【私と朝ドラ『虎に翼』6】LGBTQ当事者が『虎に翼』に夢中になった本当の理由
これまで朝ドラをあまり観たことがない人も巻き込むムーブメントになったNHK連続テレビ小説『虎に翼』。女性法律家のさきがけ・三淵嘉子をモデルとした、吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演の異色の朝ドラについて市井の方々に聞くシリーズ第6回。
最終回でご登場いただいたのは、同性愛をはじめとする、多様なセクシュアル・マイノリティの人生を応援するNPO団体「すこたん!」をパートナー・簗瀬竜太さんと共同運営する伊藤悟さん。X(旧Twitter)で毎日発信している朝ドラの感想が、朝ドラフリークの人々に注目されている人でもある。
「理不尽なことについて、理不尽だと必ず誰かが言う。ヒロインが完全じゃないところも夢中になるポイント」
伊藤さんが『虎に翼』にハマったきっかけは、「差別に向き合って『正義』が貫かれていると感じたから」と言う。
「世の中の理不尽について描かれていて、中にはもちろん解決できないものもある。でも、それが理不尽だということ、理不尽には戦って良い、怒っても良いと示しているところが大好きで。過去の朝ドラでは、いじめられてもそれで終わりとか、理不尽がそのまま放っておかれている作品もいろいろあったけど、『虎に翼』の場合、解決できない話は、現在も実際に解決できていない差別や理不尽で。それに、理不尽なことについて、理不尽だと必ず誰かが言いますよね。寅ちゃん(伊藤沙莉)が言うこともあるし、よねさん(土居志央梨)が言うことも、梅子さん(平岩紙)が言うこともある。そもそもヒロインが完全じゃないところも夢中になるポイントです」
伊藤さんの一番古い朝ドラの記憶は、『おはなはん』(1966年)。当時は小学生で、母親が観ているのを一緒に観たと言うが、90年代には朝ドラからいったん離脱。「朝ドラどころ、テレビどころじゃなくなった」と振り返る。
というのも、伊藤さんが、すこたん!を設立したのが、1994年。何の手掛かりもない中、学校の擁護の先生あてに約3000通の手紙を書いて、LGBTQのことを学校で伝えさせてほしいと訴える活動スタートの時期だったのだ。
「3000通の中で返事が来たのは、たった3通でした。とはいえ、90年代は文部省が唯一、性教育を推進した時期で、あちこちの講演に行くようになり、大忙しでした。また、当時はテレビのバラエティに差別的な番組が多かったことで、テレビを観る精神的な余裕がなかったこともあります」
最高傑作は『カーネーション』と『芋たこなんきん』。『虎に翼』への熱量が上がったきっかけは……
そんな伊藤さんが本格的に朝ドラを観始めたのは、時間帯が変わった『ゲゲゲの女房』(2010年度上半期)から。「2000年代に自民党政権による性教育へのバックラッシュがあって、講演や研修が一気に減り、認知症の母親の介護が重なって、家にいる時間が増えた」ことから観始めたと言う。
「『ゲゲゲの女房』は、私より先に相方がハマり、観てみたらハマりました。そもそも私は水木しげる全集を持っているくらいの水木しげるフリークなので、観るしかないですよね」
2010年からはTwitterを始め、『花子とアン』(2014年度上半期)からは作品の好き嫌いにかかわらず、最初から最後まで必ず観るようになった。
ちなみに、伊藤さんが思う朝ドラ最高傑作は、『カーネーション』(2011年度下半期)。そして、テレビから離れていた時期の作品で、リアルタイムでは未見だったが、一昨年のBSプレミアム再放送で初めて観た『芋たこなんきん』(2006年度下半期)だと言う。
ところで、最初の頃は、SNSで朝ドラについてつぶやくのは1日1回1ツイートだったところ、今は「1日1回5ツイートくらいまで増えている」と言うのはなぜなのか。
「やはり轟(戸塚純貴)などのキャラクターを描いてくれたことで、熱量が上がりました。朝ドラでは、例えば『半分、青い。』(2018年度上半期)の“ボクテ”(志尊淳)などもいましたが、ゲイの置かれている状況などは何も描かれていなくて、ただゲイがいただけで、ゲイには必然性を感じられなかった。その点、『虎に翼』ではジェンダーセクシュアリティ監修に私も存じ上げている方が入っていて、安心して観ていられたところもあります」
