史実に忠実?工期に追われる名古屋城天守閣の復元案の現実
奈良県の吉野で、大径木材が名古屋城天守閣復元用に買い集められているという話を聞いた。そこに首里城の再建のための木材調達の話が起きて、もはや対応できないという嬉しい悲鳴?が上がっているという。
久々に吉野材が引っ張りだこなのだ。長尺大径木の銘木で知られる吉野材(杉と檜)だが、近年は価格は下がるばかりで、しかも大径木材ほど売れなくなっていた。これは大半の住宅の建築様式が大壁工法やパネル工法に変わった、集成材の使用が増えた……などの理由があるのだが、城となると伝統的な工法で木材も無垢の銘木が求められる。吉野林業の当事者にすれば、ちょっとした神風かもしれない。
名古屋城天守閣再建の技術提案書
ちょうど「名古屋城天守閣整備事業 技術提案書」という文書を入手した。これは施工を予定している竹中工務店が作成したもののようだ。平成28年3月25日の日付が入っているから、4年前だろう。
内容は多岐にわたるが、工期内にいかに天守閣を建てるか、という技術的な説明が行われている。しかし、名古屋城天守閣の再建はまだゴーサインは出ていないはずなのだが……。
河村たかし市長が木造復元構想を打ち出したのは、2015年。総事業費約500億円の計画だ。そのうち材木の調達には20億円以上を当てる。市は計画していた22年末の完成を目論んでいた。
ところが市の有識者会議が「解体時に江戸時代からある石垣を保護する対策が足りない」などと反対を表明しており、文化庁もストップをかけた。国特別史跡の名古屋城は現状変更するために文化庁の許可を必要とする。コンクリート製の現天守の解体も許可していない。当然、予算案も通っていない。
ともあれ、技術提案書の中の木材に関するページに目を通した。
まず「工期を満足する長尺大径木材調達を実現します」というタイトルが付いている。そして4社による調達を行う体制だ。
具体的には、主架構造部分には、国内産のヒノキ材を調達し、その他の部分でも史実を確認し、ヒノキ、ケヤキ、スギ材を主体として調達する、とある。
ただ大径木材で長尺物が必要となる梁材のうち3本程度、また土台部分に使う赤身の大径木長尺材が国内産では調達できない可能性がある、という。それらは外国産材を予定しているそうだ。
木材の芯をくり抜く中空乾燥法
問題は、乾燥だ。どんな木材でもしっかり乾燥させないと使い物にならないが、大径木材となると、乾燥に長時間かかる。しかし数年がかりの天然乾燥はもちろん、人工乾燥(温風加熱式の乾燥機使用)でも数か月かかるのだ。それでは工期に間に合わない。
そこで「中空乾燥法」を取り入れるという。木材の中心に穴をあけ、木材中央部からの乾燥を行う技術だ。ようするに、竹輪のように芯部分をくり抜くのだ。しかし、この技術は完成していただろうか。まだ実験段階だと思っていたのだが……。いずれにしろ、伝統的な木材の使い方ではないのは間違いない。
さらに加工にも、宮大工の手仕事と平行して、NCマシーンによって3次元データによる木材の精密加工を行うとある。
これは提案書全体を通してだが、「史実に忠実な復元」という言葉と、「工期内の完成」という言葉が幾度も繰り返されている。
しかし、両者は背反しているのだ。また現代では、400年前と同じ材料の調達も難しく、技術、人材もいないのは自明の理である。外国産材を使い、柱の真ん中に穴をあけて乾燥させることなど当時は行われなかったのは間違いない。
観光のため?城郭復元の意味
城郭の復元、とくに天守閣を求める声は多く、今やブームのように計画が乱立している。それらの目的の多くは城郭を観光資源とすることだ。しかし皇居の敷地内にある江戸城の天守閣まで復元を望む動きがあるが、何のためにめざすのか明確ではない。そして史実との整合性や必要な資金と資材の調達、そしてその効果があやふやすぎる。
たとえば、史実として天守閣が利用された記録は極めて少ない。建ててはみたものの、天下太平の世が続き、実態は大半が倉庫代わりだったという。だから焼失した後に再建しなかった天守閣も多い。本当に復元城郭に文化的価値があるのか、維持管理コストも含めて採算が合うのか、そして環境への影響も考えるべきだ。
また近年は耐震基準が厳しくなるとともにバリアフリー化の要求もあり、「史実に忠実な復元」とは何かも問われている。
名古屋城も、22年完成どころか、着工がいつになるのかわからない(復元が本当に行われるのかも決定していない)のだ。焦ることなく伝統的建築物の技術について考える余裕ができたと解釈すべきだろう。
文化庁は18年に天守復元の基準のあり方について有識者を集めた作業部会で議論を始めた。まさか条件緩和に傾くことはないと思いたいが、歴史上の建築物を復元することと観光資源化の意義のせめぎ合いにいかなる結論を出すだろうか。