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北欧男子の右傾化がマイノリティに与える影響

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
オスロのプライド行進 写真:Olav Helland/Oslo Pride

北欧諸国の政治を取材していて、ひしひしと感じていることがある。最近の10~20代における若者の右傾化・極右化だ。高校で開催される模擬選挙でも、その傾向は明白だ。

ノルウェーを例にすると、中道右派のまとめ役となる「保守党」青年部の右傾化が著しい。保守党と極右政党の「進歩党」の青年部リーダーたちが仲が良いのは悪いことではない。しかし、保守党の青年部の「らしさ」が変わり、極右政党の言動を真似ているかのようになると、ノルウェーに移民として住む筆者からは、なんだかため息が出る。

カリスマで人気を誇る右派の男子リーダーたち

進歩党の青年部の現在のリーダーは、間違いなくカリスマを持っている。シーメン・ヴェッレさん(23)がいずれ進歩党の党首になっても驚かない。それほど彼は人気がある。SNSのTikTokをどの青年部よりも早く使い始め、着々と新しい右翼思想を若者に植え付けている。

選挙期間中、ヴェッレさんが通りにいると、若い男女たちが目をキラキラ輝かせている光景を見たときに、「うわぁ」と思ってしまった。一部の若者の憧れとなっているヴェッレ現象に、現地メディアも気が付いており、特集記事も増えている。

最近、ヴェッレさんの過去のコカイン使用が発覚した。過去を謝罪した時、保守党青年部のリーダーで友であるオーラ・スベンネビーさんはすぐさま擁護に回った。この組み合わせは、彼らがいずれ国会議員になっても見るのだろう(両者とも、来年の国政選挙に立候補している)。

移民・難民マイノリティに落とす影、保守党の大人も仰天する若者の変化

保守党青年部は最近の総会で、「割当難民を拒否する」新たな方針を採択した。この採択に眉をひそめた保守党員は多かった。スベンネビー党首個人は「移民の受け入れの完全停止」というさらに厳しい移民政策を求めている。

以前紹介した高校生議員のアリーナさんは、保守党青年部のメンバーだったが、これを受けて、「人権侵害だ」と保守党の青年部を退会(保守党の党員であることは変わらない)。

オスロ市長(保守党)のアンネ・リンドボーさんも、「私や保守党が支持するものではない」と異例のコメントを発表した。

このように、最近の保守党の青年部は、「君たちは、進歩党の青年部かね?」という言動が目立っている。

※保守党青年部のスベンネビー党首は、同性愛者であることを告白している白人男性だ。このように極右や右派にも同性愛者はいるが、だからといって「他のマイノリティ」に寛容とは限らない。むしろ同性愛を否定して、男尊女卑や家父長制を重んじる他国の文化・宗教の移民を嫌がる傾向がより強い場合もある。

「ノルウェーの男子たちは、かわいそう」か

6月後半、筆者はオスロ・プライド週間で開催された「男性は女性を憎んでいるのか?」というテーマの話し合いを取材していた。

ここでもまた、保守党の青年部の最近の言動が話題となった。

同党のスベンネビー党首は、最近こんなことも発言していた。「ノルウェーの学校は女子のためで、男子のためにつくられていない」とか。ジェンダー平等が進みすぎて、男子たちが弱い立場にいるという。

「ノルウェー男子」。この言葉は、今や北欧のジェンダー平等の「影の側面」として使われ始めている。

「今の保守党青年部からは、耳を疑うような発言が出てくる」という批判に加え、「ケーキの分配はそもそも、どちらがより多く・少なくという議論になるべきではない。どちらにも良いのがジェンダー平等なのに」。

プライド週間のイベントに登壇するような顔触れなので、今の若者の右傾化を好意的にとる人はあまりいない。

左から二人目のインゲボルグ・テンネスさんは保守党青年部だが、党内の男子たちの主張に同調していない 筆者撮影
左から二人目のインゲボルグ・テンネスさんは保守党青年部だが、党内の男子たちの主張に同調していない 筆者撮影

