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新天皇が令和の初めにもてなす相手は究極の「灰色高官」

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(437)

皐月某日

 いま米国議会はトランプ大統領の「ロシア疑惑」に揺れている。「ロシア疑惑」は、2016年の大統領選挙で、トランプ陣営がロシアと結託し、民主党候補のヒラリー・クリントンを不利にする工作を行い、次にその疑惑を捜査するFBIに対し、トランプ大統領が妨害工作を行ったという2つの疑惑のことを言う。

 2017年1月に大統領に就任したトランプは、5月9日にロシアの大統領選介入疑惑を捜査していたコミーFBI長官を電撃解任した。米司法省は17日に元FBI長官のロバート・モラー氏を特別検察官に任命し、ロシアによる選挙介入疑惑と大統領の司法妨害疑惑を捜査し始める。

 モラー特別検察官の捜査を認めたのはジェフ・セッションズ司法長官だが、彼は2016年の大統領選挙でトランプのアドバイザーを務めた人物である。そして選挙中に駐米ロシア大使と接触していたにもかかわらず、上院の指名承認公聴会でそれを否定した。その嘘が発覚し、セッションズは特別検察官の捜査を認めざるを得なかった。

 司法長官を自分の弁護士と考えるトランプは激怒し、セッションズは2018年11月に司法長官を辞任した。トランプは今年2月にウィリアム・バーを後任の司法長官に任命する。理由はバーがモラーと個人的に親しく、指名公聴会で民主党が最も反対しにくいと考えたからである。

 モラーは2年近い捜査の最終報告書を3月22日にバーに提出した。報告書は「ロシア政府と、トランプ陣営に関係する複数の個人との間に複数のつながりのあることが特定されたが、刑事訴追の根拠として十分な証拠はない。ロシア政府とトランプ陣営の関係者が選挙介入を共謀した事実も断定できない。大統領の捜査妨害については犯罪行為がなかったと決定的に断定することもできない」というものである。

 そしてモラーは報告書の中で、「米国の司法は現職大統領を刑事訴追できないが、連邦議会が捜査を行い弾劾することは可能」と指摘した。ただし報告書は全文が公開されたわけではなく、司法長官が概要を説明しただけで黒塗りだらけだった。

 トランプは「魔女狩りは終わった」と潔白を強調したが、民主党は「クロと断定できなかっただけで、シロと断定されたわけではない」と全文公開を要求する。トランプは全文公開を認めたが、議会上院の共和党は全文公開の法案可決を阻止した。

 バー司法長官は4月18日の記者会見でも「ロシアによる選挙介入はあったが、トランプ陣営との結託を裏付ける証拠はなく、捜査妨害についてモラー特別検察官は判断を避けたが、自分が司法長官として訴追に相当しないと判断した」と述べた。

 しかしモラー特別検察官はバー司法長官に書簡を送り、「司法長官が議会に報告した内容は自分たちの捜査結果を正しく伝えておらず、捜査の重要な部分について世間を混乱させている」と異例の指摘をしていることが分かった。

 

 日本が令和に改元された5月1日、バー司法長官は上院司法委員会の公聴会に出席したが、民主党議員から「議会に嘘の報告をしていたのではないか」と追及されると、2日に予定されていた下院司法委員会には出席しなかった。これに反発する民主党議員はバー司法長官をチキン(臆病者)と罵り、委員会の部屋でフライドチキンを食べるパフォーマンスを行った。5月末にはモラー特別検察官が議会で証言を求められている。

 「クロと断定できないが、シロとも断定できない」のを「灰色」という。フーテンが取材した「ロッキード事件」では「灰色高官」という言葉が流行語になった。検察から見て、状況証拠はあるが刑事訴追できない政治家を「灰色高官」と呼び、法務大臣が国会で氏名を公表したのである。

 そのことを思い出すと、トランプは「灰色高官」と呼ぶにふさわしい。米国の司法制度からトランプが刑事訴追されることはない。議会の弾劾で辞任させる方法はあるが、おそらく弾劾もされない。弾劾すれば米国政治は混乱し、国民生活に悪い影響を与える。国民生活を悪化させてまで不正を暴くのは愚かである。

 従ってトランプを追い詰めて辞任させることを民主党もやらないしできない。むしろ「灰色」のままにして批判し続ける方が得策だ。そう考えるとトランプはこの先ずっと「灰色高官」であり続ける。その「灰色高官」を国賓として招き、令和の新天皇に歓迎させようとしているのが安倍政権である。

 理由は日本の唯一の同盟国の大統領だからということだ。しかし同盟というのは永遠のものではない。その時々の利害関係で、組んだり、絶縁したり、敵対したりする。その時々の利害で考える相手であり、運命を共にすべき相手ではない。安倍政権にとって「灰色高官」は最善の相手だろうが、新天皇にとって「灰色高官」が最善の相手とは思えない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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