お父さんのいない、初めてのクリスマス… 中央線突破の「無保険バイク」に命奪われて
『はじめまして。突然のメール失礼致します。私は2020年10月18日に、北海道樺戸郡新十津川町幌加の国道で起きた正面衝突事故で夫を亡くした者です。
周りは「バイクとバイクの事故」と言うのですが、私にはそんな単純な事故には思えないのです……』
北海道在住の竹林さんから、私のもとにメールが届いたのは12月上旬のことでした。
読み始めて、ハッとしました。
私自身、バイク乗りということもあり、この事故の報道を目にしたときから大変気になっていたのです。
『バイク同士が衝突、1人死亡 新十津川』(2020.10.19/北海道新聞)
バイク同士の衝突で死者が出るとは、いったいどのような状況だったのか……。
竹林さんのメールには、夫であり、二人の娘たちの優しい父親である政信さん(享年50)が、突然にして命を奪われた交通事故の状況が詳細に記されていました。
■ドクターヘリで運ばれるも……
事故は、10月18日、午前10時20分頃に発生しました。
写真を見てもわかる通り、現場は片側1車線の大変見通しのよい直線道路です。
10月上旬に新車で納車されたばかりだという900ccの大型バイク(BMW F900XR)に乗る加害者は、前を走るトラックを追い越そうと対向車線に出た際、対向してきた政信さんの125ccのバイク(CBX125F)と衝突したのです。
『大型バイクに衝突されたその瞬間、夫の右腕、右足の骨は開放骨折、右膝から下は頭の方へ折れ曲がり、骨盤は真っ二つに割れ、国道の外に跳ね飛ばされたそうです』
現場にはすぐにドクターヘリが要請されました。
搬送途中、政信さんの心臓が停止したため、医師によるアドレナリン投与で2分後に鼓動が再開。
病院へ到着したときには出血がとても多く、危険な状態だったと言います。
『両足の止血をしたくても骨盤の固定を外すとさらに出血するため、左側胸部を切り開き、医師が夫の心臓の裏の動脈を摘んで止血しながら、骨盤にボルトを挿入して固定したそうです。それでも、出血は止まらず、肝臓からの出血は造影剤を利用して止めました。全身の骨が粉々に骨折していたことで、ありとあらゆる毛細血管から出血していたようです。結局、出血は止まらず、事故から15時間後、夫は息を引き取りました』
竹林さんのメールはこう続きます。
『加害者のバイクの後方を走っていた目撃者(Aさん)によると、トラックは左寄りを走っていたため前方の見通しはよく、Aさんからも対向してくる夫のバイクが目視できたため、追い越しはしなかったそうです。
あれほど運動神経のよかった夫が、対向してくる大型バイクを避けきれなかったことが、私は理解できませんでしたが、加害者は前車のトラックを追い越しざまに対向車線側へ大きくはみ出し、夫の進行方向左側の端のほうで正面から夫の右半身に衝突したというのです。
一体、加害者はどんな車線変更をし、どんなスピードで夫に正面衝突してきたのでしょう。 なぜ、前方を確認しなかったのか……。私から見れば「危険運転」以外の何物でもありません。本当に悔しいです』
この事故で、加害者の男性(46)も骨折などの重傷を負い、入院しましたが、命に別状はありませんでした。
■救命救急の医療費、1日で658万円。加害者は無保険
つい先日、竹林さんのもとに初めて加害者から謝罪の手紙が届きました。
そこには、お詫びの言葉が綴られていましたが、肝心の事故のことについては「記憶がないのです」と書かれていました。
さらに、竹林さんら遺族を不安に陥れたのは、加害者が自身の大型バイクに任意保険をかけていなかったことです。
「実は、加害者は無保険でした。加害者の高齢の家族は、電話で私にこう言いました。『交通事故はお互いさま。バイクは一般の人は任意保険に入ってません。事故が起こったときのことは、皆さん考えてないんじゃないでしょうか』と」
この話を竹林さんから聞いたとき、私はにわかに信じられませんでした。
バイクだから任意保険は必要ない……?
もし、それが常識だと思っているなら、あまりに意識が低すぎるといえるでしょう。
ちなみに、本件事故の加害者の乗っていた大型バイクの総重量は、ガソリンを満タンにし、ライダーが乗れば、優に300キロを超えます。
そんな鉄の塊が、万一他車と衝突したり、転倒して滑走したりしたらどれほどの被害が出るか、想像できないのでしょうか。
竹林さんが確認したところ、本件の加害者は大型バイクの免許を教習所で取得。その後、約16年間バイクに乗り続けていましたが、任意保険をかけたことはなかったそうです。
運転を甘く見ていると言わざるを得ません。
■二輪車(原付除く)の自動車保険普及率が43%という現実
しかし、現実には、二輪車(原付を含まず)の自動車保険(対人)加入率は43%にすぎません。本件加害者と同様に、自賠責保険のみで運転しているライダーはかなりいるということです。
(*筆者注/出典「自動車保険の概況 2019」より。上記の数字は民間損保会社の自動車保険契約台数をもとにしたもので、自動車共済の契約数は含まれていない。ちなみに、4輪車も合わせた対人賠償普及率は、自動車保険74.8%、自動車共済13.3%)
自賠責保険の「傷害」部分に支払われる保険金は、120万円が上限です。
今回、政信さんが救急搬送されて受けた1日の総医療費は、下記の「請求書兼領収書」を見てもわかる通り、658万1540円です。
緊急手術と輸血料だけでも、550万円以上の費用がかかっていることがわかります。
一人の命をなんとか救おうと、現場の医療者たちが時間と闘いながら、どれほど懸命に治療にあたっていたか……。
この金額は、その証でもあるのです。
もちろん、この医療費は、100%の過失でこの事故を起こした加害者に支払いの義務があります。
しかし、現時点ではまだ手続きは済んでいないと言います。
『医療費は当初、加害者が対応しなかったため、私たちの負担を心配した北竜町が、一時的に夫の国保を使用し、高額医療の限度額手続きをして下さり、一部負担金を除く、残額の約650万円近くを立て替えて下さいました。
先日やっと加害者は一部負担金の20万円ほどだけ支払いました。でも、残りの医療費は町の方で今も立て替えて下さっており、国保担当の方も、回収に困っておられました』(竹林さん)
この事故の処理が、刑事、民事含めて今後どうなっていくのか、加害者が退院したばかりということで、今はまだ、先が全く見えません。
■もう一度、夫に会いたい……
しかし、竹林さんは自分たちと同じように苦しい同じ思いをする人を一人でも減らすために、呼びかけていきたいと言います。
『もしも今、任意保険をかけずに車やバイクに乗っている人がいたなら、すぐに加入するか、運転をやめてください。
無保険で事故を起こすと、被害者、遺族だけでなく、加害者とその家族も大変な思いをすることになるのです。そして、事故が増える年末年始、どうかみなさん、気をつけて運転してください』
事故から2か月が過ぎました。
真実を知るたびに、そして、加害者やその家族とやり取りをするたびに、食事がのどを通らず、眠ることもできなくなるという竹林さん。
政信さんを失ったことによる心身へのダメージは、はかりしれません。
「私たち家族にとって、そして夫の両親や弟たちにとって、夫は唯一無二の存在でした。家の片づけをしようとしても、夫の思い出と向き合うことになり、まだまだ片づけが出来ないでいます。無理だとわかっていても、もう一度、夫に会いたいです……」
竹林さん一家は、この冬、初めて政信さんのいない年末年始を迎えます。
<本記事の続報>