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『カムカム』『ちりとて』に見る藤本有紀脚本の父親の魅力

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK

巧みな構成力に加え、一人ひとりが生きた人物描写が魅力のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』。なかでも本作の脚本を手掛ける藤本有紀を語る上で欠かせないのが、「父親」の魅力だと思う。

そこで、『カムカムエヴリバディ』安子(上白石萌音)編、そして藤本脚本の朝ドラ前作『ちりとてちん』から、味わい深い父親像を振り返ってみたい。

「うちにはもう、安子しかおらんのんじゃ」

 序盤では真面目で「ザ・職人」の印象が強かった父・金太(甲本雅裕)。心配の種は、修行に身が入らず、サボっては活動写真を観に行っている算太(濱田岳)だったが、ある日突然、算太が突然「ダンサーになる」と言い出したことから、叱りつける。しかし、その決意が変わらないと知ると、「モノにならなければ帰ってくる」という約束でダンサー修行を許可する。

 ところが、そんな算太が、働いていたダンスホールが閉鎖したため、突然帰って来る。たちばなの修行には戻らせないと金太は意地をはるが、お調子者の算太がいるだけで、家の中は明るくなり、金太の表情もついつい緩んでしまう。

 しかし、算太の裏切りが発覚。実は算太は借金取りに追われていた。「算太はもう橘の人間じゃねえ」と怒りと悲しみで声を震わせ、算太が出征のために戻ったときも、敷居をまたぐことを許さなかった金太。その意地が、金太自身を後悔で苦しめることとなる。

 一方、戦争の影響で砂糖が配給制になり、家業が苦しくなると、安子に砂糖会社の息子との見合い話が持ち上がる。安子は雉真稔(松村北斗)に思いを寄せていたが、家のことを考え、思いを断ち切るために稔に会いに行く。稔は安子の様子がおかしいことに気づき、一人泣きながら帰る安子を追いかけ、安子の両親に交際を認めてほしいと申し出る。

 しかし、金太は稔の誠実な思いを理解したものの、交際を認めることはできず、「うちにはもう、安子しかおらんのんじゃ」と頭を下げる。かつては、たちばなの菓子が大好きだから、自分が継いでもいいと言っていた安子に、女の子だからと諦めさせ、算太の頼りなさを嘆いていた金太。しかし、安子に大切な人ができたときに、今度は家のためにその思いを諦めさせなければならない辛さと不甲斐なさ。職人で、経営者で、家父長としての立場からの責任感と、娘に幸せになってほしい親心との葛藤を描くのが、藤本脚本らしい。しかも、雉真家で稔に政略結婚の話が持ち上がり、安子とのことを両親に猛反対されると、安子の姿を店の窓から見つめる稔に言う。

「会うてやってください。それが一時、安子を苦しめることになっても、どうか安子に会うてちゃんと話をしてやってください

 娘に別れ話をきちんとしてやってくれと頭を下げるのは、なんと辛いことか。しかも、無情にも職人たちは次々と出征、たちばなはほぼ閉店状態になり、「あのとき、おめえと雉真さんの坊ちゃんのこと認めてやりゃよかった」と力なく、安子に詫びることとなる。

商いを大事にする二人の父が見せたプライドと「親心」

画像提供/NHK
画像提供/NHK

もう一人の魅力的な父が、千吉(段田安則)だ。妻・美都里(YOU)が安子と会い、稔と二度と会わないようお金を渡したことを知ると、「こういうつまらんことをするんじゃねぇ」と叱責するが、稔の覚悟のなさ、甘さを見抜き、稔に「そのかわり家を出え。雉真の名を捨てて、あの菓子屋の婿になりゃええ。その覚悟があるんか」と尋ねる。そして、「ええか、菓子屋じゃろうが、服やじゃろうが、商いは大学の勉強でどねぇかなるもんじゃねぇ」「雉真の長男としてぬくぬく育ってきたおめぇの手に負えることじゃねえ」と商売の厳しさ、生きることの厳しさを教えるのだ。

その一方、勇に二人を結婚させてあげて欲しい、安子に会えばわかると言われると、身分を隠してたちばなを訪ね、おはぎを注文する。そこで店番をしていた安子は、おはぎが作れない事情を説明するが、千吉の気落ちした様子に気づくと、祖父の供養のためにとっておいたお汁粉を出すのだった。

そのとき、千吉が雉島繊維の社長だと気づいた金太は、杵太郎に雉島繊維の足袋を履かせて看取ったこと、算太を許せぬまま出征を見送ってあげなかった後悔などを話す。これは軍服による事業拡大に躍起になりつつも、息子に軍服を着せて戦地に送り出す矛盾や、千吉にとっての商いの原点が足袋だったことを改めて思い出させる言葉だった。

