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『海に眠るダイヤモンド』が、「今年を代表する」ドラマになる理由

碓井広義メディア文化評論家
鉄平(神木隆之介)をめぐる人々(番組サイトより)

「野木作品」の深化

『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年、TBS系)、『アンナチュラル』(18年、同)、そして『MIU404』(20年、同)。

これらのドラマを手掛けてきた脚本家、野木亜紀子さんの快進撃が続いています。

昨年の『フェンス』(WOWOW)の舞台は沖縄でした。主人公は、米兵による性的暴行事件を取材する雑誌ライター(松岡茉優)です。

沖縄と本土、日本とアメリカ、ジェンダーや人種の相違といった、さまざまな〈フェンス〉。

それを乗り越えようとする人間の姿が生々しく描かれ、第74回芸術選奨の放送部門で文部科学大臣賞を受賞しました。

今年は、映画『カラオケ行こ!』で始まりました。綾野剛演じるヤクザが、合唱部部長の中学生から歌のレッスンを受ける話です。

訳ありのヤクザと、ちょっと気難しい中学生の絶妙な掛け合い。そして不思議な友情が印象に残ります。

ただし、原作は和山やまさんの漫画。やはり野木さんのオリジナル作品が見たくなりました。

現在も公開中の映画『ラストマイル』は、そんな期待に応えてくれる1本です。

舞台は巨大ショッピングサイトの物流センター。そこから配送された段ボール箱が連続して爆発します。

誰が、何のために仕掛けたのか。センター長(満島ひかり)はどう対処するのか。

見えてくるのは、日本人の消費生活を支える物流の現場に潜む深い闇です。

監督は塚原あゆ子さん、プロデュースが新井順子さん。『アンナチュラル』や『MIU404』などと同じ制作陣です。

新たな代表作『海に眠るダイヤモンド』

そしてこの秋、野木さんたち3人が参加する日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(同)がスタートしました。

主な舞台は長崎県の端島(通称・軍艦島)と東京です。

1955年、大学を卒業した鉄平(神木隆之介)は故郷の端島に戻ってきました。

父(國村準)や兄(斎藤工)が石炭を掘る作業員として働く鉱業会社に、事務職員として就職したのです。

石油に取って代わられるまで、石炭はエネルギーの主役であり、「黒いダイヤ」と呼ばれていました。

そんな炭鉱の島に現れたのが、歌手のリナ(池田エライザ)です。

一方、2018年の東京では、売れないホストの玲央(神木の二役)が、謎の婦人・いづみ(宮本信子)と知り合います。

彼女に誘われて一緒に長崎へと飛び、港からフェリーで向かったのは、長く廃墟となっている端島でした。

まず、70年前の端島の風景に驚かされました。

最新の視覚効果技術と、セットを組んだ美術チームの功績でしょう。多くの人が働き暮らす、活気に満ちた島が完全に再現されています。

しかし、見る側には複雑な思いもあります。現在の私たちは、石炭産業が急速に斜陽化していくことを知っているからです。

いや、斜陽化というより切り捨てられたと言っていい。

野木さんは、このドラマで昭和の経済成長がもたらした、光と影の両方を描こうとしているのではないか。

もっと言えば、「愛と青春と友情、そして家族の壮大な物語」を通して、この国の70年間を総括する試みかもしれません。

見る側にそんな妄想さえ抱かせる本作は、早くも「今年を代表する」ドラマになりそうです。

10月27日(日)は衆院選でした。「日曜劇場」の放送がなかったため、3日(日)がようやく第2話。鉄平や玲央、2人をめぐる人たちと2週間ぶりの再会です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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