米・不法移民対策で引き離される2000組の親子ートランプ政権の迷走でみえた「アメリカの偉大さ」
- メキシコとの国境ではアメリカ当局により不法移民取り締まりが強化されており、そのなかで親子が引き離される事態が急増している
- その非人道的な対応には、民主党からだけでなく、共和党支持者からも批判が噴出している
- トランプ氏は民主党に責任転嫁しているが、迷走する政府に敢然と声をあげる世論にはアメリカの健全さを見出せる
- トランプ大統領は図らずも自らを肥やしにすることで「アメリカの偉大さ」を世界に発信したといえる
手柄は自分に、責任は他人にー。トランプ大統領の真骨頂がまたも炸裂した。
アメリカとメキシコとの国境では、不法移民の2000組以上の親子がアメリカ当局によって引き離される状況にある。その非人道性に対する批判が内外から噴出し、歴代ファーストレディのうち政治に最も関心がないようにみえるメラニア夫人まで声明を出す事態になっている。
これに対して、「容赦なし(Zero tolerance)」と呼ばれる強硬な取り締まりを進めたトランプ大統領は、「民主党の責任」を強調している。そこには、どんな論理があるのか。
引き離される家族
メキシコとの国境を超えてアメリカに入国する不法移民の多くは、メキシコに加えて、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルの3カ国からやってくる。これら3カ国は中南米でもとりわけ貧しく、麻薬マフィアが絡む暴力も目立つため、既に国民の10パーセントが国外に出ているとみられる。
2016年大統領選挙でトランプ氏は「国境に壁を作り、費用をメキシコに負担させる」と主張。ムスリムやアジア系だけでなく、ヒスパニックにも反感を募らせる有権者から支持を集めた。
しかし、「分離壁の建設」は一部から熱狂的にされたものの、非現実的であるばかりか、対外的なイメージの悪さも手伝って、多くの有権者がこれに反対。ピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、不法移民対策にとって重要な課題として「国境に壁を建設すること」をあげた人は39パーセントにとどまり、「ビザが切れた後も滞在するオーバーステイを国外退去にすること」(77パーセント)や「不法移民が政府から過剰なサービスを受け取れないようにすること」(73パーセント)などを大きく下回る。
こうした背景のもと、トランプ政権は壁の試作を進める一方、国境警備の強化に軸足を移すようになった。4月6日、セッションズ司法長官は国家安全保障の観点から不法移民対策を強化する「容赦なし」の方針を打ち出した。これは違法に入国した者を基本的に全員逮捕し、禁固や罰金の刑を科すものだ。
ただし、刑罰の対象は成人に限られるため、子どもは保険福祉省の監督下に置かれることになる。その結果、親から引き離された子どもの数は、4月19日から5月31日までだけで、1995人にのぼる。
「容赦なし」ではなく「人道性なし」
「容赦なし」の不法移民対策は、しかしアメリカ内外からの批判を呼んだ。6月10日には子どもが収容されている各地のキャンプそばで抗議デモが発生。これに参加したオレゴン州選出のジェフ・マークレイ上院議員(民主党)は「彼らはこれを『容赦なし』と呼ぶが、むしろ『人道性なし(Zero humanity)』だ」と糾弾している。
共和党支持者からも批判はあがっており、とりわけ二人の女性の発言が大きな関心を呼んだ。
6月16日、ジョージ・ブッシュ元大統領の夫人ローラ・ブッシュ氏はワシントン・ポストに寄稿し、「これはアメリカの最も恥ずべき歴史の一つである、第二次世界大戦中の日系人収容所を連想させる」と述べたうえで、「心が張り裂けそう」とつづった。
翌17日には現役ファーストレディのメラニア・トランプ氏が代理人を通じて「引き離される子どもをみたくない」と発言。このメッセージは「法に従う国であることは必要だが、ハートをもって治める国であることも必要と信じている」と続いている。
海外でもこの問題への関心度は高く、18日に国連のザイド・イブン・ラアド人権高等弁務官は「子どもに苦しみを押しつける政策は不当だ」と述べ、「容赦なし」の再考を促している。
家族とともに暮らす権利
「不法に入国した、いわば犯罪者なのだから、その権利は制限されて当然」という考え方には一理ある。ただし、たとえ法を犯した者でも、人として守られるべき権利はある。例えば、不法移民だからといって虐待したり搾取したりすることは、どの国でも認められていない。
