Yahoo!ニュース

「今すぐタダで改善も」…国連専門家に聞く北朝鮮人権問題

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
国連人権高等弁務官事務所ソウルのシーナ・ポールセン所長。21日、筆者撮影。

国連による5年に一度の定期審査を受け、注目が集まる北朝鮮人権問題。今回はソウルで2015年に開所した国連人権高等弁務官事務所の所長に、その争点と最先端の取り組みを聞いた。

●キャリア20年超の人権専門家

ソウルの中心、光化門広場から鐘路を少し歩くと、右手にソウルグローバルセンターという銀色の洒落たビルが現れる。ソウル市が国際機関を誘致するために2013年に建てたものだ。その8階に、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のソウル事務所はある。

同事務所は、OHCHRが2014年1月に発刊した北朝鮮人権報告書の勧告に従い設立された組織で、以下の三つの目的を持って、2015年6月からソウルで任務を開始した。

・朝鮮民主主義人民共和国の人権侵害に対する責任究明のために、同国内の人権状況の監視および証拠保存の役割を強化する。

・関連する政府、市民社会およびその他の利害関係者の力量強化を支援し、朝鮮民主主義人民共和国内の人権増進および保護に寄与する。

・持続的な疎通と擁護、および交流を通じ、朝鮮民主主義人民共和国の人権状況の可視性を維持する。

ソウル事務所では10人の専門家が業務にあたっている。21日、筆者撮影。
ソウル事務所では10人の専門家が業務にあたっている。21日、筆者撮影。

建物の入り口には警備の警官が複数常駐し、万一の事態を考えてか8階も厳重な警備で守られている。筆者は21日、この事務所を訪ね、シーナ・ポールセン(Signe Poulsen)所長にインタビューを行った。

デンマーク出身のポールセン所長は、様々な国で20年以上にわたる人権に関わる業務経験を持つベテラン専門家だ。ソウル事務所では、開所時から今まで所長を務めている。それだけに、北朝鮮の人権問題に対する現実的な視点をいくつも提供してくれた。

まず、この5月に行なわれたばかりの北朝鮮の人権審査(UPR)においては、北朝鮮の市民社会による声の不在を指摘する一方、昨年来、南北米の指導者が口にしてきた「平和」に、皆が享受するという人権の眼差しが欠けていると問題を提起した。

さらに、韓国政府が表明した人道支援においても「人権の基準が大切」と語り、北朝鮮政府が今すぐできる人権改善策として「言論・表現の自由を認めること」を挙げた。

また、日本人被害者を含む拉致被害者問題についても、「北朝鮮側の意志さえあれば解決は難しくない」と主張した。一貫して「人権侵害はねつ造」とする北朝鮮政府に対しては「ならば訪朝とモニタリング許可を」と訴えた。

以下にポールセン所長とのインタビュー詳細を載せるが、北朝鮮の人権状況や国連で行なわれた「普遍的定期審査(UPR)」の詳細については、筆者の過去記事に詳しいので合わせてご一読することをお薦めする。

(参考記事1) 国連で5年ぶりに北朝鮮人権「審査」…問われる韓国および各国政府の立場

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190508-00125268/

(参考記事2) 南北政府が無視する北朝鮮住民の人権…国連UPRを振り返る

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190517-00126346/

●北朝鮮政府の姿勢をどう見る

――5月に行なわれた都合3度目の「普遍的定期審査(UPR)」をどう評価するか。

結果をとても肯定的に評価している。北朝鮮の人権状況に対する積極的な議論があった。262の勧告が提示されたが、88の会員国が勧告案を提示したこともあり、多様で広い範囲での関心となった。韓国や国際社会の市民社会による積極的な参加や、会員国と市民社会の間に多くの協力もあった。他方、否定的な側面としては、過去と同様に北朝鮮内部の市民社会などによる独立的な声が聞こえてこなかった点がある。

――北朝鮮側は人権侵害との指摘に対し、国際社会の経済制裁によるものと正当化を行った。北朝鮮が人権侵害との指摘を受け入れる姿勢に過去と変化があったか。

過去2年間、北朝鮮の態度に肯定的な変化があった。今回の通算3度目のUPRに参加したことや、障碍者権利条約の批准(16年12月)を行い、同条約の特別報告官の訪朝を受け入れた(17年5月)上に、数度にわたり関連報告書を提出したことなどがある。この部分で国際社会とある程度協力していると言え、こうした協力と参加をより拡大すべきだ。

一方で、挑戦すべき課題として存在するのが国連や関連機関を含め、北朝鮮内で人権を監視・モニタリングする機関の訪朝が困難である点だ。このため、北朝鮮内部でどんな人権分野におけるどんな進展があったのかを全くモニタリングできない。検証するためには国際機関の人権メカニズムが北朝鮮側に接近することがとても重要だ。