性的マイノリティを朝ドラで描いた例といえば、古くは『瞳』(2008年度上半期)の「ローズママ」(篠井英介)。主人公の相談に真摯に応じる役柄で、少年に「おじさんはおばさんなの?」と聞かれ、「人間よ!」と答えるシーンがあった。しかし、2000年代後半当時は世間の受け止め方が未成熟だったように思う。
LGBTQを描く他のドラマと『虎に翼』の決定的な違い
今はLGBTQを描くドラマも増えているが、「誰も差別してはいけない、個人が尊重されるということを、LGBTQの問題に限らず、ずっと一貫して確認してくれている『虎に翼』のような作品は稀」と伊藤さんは評価する。
「轟という戦前から生きている人間が、戦後に花岡(岩田剛典)が亡くなって、自分自身の感情や属性について言葉を獲得できていない状態のままに、もしかしたら自分は花岡が好きだったのかも、自分は一般とは違うんじゃないかと気づく。あの表現にはびっくりしました。さらにびっくりしたのは、その後、轟の恋人・遠藤が登場して、演じているのが私の推しの和田正人だったこと。『名前の獲得』は私たちにとってすごく大事な問題で。自分が何者かわからなくて不安だったときに、ゲイとか同性愛という言葉を獲得して、自己肯定することができる。轟の生きた時代はもちろん、私の世代でも、同性愛を辞書で引けば『異常』とか『変態』とか出てきたので、私自身、生きていても良いのかと思ったこともありました。でも、生きていても構わないし、自分の人生を豊かにしようとしても構わないと思えたのが、日本国憲法の第25条や『虎に翼』の第1話冒頭で読み上げられる第14条、第13条で。私自身、講演では私自身の経験と憲法について語るんですが、遠藤の話と一致するところがいっぱいあって、余計に驚きました」
さらに寅子が結婚による姓の問題を考える展開で、結婚できない轟・遠藤の違いを明確に示したことも「嬉しくて、泣いた」と素直な思いを漏らす。
「怒る人を肯定してくれるドラマ」に心打たれる理由
また、『虎に翼』の中では寅子やよね、轟、優未(毎田暖乃)など、様々な「怒り」が描かれているが……。
「Twitterでは暴力はダメといった批判の声が多いですが、そこまでせざるを得ない事情・背景があるんですね。だから、『ちゃんと怒って良いんだよ』というメッセージがあるところは大好きです。その上で、遠藤が優未に、怒るのは良い、でも、口や手を出すと相手との関係性が変わってしまうから、その責任は自分でとれと諭しますよね。あの場面で、人を蹴ったり殴ったりしたことがあるよねや轟に言わせず、遠藤が言うところも良いと思いました」
「怒っても良い」というメッセージに伊藤さんが心打たれるのは、自身の経験とかかわる部分もある。
「講演に行くと、1番嫌なのは質問の時間なんです。今はだいぶ減りましたが、昔は偏見に満ちた質問が多く、保護者や教員から『子どもを作らないのは自然の摂理に反する』とか『気持ち悪い』なんていう反応もたくさんありました。でも、こうした質問は想定し、準備しているので対応できるんですが、なかには『トーンポリシング』(社会的課題について声をあげた相手に対し、主張内容ではなく、相手の話し方や態度、感情を批判することで論点をずらすこと)があるんですね。こちらがムッとした顔をすると、怒られるんです。露骨に言われたのが、『少数派の人が多数派の人に受け入れてもらうには、いつもニコニコしていた方が良いですよ』というものでした」
講演では、「襲われるといけないから、同性愛者と非同性愛者の見分け方を教えてください」と聞いてくる男性もいた。カミングアウトすると、冗談で「俺を襲うなよ」と言う男性は今もいると言う。
「でも、そうした酷い差別発言よりも、私がキレてしまったのは『少数派はニコニコしていた方が良いよ』というトーンポリシングでした。なぜなら、『怒っちゃいけない』とされると、差別に対して声をあげられなくなるから。『虎に翼』についても、『蹴ってはいけない』『もっと理性的に、冷静に怒る方法もある』という声もあります。でも、それで消されてきた声が実際にたくさんあるんです。どうしても怒る人は怖い人、嫌な人みたいな描写か、お説教のような描写になりがちな中、ここまで怒る人を肯定してくれるドラマは、そうそうなかった気がします」
『虎に翼』が貫いてきた「透明化された人をエンタメで描く」という思いは、届けたい当事者に届き、社会に新たな一歩をもたらしたのではないだろうか。
(田幸和歌子)