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先発完投型から「クオリティスタート」の時代へ。ヤンキース田中将大投手が挑むメジャー新記録。

一村順子フリーランス・スポーツライター
ヤンキースの田中が新時代の先発投手の指標「QS」でメジャー新記録に挑む。

両先発投手が428球を投げ合った51年前

きょう米国時間の7月3日(日本時間4日)、ヤンキースの田中将大投手(25)が、初登板からのメジャー新記録となる「17試合連続クオリティスタート」という偉業を賭けて、敵地のミネアポリスでツインズ戦に先発する。その1日前。7月2日は米国の古き良き野球ファンにとって特別な日だった。今から51年前となる1963年の7月2日。サンフランシスコのキャンドルスティックパークで行われた「ジャイアンツ対ブルージェイズ」はMLB.comの“ファンが選ぶ名勝負”でも20傑入りしたメジャー史上に残る投手戦だ。

ブルワーズの先発、42歳のウォーレン・スパーンとジャイアンツの先発、25歳のフアン・マリシャルの一騎打ちは、延長15回を終了して共に0−0。延長16回に千両役者のウィリー・メイズがスパーンからサヨナラ本塁打を左翼に放ってジャイアンツが1−0で勝利した。後に殿堂入りする両投手はスパーンが201球、マリシャルが227球。まだ“球数制限”という概念がなかった時代である。

記録をみると2人の鉄人ぶりが分かる。同年23勝を挙げるなど、メジャー左腕史上最多となる通算363勝を挙げたスパーンは、26歳から同年まで17年間200イニング登板を記録した。一方マリシャルも62年以降10年間で年間250イニングを切ったのは1度だけだった。2人は年間300イニング以上の登板も記録している。マリシャルは68年に26勝で最多勝を挙げたが、38試合登板中30試合が完投だった。だが、当時はそれが普通だった。投手はいわゆる“先発完投型”だったのだ。

健康面、ビジネス面から認識が高まった球数制限

当時はなかった球数制限が何故、現代のメジャーでは常識になったのか。一般に言われるのは、登板過多による故障を避けるため、次回登板までの回復をきっちり与えるため、というフィジカル面でのメリットだが、レッドソックスのファレル監督は、この日「色々な要因が考えられると思うが、端的に言ってしまえば、選手の年俸が高騰した近年のメジャーでは、万が一故障などを懸念して投手の肩、肘を守ろうという考え方が根底にあると思う。高額年俸選手は球団にとって資産と言っていい。高額投資をした資産をできるだけ保護しなければならないからだと思う」と興味深い私見を語った。要するに、年俸が高くなったから無茶はさせられない、ということである。調べると、スパーンはこの年の年俸は不明だが、引退前年の44歳の時に年俸が7万3500ドル(約750万円)、マリシャルはその年2万4000ドル(約245万円)だった。

メジャーでは90年代以降、肩は消耗品という考え方が主流になったとはいえ、60年代の記録を遡れば、1試合200球以上、年間40試合登板、300イニング以上を投げながら長く現役生活を続けた投手も結構いる。当時も年間試合数は現在と同じ162試合制。先発の5人制ローテーションは1970年半ばから主流になり始めたが、当時は5人どころか4人で回すことも珍しくなかった。だが、今世紀に入って球団が高騰するテレビ放映権を財源に、スター選手と超大型契約を結ぶようになった。ドジャースのカーショーを始め、超高額選手のリスト上位に先発投手が列挙する現状をみれば、「健康面」だけではなく、選手を球団の資産と見なす「商業主義」の一面を指摘したファレル監督の視点は鋭い。高額年俸を負担する球団がリスク回避の智恵として辿り着いた球数制限が主流になったという見方だ。

07年に松坂大輔投手がレッドソックスに入団した際、横浜高校時代の甲子園で延長17回、250球を投げ、3連投で全国制覇した話は、米国では驚愕の念を持って報じられた。楽天時代の田中将大投手が日本シリーズの第6戦に160球完投した一報は、当時ポスティングでの入札を検討していたメジャー球団には、諸手を挙げて喜べるニュースではなかったようだ。直後にフロリダ州で行われたGM会議に出席したレッドソックスのヘンリー・オーナーは「日本のチームに所属する選手のことを、とやかく言える立場ではないが」と前置きしつつ、「もし、球団が才能ある選手を高額な投資で獲得しようと考えるなら、肘、肩への疲労とそれに付随したリスクというものは、当然考えなければならない。日本には日本の考え方があり、それはリスペクトされるべきだし、どちらが、正しいとか間違っているという問題ではない。ただ、我々には正しいと信じる考え方があるということだ」と投資側の視点を語ってくれた。確かに、松坂を筆頭に和田毅、藤川球児ら海を渡った日本人投手がトミージョン(靭帯再建)手術に踏み切った一連の歴史は、日本人投手の投げ過ぎを懸念する要因の1つかもしれない。

球数制限がクオリティスタートという新たな概念を生んだ

中継ぎ陣との分業制が確立され、現在のメジャーでは先発投手は100球前後で交代する。特に若い選手は試合での球数制限だけでなく、練習でも球数が管理される傾向にある。リトルリーグは年齢に応じて球数だけでなく、登板間隔日数も細かく規定されている。MLBは99年以降球数を公式記録に残し、2010年からはテレビ中継でも球数が表示されるようになった。このような状況を背景に新しく生まれてきたのが、6回以上を投げて自責点3点以下を先発投手の価値基準とする「クオリティスタート」という概念だ。

今年ヤンキースに移籍した田中将大投手は、2日時点でリーグ1位タイの11勝を挙げ、防御率もリーグ1位タイの2・11と素晴らしい活躍を続けている。28日のレッドソックス戦ではメジャー初登板から16試合連続でクオリティスタートを達成し、1973年にスティーブ・ロジャースがつくった大リーグの新人記録に41年ぶりに並んだ。そして、きょう3日のツインズ戦でメジャー新記録に挑む。ヤンキースが7年総額1億5500万ドル(約161億円)という巨額の資金を叩いて手に入れた球団の資産が、今世紀のメジャーで好投手の指標とされる「QS」の分野でメジャー新記録に挑もうとしているのは、興味深いところだ。環境への適応力が高く評価される田中は、現在のメジャー球団が先発投手に期待する「QS」の概念を、見事に体現しているといえるだろう。

「先発投手としては、常に少しでも長い回を投げることを心掛けています」と田中は言う。「チームに貢献しているかどうかは周りが評価すること。どれだけ打たれても点をやらなければいいかなと思います」

両投手合わせて428球を投げ切った投手戦から51年の歳月が流れ、我々は100球という制限の中で勝負し、チームを勝利に導く田中のパフォーマンスに大きな価値を見いだす時代にいるのである。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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