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ウクライナでロシア軍と共に戦闘に参加するため、シリアから派遣されていたパレスチナ人民兵が人知れず死亡

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア・パレスチナ人のための行動グループHP、2022年10月6日

英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は11月6日、ロシア軍とともに戦闘に参加するためウクライナに渡っていたパレスチナ人民兵組織のクドス旅団のメンバー1人が戦死したことを確認したと発表した。

クドス旅団とは?

クドス旅団は2013年10月にアレッポ市郊外にあるナイラブ・パレスチナ難民キャンプ、ハンダラート・パレスチナ難民キャンプなどで暮らすパレスチナ人が中心となって結成された民兵。ナイラブ難民キャンプ出身の技師ムハンマド・サイードが司令官を務める。クドスの獅子大隊、抑止大隊、シャフバーの獅子大隊からなり、結成当初の兵員は推計で2,000~3,000人、その後4,000~5,000人に拡大し、現在に至っているとされる。「シリア・アラブ軍の殉教者(フィダーイー)」を自称し、女性も参加している(詳しくは拙稿「シリアの親政権民兵」『中東研究』(第530号, 2017年、pp. 22-44)を参照のこと)。

2010年第半ばには、PFLP-GC(パレスチナ解放人民戦線・総司令部派)や空軍情報部と連携して、アレッポ市東部地区およびその周辺一帯、ハマー県北部での戦闘に参加、同地の解放に貢献した。その後は、ヒムス県東部でのイスラーム国との戦闘に投入された。

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今年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、ロシアの支援を受けるスハイル・ハサン准将指揮下のシリア軍第25師団、シリア政府と和解した元反体制武装集団メンバーらが多く参加する第5軍団、与党のバアス党の学生党員や支持者によって構成される民兵組織のバアス大隊とともに、ウクライナ軍との戦闘に参加するための「傭兵」(義勇兵)の募集を開始、3月末には、これらの部隊とともにロシアに現地視察団を派遣していた(詳しくは拙稿『ロシアとシリア:ウクライナ侵攻の論理』(岩波書店、2022年)を参照のこと)。

シリア人権監視団によると、これらの部隊、民兵のうち、第25師団は将兵約2,000人をウクライナに派兵した。ヘルソン州などでのウクライナ軍の反転攻勢が大々的に報じられるなか、9月21日、数百人が戦闘に参加、10月2日に5人が死亡した。その後も死者は相次ぎ、同監視団が複数筋から得た情報によると、10月末から11月初めにかけての戦闘で、4人が新たに戦死、ロシア軍とともにウクライナでの戦闘に参加していたシリア人戦闘員の死者総数は9人に達しているという。

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これに対して、クドス旅団はウクライナに派遣されていないと見られていた。

英国で活動する反体制組織の一つシリア・パレスチナ人のための行動グループは10月6日、複数の匿名独自筋から得た情報として、クドス旅団のサイード司令官が、シリアの治安当局に対して、ウクライナでの戦争にパレスチナ人青年を参加させるため、義勇兵の募集を行うことを認めるよう要請した、とインターネットを通じて発表した。

だが、同グループによると、シリア政府は、この要請を拒否し、サイード司令官に対して、第25師団がこの件にかかる唯一の窓口だと伝えたという。

クドス旅団のメンバーがどのようにしてウクライナに渡ったのかは、定かではない。だが、一連の情報から推察するに、第25師団に所属するかたちで、現地に派遣され、戦闘に参加したものと思われる。

ウクライナ侵攻での戦火を交えているのは、ロシア軍とウクライナ軍だけではなく、世界各地から多くの若者が「義勇兵」を自称して参集し、戦闘に参加していることは周知の事実だ。

パレスチナ人は、欧州での差別を逃れて中東へと逃れたユダヤ教徒によるイスラエル建国によって、故郷を追われ難民となり、幾世代にもわたって周辺諸国で困難を経験してきた。シリア内戦のなかで、彼らは自らを受け入れてくれた国の存亡をかけて戦い、「世界最大の人道危機」と呼ばれた同地での紛争の被害者、そして加害者となった。そして、彼らの苦難が終わらないなか、今度はウクライナ侵攻に身を投じて、人知れず無為に命を失っていく。

パレスチナ人民兵の死は、国際政治が弱者に対していかに容赦ないかを改めて思い起こさせるものである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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