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韓国与党大統領候補に李在明氏が選出も、同党を覆う「三つの危機」

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
10日、与党の次期大統領選候補となった李在明(イ・ジェミョン)氏。筆者撮影。

10日、来年3月9日に行われる次期韓国大統領選挙を控え、与党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン、56)氏が同党の最終候補に選ばれた。同氏の人となりと、今後の争点をまとめた。

●過半数「ギリギリ」

この日、ソウル市内で行われた予備選最終日までの結果を経て、李在明氏は総得票の50.29%を獲得した。

2位の李洛淵(イ・ナギョン、68)前同党代表の得票が39.14%にとどまったため、決選投票を待たずに大統領選候補に決まった。

李在明氏はこれまで、光州・全羅南道地域を除く全地域で圧勝を収めてきたものの、ソウルで李洛淵候補の猛追を許し、結果として過半数をギリギリ維持することとなった。

なお、李洛淵氏は10日夜、予備選の結果をめぐり党に異議を提出した。この帰趨により決選投票に持ち込まれる可能性もあるが、これは後述する。

●政治家キャリアは10年あまり

1964年生まれの李在明氏は、国会議員を務めたことはないものの、人口1300万人を超える韓国最大の自治体・京畿道(キョンギド)の現役知事として、また、実務に秀でた改革型の政治家として韓国で広く知られている。

同氏の政治家としての経歴は2010年、ソウル市に隣接し今も開発が続く城南(ソンナム)市の市長に当選した時から始まるため、意外に短い。

2期8年にわたる市長時代を通じ、同氏は前任者の放漫運営により約500億円近かった城南市の借金を完済する一方、後に同氏の代名詞となる「無償福祉」を積極的に進めた。

青年に年間5万円程度の商品券を配布する「青年配当」や、中学生の制服購入の支援、出産後の女性の体調回復をはかる「産後調理院」費用の支援、無償給食の実施などが代表的だ。

こうした政策を取り入れるにあたって、前例のないものとして反対する保守政権との間で摩擦が起きたが、同氏は条例という形を取ることを含め様々な方法で政策を実現する。

他にも市立の病院を新たに建てるなど「福祉を強く進める政治家」として知名度を高めていった。

さらに16年10月に時の朴槿恵政権の不正腐敗に対し、多くの市民が立ち上がった「ろうそくデモ」の現場にもいち早く参加し、朴大統領を辛辣に批判する発言で注目を集めた。当時からフェイスブックをはじめとするSNS上で高い存在感を示しているのも特徴だ。

そして前回の大統領選があった17年には共に民主党の予備選に参加し3位となるが、この過程で全国区となった。18年6月の全国地方選で京畿道知事となり、城南市で進めた改革を京畿道に拡充する試みを広く進めている。

【参考記事】

「すべての女性青少年に生理用品支援を」…韓国最大の自治体が政策を導入

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20200915-00198453

1990年、城南市で弁護士活動を行っていた当時の李在明氏。同氏選対事務所提供。
1990年、城南市で弁護士活動を行っていた当時の李在明氏。同氏選対事務所提供。

○生い立ち...「少年工」から「人権弁護士」に

だが、こうした政治家としてのキャリアの一方で、李在明氏はその生い立ちと成長過程においても他の政治家と差別化される。

生まれは韓国南東部に位置する慶尚北道の安東(アンドン)市。9人兄弟の7番目として生まれた貧しい家庭で育った同氏は、小学校を卒業後にソウル近郊の城南市に移住、ネックレス工場やグローブ工場といった過酷な環境で働いた。

その過程でプレス機により腕に後遺症の残る事故に遭い、別の時計工場では嗅覚の半分を失う。こんな6年の工場生活後、1982年に大検を経て中央大学法学部に進学し、1986年、司法試験に合格するという絵に描いたような苦学の青年時代を送った。

当時、韓国が今より貧しかったとはいえ、李氏の経歴は異色と言える。こんな背景が現在の「ヘル朝鮮」と呼ばれる、青年の「階級移動」が困難になった韓国の厳しい社会環境を親身に理解し、変えることができる政治家としての期待につながっている。

また、弁護士となって以降は、城南市で人権弁護士として働きながら政治家や公務員の不正腐敗を暴く市民運動を激しく行ってきた。

このように李氏の半生は、過去の盧武鉉(ノ・ムヒョン、在任03年2月〜08年2月)元大統領や現職の文在寅大統領のように「人権弁護士から政治家へ」というストーリーがある点が興味深い。

少年工時代の李在明氏。同氏選対事務所提供。
少年工時代の李在明氏。同氏選対事務所提供。

●疑惑解明求める韓国各紙

一晩明けた11日、韓国各紙は李在明氏が与党の候補者となった事をこぞって取り上げた。

同氏の勝因については「行政能力と推進力への期待感」(朝鮮日報)、「韓国社会の両極化解消と経済難克服という難題を解く決断力と有能さへの期待」(ハンギョレ)という韓国社会の評価をなぞるものが多かった。

