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霞が関も変わらないといけない!…ソトナカプロジェクトの試み(上)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
霞が関は変われるのか(写真:イメージマート)

 日本は、第二次世界大戦後、終身雇用、年功序列、関連組織・団体への出向などが一つのセットとなり、組織の活性化および人的モチベーション等が維持・図られ、日本社会のダイナミズムが生み出されてきた。それが、戦後の驚異的な国土復興や高度経済成長を生み出してきた。社会の方向性がある程度明確であった時には、その手法やアプローチが有効機能したのだ。

 このことは、高度成長を現場で支えた日本の大企業ばかりでなく、日本の方向性を牽引した日本の政府(特に中央政府)(注1)にも当てはまる。日本は、第二次世界大戦の前後でも、軍を含む官僚組織(政府)が政策形成を主導してきた。大戦後、新しい憲法が制定され、国民が主権者になったが、一部の変更を除き、官僚組織(政府)による政策形成であることに大きな変化はなかったということができる。

 だが、そのような政府を中心とした政策主導の手法は、どうしても前例踏襲型であることなどのために、日本は、1980年代後半から90年代にかけて、当時起こりはじめていた社会や世界の大きな変化に対応できなくなってきていたのだ。それを受けて、政治主導の政策形成の実現のさまざまな試みがなされたが、現在までのところ、「忖度」などの言葉に象徴される歪んだ形の政治主導は実現したが、90年代初頭に構想されたような「政治主導による政策形成」が実現されたとはいいがたい現実がある。

 よく考えてみると当然なのであるが、上述の政治主導実現のために、官僚・行政(政府)の組織の変更もなされたが、その本質的な部分を変えてきたとはいえないのが現状だ。

国家公務員も変化が求まれていている
国家公務員も変化が求まれていている写真:イメージマート

 しかしながら、その中央政府(いわゆる霞が関)でも変化が起きてきている。その一つが霞が関の中途採用職員を中心とする「ソトナカプロジェクト」だ。霞が関は、これまで基本終身雇用の仕組みだが、最近では、民間等で経験のある人材を採用することが行われるようになってきている。そのような人材を横につなぎ、中央政府(霞が関)に変化をもたらそうとする試みが、「ソトナカプロジェクト」だ。

 そこで、同プロジェクトの共同代表の方々にお話を伺った。

「ソトナカプロジェクト」について

鈴木(以下、S):吉井さん、お久しぶりです。相変わらずの大活躍ですね。最近、「ソトナカプロジェクト」を、発起人として立ち上げましたよね。社会的にも、注目が集まっているようですね。まず同プロジェクトについて教えてください。

吉井弘和さん(以下、吉井さん):「中途採用をきっかけに、多様な人材が新しい社会を創り出す霞が関」を目指して、昨年末ごろから徐々にメンバーを集め始め、今年の3月に「ソトナカプロジェクト」として本格的に活動を始めました。  

 霞が関はいま、志望者数減少・離職者数増加という問題に直面しており、優秀な人材の安定的確保が極めて重要な課題となってきています。また、行政課題が複雑高度化するなか、様々な視座を持つ人材が協業し新たな価値を生み出していくことが求められています。

 公務にはやりがいと誇りがあり、多様で優秀な人を呼び込むポテンシャルがあります。私たちは実際に働いて、そう確信しています。一方、民間の転職に比べてイメージが湧きづらくハードルが高いことも確かです。また、中途採用は始まったばかりで、各府省庁とも、試行錯誤しながら取り組んでいるところです。

 この状況を打破するため、「霞が関の門を叩いた当事者としての視点」や、「霞が関のソトとナカを当事者として比べられる視点」という独自の視点を持つ私たちが、多様な人材確保の一つの切り口として、「中途採用」に関する提言を行うこととしました。この提言が、霞が関における中途採用や中途採用者の活用、ひいては多様性の確保を後押しすること、そして霞が関が次々に新しい価値を生み出す組織となることを願っています。

