の理事長特任補佐に就任。2020年4月に厚生労働省入省、2022年8月末に退職。

佐伯健太郎さん

農林水産省経営局協同組織課課長補佐、ソトナカプロジェクト共同代表

佐伯健太郎さん 写真:本人提供
佐伯健太郎さん 写真:本人提供

 2006年に東京大学文学部社会学専修課程を卒業後、一般社団法人共同通信社に入社。記者として広島、長崎、那覇の各地方支局で主に安全保障、核兵器廃絶の問題をテーマに取材後、本社政治部で安倍晋三首相番、総務省・防衛省担当、二階俊博自民党幹事長番などを経験。

 2020年11月に農林水産省入省。生産局食肉鶏卵課係長を経て、21年7月から現職。

西川朋子さん

文部科学省 官民協働海外留学創出プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」広報・マーケティングチームリーダー、ソトナカプロジェクト共同代表

西川朋子さん 写真:本人提供
西川朋子さん 写真:本人提供

 1999年上智大学法学部国際関係法学科卒業。人材教育・派遣会社、出版社等の勤務を経て、2006年に株式会社トゥモローの代表取締役として経営に従事。退任後はトレンダーズ株式会社の女性起業塾事務局長、PRプランナー、株式会社ココナラのコミュニケーションマネジャーを務める。2014年4月から現職。

2018年、8月一般社団法人ヨコグシ設立、代表理事に就任。2018年より毎年、文部科学省から広報戦略アドバイザーを務める。

中舘尚人さん

内閣官房ワクチン接種推進担当(経済産業省から出向中)、ソトナカプロジェクト共同代表

中舘尚人さん 写真:本人提供
中舘尚人さん 写真:本人提供

 2013年に東京大学経済学部を卒業後。株式会社ビービットでITコンサルタントとして従事。2017年に経済産業省に入省。商務情報政策局情報経済課、大臣官房グローバル産業室、資源エネルギー庁原子力発電所事故収束対応室、福島復興推進グループ新産業室などを経て、22年7月から現職。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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