そして、出征前に祝言をあげるべく帰省した稔を連れ、神社に向かう。それは、毎日同じ時間に稔の無事を祈願していた安子との結婚を認めるためだった。

「こねえだ『たちばな』を訪ねて安子さんに会うた。なるほど、勇の言う通り、心の優しいええお嬢さんじゃ。『たちばな』いう店も、小せえけど、堅実なええ商いをしてきたことがようわかった。まだまだ未熟なおめぇを支えてくれるんは、こういう家に育ったお嬢さんじゃと、心からそねに思えた」

 商いを大事にすることは、それを使う人、さらに言えば「人の気持ち」を大事にすることだろう。そうした二人には通じ合うものがあったのだろう、二人の父のシーンには、胸が熱くなる。職人の手仕事に対する尊敬・愛情が深く描かれるのも、藤本脚本の特徴だ。

しかし、二人はそれぞれ戦争の傷跡により、悔いを残してこの世を去る。

妻と母を防空壕に行かせたことで、二人を死なせてしまったと自分を責める金太は、終戦後ようやく立ち直ろうとしていた矢先、おはぎを盗んだ少年が算太に似ていたことから、とある「賭け」をする。その少年が金太との約束を守り、おはぎを売って戻ってきたことにより、命が燃え尽きる間際、その少年に重ね合わせて見た算太と再会し、「よう帰って来てくれたのう」と伝え、ずっと待っていた親心を伝えることができたのだった。

 一方、千吉にも、おそらく後悔がたくさんあったことだろう。それは例えば、稔の戦死後、安子に再婚を勧めたこと、それによって安子が娘・るいを連れて雉真家を出て、母子二人の苦しい暮らしの中で事故に遭い、るいの額に傷が残ってしまったこと。そして、雉真家に戻った後、るいを連れて安子が商いをするのを反対したことや、安子が家を出ると言ったときに、るいの額の傷の治療費などを考え、るいが雉真家で暮らすほうが幸せだと進言し、母子を引き離してしまったこと。それが結果的に、明るかったるいから、その後笑顔を奪ってしまったことなど……。なんとも切ない別れである。

時を経て父の思いが届く『ちりとてちん』の描いた奇跡

写真:アフロ

また、同じく藤本脚本の朝ドラ『ちりとてちん』では、NHKの朝ドラ100作を記念して作られた特設サイト『朝ドラ100』のアンケートにおいて、「思い出の名シーンランキング1位」となった第42話「涙の愛宕山」が、涙なしには観られない「師弟」「父子」のエピソードとしてあまりに有名だ。

他にも、「父性」が魅力的に描かれているエピソードは多数あるが、ここではその一つ、号泣必至の第47話『おじいちゃんの導く道』を振り返りたい。

ヒロイン・喜代美(貫地谷しほり)が草若(渡瀬恒彦)に弟子入りを断られ、草若の落語のテープを聴きながら、独学で勉強していた。しかし、無理がたたって倒れてしまい、そこにやって来た父・正典(松重豊)が娘の弟子入りを草若に直訴してくれる。そこで取り出したのは、喜代美が幼少時から聞き続けていた大好きな祖父・正太郎(米倉斉加年)のカセットテープ。草若の『愛宕山』が吹き込まれたものだ。実は昔、正太郎が初めて正典と一緒に聞きに行ったのが、小浜で草若が落語会をやったときの『愛宕山』で、そのときに正太郎は「特別な日の記念にしたいんです」と草若に必死に頼み込んでもらったのだった。正太郎はそのとき、嬉しそうに「息子が今日、私の後を継いで若狭塗り箸の職人になる言うてくれまして。自分の仕事をそばで見とったもんが、後を継ぎたい言うてくれて。ただそれだけのことが、なんでこない嬉しいんでしょうな」と語っていたのだった。

あの日この落語を聴きにいかなければ、自分が塗り箸の修行をやり直すことも、喜代美が落語と出会うこともなかったと話す正典の「父が進むべき道を照らしているような気がするんです」の言葉に全てが集約されている。後ろ向きで失敗ばかりの喜代美に「お前はこれからぎょうさん笑え」と言ってくれた一番の理解者・祖父が与えてくれたテープ。それが師匠・草若と喜代美をで合わせ、落語の道に導き、また、父・祖父を結び付けていた大事なものだったとは。

どんなに意地を張っても、正論を語っても、結局、圧倒的に弱いのは子を思う親のほう。頑固な職人が子どもの前では結局折れてしまったり、後悔ばかりしていたり、その思いがやがて長い時を経てようやく子に届くことがたくさんある。そんな藤本脚本の「父性」に泣かされてしまうのだ。

(田幸和歌子)

【画像提供/NHK】連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』はNHK総合 毎週月曜~土曜 朝8時放送 ほか。

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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