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今年は「帰省」の代わりに、「家で読書」も悪くない!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

新型コロナウイルスの影響で、今年のお盆はいつものような「帰省」が難しそうです。ならば、帰省の代わりに、「家で読書」はどうでしょう。本は、いつでも待ってくれています。近刊の中から、オススメ本を選んでみました。

<小説>

堂場舜一『空の声』

文藝春秋 1870円

NHKにはスポーツ中継で名を遺したアナウンサーたちがいます。たとえば、ベルリン・オリンピックの女子200メートル平泳ぎ、「前畑がんばれ」の河西三省。そして昭和14年1月、69連勝中の双葉山に土がついた取り組みで、「双葉山敗れる!」を連呼した和田信賢を挙げなくてはなりません。本書はヘルシンキ・オリンピック中継の帰途、40歳で客死した和田の伝記小説。言葉による「説明」ではなく、「描写」に命を懸けた男の肖像です。

吉田篤弘『流星シネマ』

角川春樹事務所 1760円

崖下の町、鯨塚にあるタウン紙「流星新聞」の編集室。アメリカ人の経営者と日本人の僕が働く仕事場です。しかし、大きな出来事や事件が起きるわけではありません。中学時代に読書部の部長だったミユキさん。古びたピアノを弾きに来るバジ君。ちょっと風変わりな人々との静かな日常の中に、大切な友人だったアキヤマ君との思い出が封印されている。やがて、小さな記憶のかけらは深い意味を持ち始めます。

咲沢くれは『五年後に』

双葉社 1650円

新進作家の第一作品集で、表題作は第40回小説推理新人賞の受賞作です。主人公の華は中学教師。同僚の男性教師が女子生徒から告白された際、「五年後に言うてくれたら嬉しいのに」と答えたという。それは、やはり中学教師だった亡き夫が、21歳の華に投げた言葉だ。しかもその時の夫には別の女性がいました。収められた他の三作も含め、その推理小説らしからぬ作風に著者の個性が滲んでます。

今野 敏『任侠シネマ』

中央公論新社 1650円

代貸の日村をはじめ「阿岐本(あきもと)組」の心優しきヤクザが活躍する、任侠シリーズ。これまでも傾きかけた病院や学校、さらに銭湯などを救済・再建してきました。最新作の案件は映画館です。存続の危機にある「千住シネマ」を救おうとするファンの会。その活動を妨害する者たち。調べるうちに思わぬ黒幕の存在も見えてきます。映画と映画館への愛を足場にした、阿岐本組ならではの「頭を使う」喧嘩が始まる。

桜木紫乃『家族じまい』

集英社 1760円

いつまで、そしてどこまでが家族なのか。そんなことを考えさせる長編小説です。舞台は北海道。48歳の智代は美容室でパートをしながら還暦間近の夫、啓介と暮している。突然、妹の乃理から母親が認知症になったと知らせが入った。智代の中で父へのわだかまりが甦る。夫との関係に悩んでいた乃理が選んだのは、新たな家での二世帯同居だ。しかし両親を背負ったことで、心の崩壊が加速していきます。

<エッセイ>

村上春樹『村上T~僕の愛したTシャツたち』

マガジンハウス 1980円

夏は、ほとんどTシャツにショートパンツで過ごす、という著者。本書には「個人的に気に入っている古いTシャツ」の写真と短いエッセイが収められています。ハワイ・カウアイ島「スシ・ブルーズ」はサーフィン関係。濃いグリーンの「ワイルド・ターキー」は、著者が「かなり好き」だと言うウイスキー関係。他にビールやレコードなどを描いたTシャツが並び、いわば「村上春樹の好きなモノ図鑑」としても楽しめます。

筆者撮影
筆者撮影

<映画>

宇都宮直子『三國連太郎、彷徨う魂へ』

文藝春秋 1760円

俳優・三國連太郎が亡くなったのは、7年前の4月です。90歳でした。代表作『飢餓海峡』から『釣りバカ日誌』シリーズまで、世代によって思い浮かべる作品は異なるでしょう。しかし三國の魂は常に変わりません。「納得できる芝居をしたい」、それに尽きます。役者である自分自身を「何より、誰より、強烈に愛していた」三國。優れた聞き手を得たことで、虚も実も含む役者人生の深層が見えてきます。