川本裕子人事院総裁に提言を手交する 写真:「ソトナカプロジェクト」提供
川本裕子人事院総裁に提言を手交する 写真:「ソトナカプロジェクト」提供

 本年5月にプロジェクトとしての提言をまとめ、5月25日に人事院の川本裕子総裁に、7月5日には牧島かれん大臣(デジタル大臣、行政改革担当、内閣府特命担当大臣(規制改革))に手交しました。今後は、提言の実現に向け内閣人事局・人事院や各府省庁を支援することに加え、中途採用者のコミュニティ作りを通じてお互いの助け合いを促したり、提言のフォローアップを行いたいと考えています。

牧島かれんデジタル大臣(当時)に提言を手交する 写真:「ソトナカプロジェクト」提供
牧島かれんデジタル大臣(当時)に提言を手交する 写真:「ソトナカプロジェクト」提供

参加メンバーの経験やプロジェクトとのつながりについて

S:ありがとうございます。「ソトナカプロジェクト」の皆さん方は、現在所属省庁で活躍されていますが、これまで民間でも活躍されたり、海外で留学や活動などをされていらっしゃる。皆さん方それぞれのこれまでのご経歴を教えていただきたいのと、その経歴と同プロジェクトがどのようにつながっているのかをお教えてください。

佐伯健太郎さん(以下、佐伯さん):前職は政治記者として、安倍首相の総理番や防衛省担当、二階自民党幹事長番などを経験しました。米軍普天間飛行場の移設をめぐる政府と沖縄県との対話や、オバマ米大統領の広島訪問決定など、社会を動かすような出来事に目の前で立ち会えるダイナミズムに魅力を感じつつ、小さなことでもいいから、自分が仕組みをつくる側に回ってみたいと考えるようになり、2020年に農林水産省に入りました。霞が関でも農水省は中途採用に積極的な省庁ですが、入省する側にも受入する側にも課題があって、中途入省しても短期間で辞めていく人もいます。採用活動にも民間と比べて求職者に必ずしも寄り添っていない面もあります。こうした課題などを減らせないかという思いで、プロジェクトに参画しました。

中舘尚人さん(以下、中舘さん):大学卒業後、新卒でITベンチャーに就職しました。その後、社会の仕組みから変革したいと考えて、2017年に経産省へ転職しました。入省直後にベンチャーと霞が関のギャップに戸惑った経験をしたので、経産省で中途採用者コミュニティを作り、中途採用者ならではの悩みを分かち合い、助け合えるようにしました。私が入省した年の中途採用者は2名でしたが、今は年に10名以上がコンスタントに経産省に転職してきます。霞が関も中途採用も所与とした組織に変わる必要があると思い、「ソトナカプロジェクト」に参画しました。

西川朋子さん(以下、西川さん):子供の頃から私の人生の原点にあるのは「誰もが自己実現を追求できる社会作りに貢献したい」という想いです。大学卒業後の15年間は、人材会社、留学情報メディアや起業塾、PR会社などでの経験を通じて、自分に必要な力をつける方法を模索してきました。より社会貢献に直結する仕事がしたいと思っていた頃に、文部科学省が留学支援のための官民協働の新事業を立ち上げ、広報人材を公募していると知り運命を感じてJOINしました。セクターを超えた人材交流の魅力、可能性を伝えたく、ソトナカプロジェクトに参画しました。

吉井さん:私は新卒で経営コンサルのマッキンゼーに入社ましたが、いずれ公務の仕事をしたいという気持ちは、学生の頃からありました。アメリカにはリボルビングドア(注2)と呼ばれるキャリアの仕組みで、政府や民間企業、大学などの職を渡り歩く方々がいることをぼんやりと知っており、私自身がその1つのサンプルになれたら、日本に新しいキャリアの在り方を提示できるのではないかと考えていました。

 就職後はマッキンゼーの仕事に励みつつ、いずれ政府で働くことを目指して、海外の公共政策大学院に留学したり、積極的に公共領域のプロジェクトの受注に尽力したりしました。その後、私は運良く、厚労省の外郭団体を経て2020年に同省に転職をすることができました。8~9年ほど前にも霞が関(中央省庁)に転職しようと求職活動をしたのですが、当時は容易に求人を見つけられませんでした。しかし、最近では状況が異なり、一部の府省庁では中途採用の強化に乗り出しています。

