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ブルペンからの脱却。常識化されたものを疑う。ブルージェイズ・菊池雄星の試み。

一村順子フリーランス・スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ベテラン左腕が、新しい試みを始めている。「脱・ブルペン」。今季限りで3年総額3600万ドルの契約が満了する菊池雄星投手。通算150試合登板の節目となった23日(日本時間24日)、敵地でのガーディアンズ戦は、3回無死満塁で悪天候による中断。そのまま降板し、救援投手が打たれる不運もあって7敗目を喫したが、パワーピッチャーとしての実力は誰もが認めるところ。ブルージェイズがア・リーグ東地区最下位と低迷していることもあり、7月末のトレード期限の”目玉”としても名前が上がっている。

 次回登板は28日(同29日)のヤンキース戦に決まった。24日(同25日)から敵地でのレッドソックス3連戦中のどこかで、ブルペンに入るだろうと予想していたが、「いいえ。入んないですよ。今年は1回も入ってない」と、意外な答えが返ってきた。今季16試合に登板し、1度も登板間にブルペンに入っていないと言う。先発投手の常識を覆す「脱ブルペン理論」を、本人に深堀りしてもらった。

 そもそも論に立ち戻ると、「僕のブルペンはアテにならない」(菊池)と認識したのだという。どんな投手も、試合本番で投げる球とブルペンでは出力が違うのは当たり前。だが、菊池の場合は、その差が顕著過ぎたという。

 「僕、ブルペンで(球速が)90マイル(145キロ)を越えることが、あんまりないんです。でも、試合では96マイル(156キロ)とか投げる訳じゃないですか。6マイルと言えば、10キロくらい違う訳ですから、もう別モノ。それで、良かったり、悪かったりしても、あんまりアテになんないな、と。他のピッチャーだと、大体2マイル差なんです。試合とほぼ同じパフォーマンスを出せる投手もいます。そういう人はアテにしていいと思いますよ。でも、僕みたいなピッチャーはアテになんない。バッターがいないと興奮しないというか、アドレナリンが出ない(苦笑)。思いっきり投げて『今の何マイル?』と聞くと、『88マイルです』みたいな。こりゃ、いくら投げてもダメだと」

 もう一つの理由は、疲労を考慮したコンディショニング面だ。一般的にどんな投手も、中4日より、中5日の方が球速がアップする傾向にある。菊池も、昨年のデータを検証すると、中5日の方が中4日より球速が約1マイル速かった。「じゃあ、その差は何かというと1日分の疲労回復。今年は、いかに疲労を取るかというところをテーマにしています。ブルペンを辞めたのが、直接の理由かどうか分からないですけど、体は楽なんじゃないかなと思うし、一応、平均球速も全体的に上がっている。今のところ、いい方にいっていると思う」

 先発投手の登板間ブルペンは常識化しているが、実は、結構な負担が掛かる。まず、それなりの準備が必要だ。「怪我は怖いし、色んな筋肉に刺激を入れないといけない。試合に近い形で1時間くらいかけてやる」。ダッシュも含めたブルペン用のアップは念入りで、単純に球数を10球程減らしたところで、労力を大幅軽減する訳ではない。そこで、大胆にもそっくりブルペンを辞める、という判断に至った。

 162試合を中5日で投げると想定した場合、先発投手は、健康なら年間で約30試合に登板する。1試合球数100球前後で降板すれば、年間3000球投げることになる。登板間にも35球前後、ブルペンで投げるとすれば、シーズン中のブルペンだけで約1000球。試合で投げる約3分の1に相当する。今月17日に33歳を迎えた左腕は、最近、キャッチボールも5分以内で終了することを心掛け、試合前のブルペンでも20球程度だという。

 「健康で1年間ローテーションを守って、その先(のキャリア)を考えると、いかに怪我をしないか、というところに行き着く。スタッツ(成績)も大事だけど、僕が一番フォーカスしたいのは、『雄星は中4、中5日で廻ってくれる』というところ。そう考えた時に、やっぱり、登板間の疲労回復ということで、ブルペンの負担を減らすことに行き着いた。正直、そこまで先は見ていないし、そのためにブルペンを辞めた訳じゃないけど、少なくとも今季に関しては、試合は試合。練習は練習でしかない、と。そこを求めすぎないように割り切っている感じですかね」

 チームから信頼され、1年間を通じてローテを任される投手ー。目指す方向がクリアだから、優先事項も明瞭になる。メリットとデメリットを天秤に掛けた結果の「脱・ブルペン」だった。先発投手には珍しいが、前例がない訳ではない。ブルージェイズOBでホワイトソックスなどでも活躍し、14年連続200イニング登板という、今となっては、信じ難い偉業を達成したマーク・バーリー投手が、そうだった。打たせて取る典型的な省エネ投球で投球テンポも早かった。ブルペンに入らず、故障知らずのキャリアを築き、15年連続で30試合以上に登板した。

 「チームでは僕の他は皆、ブルペン入ります。僕も数年前まではそうだった。中5だったりすると登板間に2回入ることもありましたが、去年から、中4日の時はブルペンに入らなくなりました。キャンプでは、球数を投げて肩をつくるという意味もあって、ブルペンに入りましたけど、それでも球数は20球とか少なめです」

 ウォーカー投手コーチは「登板間の調整は、キャッチボールでもできる。ブルペンの最大のメリットは、傾斜で投げて確認ができること。何か特別に修正したいことがあれば、傾斜で投げるのが、一番いいんだけれど、今の雄星は、すごくいいボールを投げている。今のところ、特に傾斜で取り組まなければならないことはないし、球自体はとてもいい」と、新しい調整法を見守っている。

 現実に「脱・ブルペン」は極めて少数派だし、万人に効果があるとは言い難いだろうが、メジャーの求める先発像が、かつての先発完投型から、年間通じたクオリティ・スタートにシフトして久しい今、伝統的な調整法の見直しは、一考の価値がある。もちろん、豊富な経験を元に、ルーチンが確立され、コンディションを把握できるベテランだからこそ出来る調整法でもあるだろう。常識化したものを疑う。習慣化していることを見直す。長年、必要と思い込んでいるものを手放す。もしかしたら、ビジネスや人間関係でも、大事な発想なのかもしれない。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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