松岡ひでたか『小津安二郎の俳句』

河出書房新社 2640円

著者は僧侶にして俳句研究家。小津の日記に残された句を鑑賞しつつ、監督そして私人としての軌跡をたどっていく。句の初登場は昭和8年。岡田嘉子主演『東京の女』などが公開された年です。「一人身の心安さよ年の暮」の句を、著者は「凡作の域を出ない」と手厳しい。一方、翌年の「藤咲くや屋根に石おく飛騨の宿」は、「この句はすぐれている」と高評価。小津の句作は、その晩年近くまで続けられました。

<音楽>

村井康司『ページをめくるとジャズが聞こえる』

シンコーミュージック・エンタテイメント 2200円

本が好きで、同時にジャズも好きな人には至福の一冊。著者は学生時代にビッグバンドを経験したジャズ評論家です。本書では、まず小説やエッセイに登場するジャズが語られる。冒頭が村上春樹『風の歌を聴け』だ。続いてフィッツジェラルド、ケルアック、佐藤泰志などの作品が並びます。さらに同業のジャズ評論家やジャズ・ミュージシャンの著作についても論評していく。曲の総数は、なんと462曲です。

片岡義男 『彼らを書く』

光文社 2200円

書名の「彼ら」とは、ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーの3組。著者は何枚ものDVDを眺めながら、彼らについて語っていきます。『エド・サリヴァン・ショー』にも溶け込むビートルズは、元々「中道的な雰囲気を持っていた」。またディランは歌にメッセージはないと言うのですが、観客は「受けとめている。ディランの歌の歌詞、つまり詩を」。そして、エルヴィスが演じた精彩を放つ役柄とは?

<美術>

コロナ・ブックス編集部:編『フジモトマサルの仕事』

平凡社 1980円

漫画家でイラストレーターだった、フジモトマサル。本書では、その画業と才能を一望することができます。絵の主なモチーフは、熊や狐や猫などの動物だ。しかも彼らは二足歩行で散歩し、本を読み、ピアノを弾くなど極めて人間的な生活を送っている。明らかに異界だが、どこかリアルで、泣きたくなるような懐かしさがあります。2015年の秋に、46歳で亡くなったフジモト。作家たちの寄稿文に、その素顔を探す。

筆者撮影
筆者撮影

安井裕雄『図説 モネ「睡蓮」の世界』

創元社 3740円

印象派の巨匠モネが描き続けた「睡蓮」とその関連作、全308点を見ることができます。水面に呼応して振動する睡蓮の葉。水鏡に反映する青空と白い雲と赤い睡蓮。中でもオランジェリー美術館「睡蓮」の部屋に展示された作品群には圧倒されます。フランス近代美術を専門とする学芸員である著者は、モネがなぜ「睡蓮」に後半生を投じたのかを探っていく。鍵となるのは「水」。モネを魅了した自然の神秘とは?

<評伝>

オリヴィエ・ゲズ:編、神田順子ほか:訳『独裁者が変えた世界史』上・下

原書房 各2420円

研究者やジャーナリストが分担して描き出す、20世紀の独裁者たちの肖像です。政治警察をフル稼働させ、専制的な「同族集団」ロジックを展開したスターリン。ヒトラーの力の秘密は、国民の心が発するつぶやきに対して「無意識にアクセスするなみはずれた能力」だ。「もとをただせば、彼ら何者でもなかった。もしくは小者であった」と編者は言う。確かに、「小者の暴君」ほど怖いものはありません。

保阪正康『吉田茂~戦後日本の設計者』

朝日新聞出版 1980円

「昭和時代に歴史上語られるべき首相」として、著者は3人の名を挙げる。東條英機、吉田茂、田中角栄。彼らが昭和の重要な「時代相」を象徴的に示しているからです。戦後の難しい時期、この国の舵取りを担った吉田には「軍事主導の昭和前期の歴史を否定し、明治維新期を継承する」という信念があったと著者は言う。現在にも繋がる「功罪」を含め、独自の視点で異能の宰相に迫った本格評伝です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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