 これまで新卒一括採用中心の採用活動をしてきた霞が関に対して、中途採用職員であるからこそ、従来の視点を超えた新しい提言ができるのではないかと思い、ソトナカプロジェクトを立ち上げることを決めました。

S:興味深いですね。

                …次号に続く…

(注1)地方政府などでは、外部人材を中途で採用することが積極的に進められるようになってきている。それに比べて、中央政府は、変化は生まれつつあるが、まだ部分的でゆっくりとしたものにすぎない。

(注2)「リボルビングドア(回転ドア、revolving door)」とは、「官公庁と民間企業との間で、人材が流動的に行き来する仕組みのことをいいます。回転ドアを通るように人材が官民を自由に出入りすることで、官公庁は民間が持つ最先端の技術やトレンドを知ることができ、民間は官公庁とのつながりにより事業運営が円滑になります。しかし、官民に限らず、日本は欧米と比べて人材の流動性が低いのが現状です。2021年9月に設置されるデジタル庁は民間から人材を広く募集しており、初の大規模なリボルビングドア事例として注目されています。」(出典:「リボルビングドア(回転ドア)」、日本の人事部、2021年8月27日)

[参考]リボルビングドアにも関わる政治任用制度については、次の書籍等を参照のこと。

『アメリカの政治任用制度――国際公共システムとしての再評価』小池洋次、東洋経済新報社、2022年

インタビュー対象者

吉井弘和さん

元厚生労働省保険局保険課課長補佐、ソトナカプロジェクト発起人および共同代表

吉井弘和さん 写真:本人提供
吉井弘和さん 写真:本人提供

 2004年に東京大学理学部数学科を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1年間のドイツオフィスへの転勤を含めて5年間の勤務の後、2011年、コロンビア大学国際・公共政策学院 (SIPA) およびロンドン大学政治経済学院 (LSE) より公共経営学修士を取得。

2017年3月にマッキンゼーを退職して、社会保険診療報酬支払基金の理事長特任補佐に就任。2020年4月に厚生労働省入省、2022年8月末に退職。

佐伯健太郎さん

農林水産省経営局協同組織課課長補佐、ソトナカプロジェクト共同代表

佐伯健太郎さん 写真:本人提供
佐伯健太郎さん 写真:本人提供

 2006年に東京大学文学部社会学専修課程を卒業後、一般社団法人共同通信社に入社。記者として広島、長崎、那覇の各地方支局で主に安全保障、核兵器廃絶の問題をテーマに取材後、本社政治部で安倍晋三首相番、総務省・防衛省担当、二階俊博自民党幹事長番などを経験。

 2020年11月に農林水産省入省。生産局食肉鶏卵課係長を経て、21年7月から現職。

西川朋子さん

文部科学省 官民協働海外留学創出プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」広報・マーケティングチームリーダー、ソトナカプロジェクト共同代表

西川朋子さん 写真:本人提供
西川朋子さん 写真:本人提供

 1999年上智大学法学部国際関係法学科卒業。人材教育・派遣会社、出版社等の勤務を経て、2006年に株式会社トゥモローの代表取締役として経営に従事。退任後はトレンダーズ株式会社の女性起業塾事務局長、PRプランナー、株式会社ココナラのコミュニケーションマネジャーを務める。2014年4月から現職。

2018年、8月一般社団法人ヨコグシ設立、代表理事に就任。2018年より毎年、文部科学省から広報戦略アドバイザーを務める。

中舘尚人さん

内閣官房ワクチン接種推進担当(経済産業省から出向中)、ソトナカプロジェクト共同代表

中館尚人さん 写真:本人提供
中館尚人さん 写真:本人提供

 2013年に東京大学経済学部を卒業後。株式会社ビービットでITコンサルタントとして従事。2017年に経済産業省に入省。商務情報政策局情報経済課、大臣官房グローバル産業室、資源エネルギー庁原子力発電所事故収束対応室、福島復興推進グループ新産業室などを経て、22年7月から現職。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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