一方で、連日トップニュースとして韓国社会を騒がせている「大庄洞(テジャンドン)疑惑」についても各紙ともに厳しい視線を注いだ。

これは城南市内にある同地域の開発をめぐり発生した利益分配の公正さをめぐる疑惑だ。前述したように城南市が拡大を続ける中、同地域の開発を「公共開発」か「民間開発」にするかで2000年代以降、確執が続いてきた。

紆余曲折を経た後、李在明氏が市長在任中の15年に「半公半民」で開発がスタートしたが、この過程で民間側に配当された約700億円のうち、約170億円あまりが資本金約500万円の「火天大有」社とその子会社に配当された点が問題となっている。

○「無罪」と「能力不足」の狭間で

争点は二つある。まずは開発過程で莫大な超過利益が発生することが分かっていながら、これを還収する条項が無かったことを李在明氏が関知していたのかという点。

もう一つは「火天大有」社を通じた利益分配において民・官・国会議員・法曹界にまたがる不当な利益共同体が構成されていることが分かったが、この利益構造に李在明氏が関わっていないか、という点だ。

前者について、李氏は既に城南市が民間配当とは別に約500億円に達する配当を受けており、この中の一部(約100億円)が超過利益分にあたると抗弁している。既に充分な配当を得たという立場だ。

このことから李氏は大庄洞開発を「100%民間開発になる所を救った。韓国の歴史上最大の開発成功事例だ」と自画自賛している。

さらに「超過利益の大部分は自身が京畿道知事になって以降、土地価格の上昇により発生した」とし、城南市が所属する京畿道知事の立場として新たに超過利益還収の指示を出している。

一方、後者の争点については背任容疑で実務の中心人物だった人物である柳東珪(ユ・ドンギュ)氏が既に逮捕されている。

柳氏は李氏の側近とされるが、李氏はじめその周囲の選挙参謀を務める同僚国会議員などが揃って「側近でなく、知らない人物」としており、関連性をめぐり検察が捜査を続けている。

整理すると、李氏が本当に柳氏が進める事業の内容を知らなかったならば「無罪」となり、問題は起きない。

だがこの場合も李氏は、背任した部下を管理できないばかりか超過利益の発生を見通せず還収措置を講じなかった「能力不足の人物」と評価され、選挙期間を通じ野党の攻撃を受け続ける可能性が高い。「無罪か無能のどっちかだ」とする声もネット上に溢れる。

進歩紙『ハンギョレ』は11日の社説でこれらの批判に「合理的な根拠を示し、真摯な姿勢で国民に向き合うべき」と指摘する。いずれにせよ厳しい立場であるということだ。

10日、候補者への選出を受け喜びを表す李在明氏。筆者撮影。
10日、候補者への選出を受け喜びを表す李在明氏。筆者撮影。

●与党を覆う三つの危機感

少し説明が長くなったが、こうした前提を踏まえてこそ現在の与党を覆う「三つの危機」を理解できる。

(1)李在明「中途落馬」への危機感

前述してきたような、「大庄洞疑惑」への捜査が進む中で、李在明氏が不正に関与し、逮捕されるような事態に陥る場合、李氏の大統領候補としての資格はどうなるのか。

次回の大統領選挙候補者選出規定を定める同党の特別党規では、候補者となった後に不正が明らかになった場合の規定が存在しない。ただ、候補者の登録無効を定める項目において「党規の倫理審判院規定に従う」としており、この中に「職権濫用や利権介入」が存在するため、懲戒が可能となるという見方がある。

予備選で2位となった李洛淵陣営の有力国会議員が「李在明氏は逮捕される可能性もある」と言及し、党内から激しい批判を浴びる騒ぎになったが、「大庄洞疑惑」はどこに飛び火するのか分からない「火薬庫」であるのは確かだ。

10日に発表された3度目となる選挙人投票(党予備選に参加を望む有権者が登録を経て投票する制度)の開票で、李洛淵候補が李在明候補に圧勝する結果がでた。

こうした流れの変化を「有権者による大庄洞疑惑への危機感のあらわれ」と見なす向きもある。

(2)ワンチームへの危機感

筆者が9日、10日と予備選現場を取材して、最も多く目につき耳にした言葉が「ワンチーム」というものだ。

これは予備選後を見越したもので、予備選過程の候補者間そして候補者陣営の感情のもつれを修復し、一丸となって残る150日間の選挙戦(本選)を闘っていこうという意気込みだ。

「民主党ワンチーム」と書かれたプラカードを持つ共に民主党の支持者たち。9日、筆者撮影。
「民主党ワンチーム」と書かれたプラカードを持つ共に民主党の支持者たち。9日、筆者撮影。