男子の右傾化が心配されるのには理由がある

そもそも、プライドを支持するクィア界隈は、世界や欧州全体で広がる極右化・右翼ポピュリスト化の波を、心から心配する人ばかりだ。なぜなら、右傾化には過激化、イスラム憎悪、トランス憎悪がセットになりがちだからだ。プライド週間中には80以上の講演が開催されたが、多くの取材先で、現在の世界的な現象を懸念する声があがった。

2022年6月25日には、プライド週間中にクィア市民に人気のあるオスロのバーで銃乱射事件が発生した。クィア・コミュニティがいかに脆弱であるかを示したこの事件は、クィア市民が差別の標的となることをさらに恐れる一因となった。

だからこそ、マイノリティに配慮しているようには見えない若者たちが、いずれは国会に座るだろうことを、このコミュニティはとても危惧しているのだ。

今年のプライド週間中には追悼セレモニーも開催された。写真は現場となったパブ前にて 撮影:Herman Ekendahl-Dreyer / Oslo Pride
今年のプライド週間中には追悼セレモニーも開催された。写真は現場となったパブ前にて 撮影:Herman Ekendahl-Dreyer / Oslo Pride

ジェンダー平等を尊重する関係者や専門家からも「今の保守党青年部の言動はジェンダー平等にとって、いいことなのか」などの議論が出ている。それほど、今の一部の若者たちの間では「なにかが」起こっているのだ。

この話し合いには保守党・青年部から女性の党員も参加していたのだが、インゲボルグ・テンネスさんは「私はリーダーの意見に同意しているわけではない」と、仲間をフォローすることもなかった。

だが、今の若い男性たちの間で起きている現象について、「TikTokに何かがある、ということではなくて、現代の男子たちは社会の枠から外れたような、疎外感を感じている」ことを指摘した。

ノルウェー男子は「社会的排除」枠にいるのか?

この現象はノルウェー語で「ウーテンフォルスカープ」(utenforskap)という「社会的排除」を意味する。今のノルウェーの男性や男子たちに起きている過激化にはこの社会問題が関係しているだろうことを、否定する人は少ないだろう。

この対策として、「仕事に就けないことに関係しているのではないか?収入面にもっと注目したほうがいいのかもしれない」「シスヘテロ男性であったとしても、素直に涙を流して泣けるような、感情を見せていい社会であってほしい」「「誰もが社会的排除の側に立つ可能性があるのだから、『わたしたち』『あの人たち』と二分化して議論してはいけない」「他の人の立場に立って考えるメンタリセーリングの訓練が必要だ」という意見がでた。

一方で、「男子よりも、他にサポートが必要なグループもあるのに」「許されない言動をする人には『ダメだよ』とはっきり言うことが必要だ」と、「特権×裕福層×シスヘテロ×白人の男子にも手を差し伸べなければ」という傾向に抵抗感を露わにする人もいた。

執筆後記

いずれにしても、現場で感じたのは、ノルウェーの一部男子に起きている右傾化だ。政策はクィア市民の生活に大きな影響を与える。憎悪の対象となるのは、トランスジェンダーだ。いずれ若者が議員となったとき、政治家の言動で差別や偏見を受けることになるのはマイノリティだ。だからこそ、クィア界隈は、最近の世界的現象に小さな恐怖をじわじわと感じている。

今後、北欧各国のジェンダー政策が議論されるうえで、現地の「男子たち」が背負っている落第問題などはより大きく注目されるだろう(すでに現地では注目されているが、北欧の男子問題は世界的には知られていない)。

北欧では、トランスジェンダーやマイノリティが受ける差別や憎悪と、「男子問題」には、なんらかのつながりがある。男子の悩みにもより目を向けないと、バックラッシュはもっと大きくなり、予防できないまま、「なぜ、こうなったのだ」と未来に首をかしげることになるだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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