欧米諸国では1990年代から移民の制限が強化されてきたが、これと並行して移民や難民の権利はむしろ拡張されてきた。つまり、合法移民や難民とその国の国民の間の権利格差は徐々に小さくなっており、それにつれて不法移民の人としての権利にも目が向けられるようになってきている。
そこには世界人権宣言などで国際的に保護の対象となっている「家族とともに暮らす権利」も含まれる。これは「子どもの健全な養育」を念頭に置いている。そのため、親が不法移民であっても、未成年の子どもを引き離す措置は、どの国でもとられていない。
残念ながら、これは不法移民の「抜け穴」でもある。まず親だけが何とかして不法入国し、生活を営んでいるという既成事実を作ったうえで、家族や子どもの呼び寄せを求めるのは、もはや常套手段だ。この場合、「家族とともに暮らす権利」が利用されている。
とはいえ、一部に不心得者がいるとしても、それを理由に「不法移民の人としての権利を制限すること」に賛同する有権者も、アメリカでは一部だったといえる。実際、「容赦なし」への批判は、人権意識が強いリベラルからだけでなく、「家族は一緒に暮らすもの」という観念の強い保守からもあがっている。
トランプ政権の支持基盤の一つであるキリスト教保守派、特に福音派からも「容赦なし」に反対の声があがるなか、6月17日にセッションズ長官は「使徒ヨハネも言っている、神はその目的のために政府を任命したのだから、その定める法に従うべきだと」と述べ、「容赦なし」が聖書に適うと示唆した。
これに関して、記者会見で「聖書のどの部分にそれがあるのか」と尋ねられたホワイトハウスのサンダース報道官は「司法長官が引用した箇所は分からない」と釈明。「法を執行することは聖書に適っている」と苦しい弁明に追われた。
責任は他人に
内外で批判が高まるなか、トランプ大統領は民主党の責任を強調している。それによると、「我々は民主党のオバマ政権から政策を引き継いだ」のであり、さらに「新たな移民政策を議論しようとしても、議会での議論に民主党が加わろうとしていない」というのだ。さらにそのうえで、シリアなどからの移民・難民の対応に苦慮するドイツを念頭に、「アメリカを難民キャンプにはしない」とも述べている。
セッションズ司法長官が発した「容赦なし」の方針は、アメリカ合衆国法典第8編第1325条に基づく。この法律が最後に修正されたのは1996年で、その意味でトランプ政権がオバマ政権から引き継いだということに誤りはない。
ただし、歴代政権のもとでこの法律が額面通り施行されることは稀だった。メキシコとの国境を超えてくる不法移民を全て取り締まることが事実上不可能であっただけでなく、法律をそのまま実行すれば、未成年を親から引き離すことも想定されていた。いわば、実行の難しさと人道的配慮から、第1325条をそのまま適用することを、どの政権も控えていたのだ。
これを押し切ったのが、セッションズ長官の打ち出した「容赦なし」だった。
そもそも、パリ協定からの脱退やイラン核合意からの離脱など、オバマ政権の決定の多くを問答無用に覆してきたのは他ならぬトランプ政権であり、不法移民対策だけはオバマ政権から引き継いだという主張は説得力を欠く。
そのうえ、連邦議会は上下両院で共和党が過半数を占めている。もし第1325条に問題があり、修正するべきと考えるなら、(他の法案と同じように)民主党の協力を待たなくとも、議会共和党にその見直しを要請すれば済むはずである。
つまり、トランプ氏の言い分は、民主党に責任転嫁するものといわざるを得ない。
アメリカの偉大さ
その一方で、この問題はトランプ政権の暴走・迷走とともに、アメリカ世論の健全さをも示している。
トランプ大統領は「アメリカを再び偉大にする」と繰り返してきた。少なくともこの問題に関しては、その目標を達成できたかもしれない。
政府批判さえはばかられる国と比べれば、アメリカではトランプ氏が暴走・迷走するほど、これに批判的な世論が噴出し、政府への圧力になってきた。多くの国民が不法移民に不満や反感を募らせているにもかかわらず、不法移民であっても人としての権利が守られるべきという声があがる点に、アメリカの懐の深さを見出せる。言い換えると、「容赦なし」の問題でトランプ大統領は、自分で気づかない間に、自分を肥やしとすることで、アメリカの偉大さを世界に示してきたといえるだろう。
【追記】
この記事の掲載後、アメリカ政府は親子の引き離しを停止した。