〈無罪〉が言い渡された「袴田事件」を知るのに最適な一冊
9月26日(木)、静岡地方裁判所は、「袴田事件」で死刑が確定していた袴田巖(はかまだ いわお)さん(88)の「無罪」を言い渡しました。
先月出版されたばかりの青柳雄介『袴田事件~神になるしかなかった男の58年』(文春新書)は、この「えん罪事件」を知るのに最適な一冊です。
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ビートルズが来日したのは1966年6月29日のことでした。翌日から3日間、今や伝説と化した日本武道館での公演が行われました。
彼らの羽田到着から約22時間後の30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社の専務宅が全焼します。
焼け跡から見つかったのは専務、その妻、次女、長男の遺体。刃物でのめった刺しという惨殺でした。
警察は当初から、従業員で元プロボクサーの袴田巌さんを犯人と決めつけて捜査を進め、8月18日に逮捕します。
連日厳しい取調べが行われ、袴田さんは勾留期間満了の直前に自白しました。
しかし、公判では否認に転じます。80年に死刑判決が確定した後も冤罪の可能性が指摘され続けました。
2014年に静岡地裁が再審開始を決定し、袴田さんの48年におよぶ幽閉が終わったのです。
雑誌記者を経てフリーのジャーナリストとなった著者は、06年から事件の取材を続けてきました。
特に15年からの2年間は、釈放された袴田さんが住む浜松に居を移しての密着取材を敢行。いわばライフワークです。
本書では、袴田さん本人はもちろん、長年弟を支えてきた姉・ひで子さんの軌跡と心情も丹念に追っていきます。
また46時間におよぶ当時の取調べ録音テープを精査。捏造が強く疑われる重要証拠「五点の衣類」などの信憑性も再検証しました。
さらに、袴田さんに対する死刑の判決文を書いた熊本典道元裁判官を始めとする司法関係者や、袴田さんの獄中仲間などから貴重な証言を得ることで、前代未聞の「えん罪」が生まれた深層に光を当てています。
浮かび上がってくるのは、証拠を「改竄(かいざん)」することで袴田の犯人らしさを「偽装」し、それに基づいて公判廷で「偽証」が行われるという構造です。
著者はこれを「不正による三位一体の不利な条件」と呼びます。
袴田さんの釈放後、検察の抗告で再審開始の決定は取り消されますが、20年に最高裁が再審開始を支持。24年5月に審理が終了しました。
そして今週26日、判決の言い渡しが行われたのです。