特に、1位通過が有力視されていた李在明氏はこのフレーズを多用した。10日の演説でも「政権再創出のための最高の戦略は『ワンチーム』です。(中略)溶鉱炉のような『ワンチーム』で本選での勝利を成し遂げる」と決意を語っていた。

また、同党の宋永吉(ソン・ヨンギル)代表もこの日の冒頭挨拶で過去の歴史を例に挙げ、「民主党が分裂する時に韓国の民主主義は後退する」という旨に言及した。やはりワンチームの重要性を説くものだ。

だが、こんな目論見は10日晩から既に崩れ始めている。2位の李洛淵候補が党に異議申請を行ったためだ。

争点は、予備選の途中で辞退した二候補の票を無効にする際、これを母数から抜くか抜かないかという部分だ。母数に含める場合、李在明氏の得票率が49.32%となるため決選投票に進むべき、という指摘だ。

これを受け11日午前、与党の宋永吉代表は「党憲党規に従い運営する」とし、李洛淵陣営の主張を一蹴した。

一方、李洛淵陣営はこの後の会見で「党は直ちに最高委員会を開き、過ちを正せ」と所属議員全員の連名で決選投票を主張した。

この件について、党内事情をよく知る党関係者A氏は「李洛淵陣営の主張は理解できるが、党が動くとは考えられない。李洛淵陣営の穏健派が主導権を握り、いずれ矛を降ろすことになるだろう」と見通した。ワンチームになる過程、という理解だ。

党に異議申請を行った李洛淵氏(右)。9日、10日共に終始、暗い表情だった。筆者撮影。
党に異議申請を行った李洛淵氏(右)。9日、10日共に終始、暗い表情だった。筆者撮影。

(3)大統領選挙での勝利についての危機感

ここまで党内事情を詳しく見てきたが、本番は来年3月の本選だ。与党は選挙で勝てるのか、という危機感がある。

韓国では日頃からたくさんの、過剰と思えるほどの世論調査が行われているが、いずれの指標も与党不利を指し示している。

例えば、10月4日に発表された『リアルメーター』社による世論調査によると、党支持率では最大野党・国民の力が39.3%、与党・共に民主党が32.4%と誤差範囲外の差が付いている。

また、『韓国ギャラップ』社によると、与党の予備選を経る中でも25%圏内と、ここ半年以上にわたって李在明候補の支持率が上昇していない点も気がかりとなる。従来は予備選の中で世間の注目が高まることが望まれるからだ。

極めつけは、政権交代を望む有権者の声だ。

やはり7日付けの『韓国ギャラップ』社の発表によると、「現政権を維持するために与党候補が当選した方が良い」という回答は35%にとどまり、「現政権を交替するために野党候補が当選した方が良い」の52%を大幅に下回る。

このような結果は、与党の身を削る努力を要求するもので、今後の困難な道のりを浮き彫りにするものだ。前出のA氏は「このままでは一桁%ポイント差で与党は負けると見ている」という党内の認識を明かした。

事実、予備選候補の一人であった若手の朴用鎮(パク・ヨンジン、50)議員は「身内に甘く、敵に厳しい与党の態度に強い批判が寄せられている」と、事ある毎に危機感を露わにした。

文在寅政権最大の失策の一つと言われる不動産価格の高騰と、関連人物が濡れ手に粟の利益を得た「大庄洞疑惑」に相通ずる部分があるのは、明確な悪材料だ。

与党の予備選を最後まで闘った四人の候補。大団円になるかと思われたが...右から二人目が朴用鎮(パク・ヨンジン)議員だ。今後の活躍が期待される。10日、筆者撮影。
与党の予備選を最後まで闘った四人の候補。大団円になるかと思われたが...右から二人目が朴用鎮(パク・ヨンジン)議員だ。今後の活躍が期待される。10日、筆者撮影。

●「既に充分」、今後の対応は

見てきたように、李在明候補は「闘ってきた」過去の政治経歴や、時に罵倒を辞さないその強い性格とも相まって、灰色の印象がついて回る。

だが、こうした見方について異議をとなえるのは、前出のA氏だ。

11日、筆者との通話で「城南市長当時には朴槿恵政権下で様々な国家機関が、京畿道知事選挙の際には対立候補陣営やその支持者たちが李在明氏の『傷』を暴こうと躍起になってきた。それでも何も出てこなかったことが何を物語るのか」と述べた。李氏が既に厳しい「身体検査」を受けてきたことを強調するものだ。

今後はどうなるのか。

10日、予備選現場で取材したソウルの某地域の選挙責任者は「2〜3週間以内には党としての選挙本部が発足するだろう。何よりも、文政権を当初支持していたが離れていった層を取り込むことが重要になってくる」と戦略を明かした。

来年3月9日の投票日まで150日。11月5日には最大野党・国民の力の候補が決まる。いよいよ韓国大統領選挙が熱を帯びてきた。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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