スプーンは育てるもの ? 今、手づくりカトラリーが熱い
突然「育てるスプーン」が送られてきた。
封筒から出てきたのは、1枚の木の板。それに2枚の紙やすりと、蜜蝋ワックス。
板にはスプーンの原型が刻まれており、それを取り外して紙やすりで磨き、好みの厚みやサイズ、そしてデザインに仕上げていくという趣向だ。紙やすりは粗いものと細かな仕上げようの2種類ある。
ようは自分で木製スプーンをつくっていくセットなのだ。
これ、実は大阪の樟蔭学園100周年記念事業として作られたもの。学園の創設者・森平蔵は、奈良県吉野郡川上村の山を昭和20年代に購入し植林したという。山村と結びつき、学園林をつくるためである。そこで100周年を記念して、100年生の吉野檜から木製スプーンセットを製作したのである。
すでに幼稚園と中学・高校の卒業生1250人に配られた。手にした卒業生は、さっそく自ら板を磨きスプーンを“育てている”。その成果をインスタグラムで「#育てるスプーン」として次々とアップして、みんなで共有する。
100周年記念事業本部の春木智仁さんは、「川上村には、わが校の卒業生で学園職員でもあった鳥居由佳さんが、地域おこし協力隊として入っています。そこで彼女と相談して100周年の記念品に何がよいか考えた結果、生み出したものです。材料は100年生のヒノキですから誰よりも年上のスプーンだと思いますよ(笑)」
実は、鳥居由佳さんを以前にも紹介している。
'''吉野杉の「おすぎ」を買った女……木材の値段は誤解だらけ!'''
このスプーンづくりは、丸太からの発展形でもあった。彼女にとって母校への恩返しであるとともに、木材の価値を世間に伝えて林業振興につなげるプロジェクトだったわけだ。
私もさっそく板からスプーンの原型を取り外して磨きだした。ヒノキを紙やすりで削って形を整えていく作業は予想外に面白い。木粉が出るのでベランダで行うが、外の空気と木の香りがマッチする。指の感触を頼りにわずかなカーブを描き、削った下から木目が浮かび上がるのが楽しい。カッターナイフを取り出して、ちょっとエッジをつけて立体感を出す。スプーンの窪みをもう少し深く……あ、削りすぎたか。この柄の部分にクビレをつくる……う、非対称になった(泣)。いや、このねじれ感がいいんだよ、とか呟きながら磨く。なんだか自分の性格が出てしまいそうだ。でも、日頃からくすぶっているストレスが少し薄らいだような気がした。
ちなみに、スプーンを取り外した枠は、部分的に切れば箸置きになるそうだ。またそのまま風呂につけて「ヒノキ風呂」としゃれこむこともできる。
このところ、自らスプーンをつくのが静かなブームになっている。多くの木工家が家具や建具とは別に小さな木のグッズ、スプーンやフォーク、バターナイフなどのカトラリーづくりを始めたのだ。スプーンはその出発点だ。それはアマチュアにも広がり、各地でカトラリーづくりの輪が広がってきた。
昨年10月には、岐阜県の森林文化アカデミーで「さじフェス Sajifest 2017~木の匙と杓子の祭典~」が開かれた。
スウェーデンからスプーンづくりの第一人者、ヨゲ・スンクヴィストさんを招き、3日間に渡って延べ140人がスプーンづくりに取り組んだイベントだ。全国から参加者が集まったそうである。
さらに今年3月には、アメリカの木工家を講師に招いて5日間連続の「OneTree~1本の木から~」を開催された。生木からスプーンや箸、まな板、器など暮らしの道具を作る方法を教えた。
すでに全国で木工家が「手づくりカトラリー教室」を開いている。どこも教室は盛況だという。参加者は老若男女、まったくの木工未経験者も少なくない。
家具や建具、あるいは木彫のような大きな作品づくりとなると木工の素人は躊躇するが、スプーンならできるかも、と思わせるのかもしれない。実際、下手なりにコツコツ削っていると。出来は不細工に見えても味が出る。自分がつくったことで愛着が湧く。しかもカトラリーなら普段の生活でも使えるだろう。
考えてみれば、日本にもさじや杓子、そして箸、器など日常の食具を木から削ってつくる文化がある。その伝承にもなるし、直に木に触り自ら削る作業は、木育にもってこいではないか。
私も、紙やすりで磨くだけではもの足りなくなり、カッターナイフや彫刻刀を持ち出した。これ、はまるかも。「育てるスプーン」は、木工家そのものも育てるかもしれない。