●「皆の平和」を語るべき

――4月26日に、OHCHRソウル事務所が開催したシンポジウムで参加者が語った、「正義が優先順位で平和の後に押しやられる事があるかもしれないが、正義と責任究明がすべての手続きの構成要因であり、平和が長く維持され持続する点において必須であることを忘れてはならない」という指摘が注目された。これはどういうことか。

この場合の「正義」は、刑事手続きなどの狭いものでなく、より広範囲なものだ。経済的に平等な機会を提供したり、法治主義が全員に平等に適用されたり、女性や障碍者に対する差別が無くなるなどの全てを含む。正義を語るときに、こういう視点が必要となる。

一方で、反人道的な犯罪、人倫にもとる犯罪、広範囲な殺人や奴隷化などが起きている時、こうした犯罪に責任がある者には刑事手続きを通じて、犯罪が繰り返されないようにすることと、被害者が補償されることが重要となる。

平和というものは、大部分の人々が実際にそれを感じる状況にならなければならない。そのためには指導者に対する信頼や、社会の各機関に対する信頼も必要だ。過去数年間にわたり起きてきた人権侵害が「二度と起きない」という保障を受けられず、これらの部分に対する信頼がなければ平和の構築は難しい。

4月26日、ソウル事務所主催のシンポジウムで「正義と平和」について発言するICC(国際刑事裁判所)締約国会議の権五坤(クォン・オゴン)議長。韓国出身の弁護士だ。4月26日、筆者撮影。
4月26日、ソウル事務所主催のシンポジウムで「正義と平和」について発言するICC(国際刑事裁判所)締約国会議の権五坤(クォン・オゴン)議長。韓国出身の弁護士だ。4月26日、筆者撮影。

――2018年から始まった朝鮮半島における対話局面の中で、韓国・米国両政府は北朝鮮政府に対し、人権侵害および状況改善の指摘を弱めている。この現状をどう見るか。

人権に関する話が完全にされなかった訳ではない。いくつかあった。例えば南北離散家族の問題、抑留された各国市民やオットー・ワームビアの話が含まれた。これは良い状況と考えられるが、もう少し包括的な人権に関する問題が含まれることが重要だ。

指導者たちが感じる平和でなく、全ての人々が感じられる「平和」に関する話が、対話に含まれるべきだと考える。さらに、こうした平和がどのような意味を持つのかについて、透明性が保障されるべきだ。

つまり、平和によって経済的な発展が起きる場合に、それが既に良い環境にある指導層のためでなく、最も貧しく最も食糧を必要とする人々を含むものになることが大切となる。そのために「平和」を話す時に、それが広範囲なものになる必要がある。

●「ねつ造と言うなら見せるべき」

――人権事務所の主な任務の一つに、北朝鮮で起きている人権侵害を記録する電子記録貯蔵所の構築がある。これは北朝鮮国内の加害者を起訴する目的にも使われるのか。また、一般にも公開されるのか。

貯蔵所の構築は、国連人権理事会の要請によるもので、とても重要なプロジェクトだ。多数の法律専門家が参加している。その重要な目的は、以前起きたことも忘れずに記録し保存するというところにある。また、将来の刑事的手続きに使うことも目的に含まれている。もちろん、我々は裁判所ではないので、いざ裁判になったら独自の捜査が別途で必要となる。だが、起訴手続きの基礎的情報として使うことができる。また、被害者保護のために公開はしない。

――北朝鮮側は今回のUPRでも同様に、一貫して「人権侵害の指摘は脱北者によるねつ造」という立場を維持している。これにどう反駁するか。

私たちは、脱北者との面談を4年のあいだ続けてきた。彼らの証言は一貫性があり信頼でき、人権侵害に関する相当な証明になると考える。もちろん、直接訪朝し、拘禁施設を訪問するなどして環境を確認できないので、総合的に大きな「絵」を把握する部分での困難さがある。

こうしたアプローチをもう少しできるならば、例えば他国でのやるように加害者とも話をすることができるだろう。だが今はそうはできない。このように北朝鮮国内への接近が制限されている部分はもどかしく思う。多様な側面から検証をしてみたい。

これは私たちが検証を避けているのではなく、北朝鮮政府でまったく接近を許さないので検証できないということだ。また、私はねつ造とは思わないが、北朝鮮政府が主張するように本当に人権侵害が全てねつ造だとしたら、我々に訪朝を許可し、本当の姿を見せれば良いだけのことだ。

5月9日(現地時間)、スイス・ジュネーブで行なわれたUPRで発言する北朝鮮の韓大成(ハン・テソン、左)駐ジュネーブ大使。国連サイトよりキャプチャ。
5月9日(現地時間)、スイス・ジュネーブで行なわれたUPRで発言する北朝鮮の韓大成(ハン・テソン、左)駐ジュネーブ大使。国連サイトよりキャプチャ。

●「言論・表現の自由」はタダ

――今すぐ北朝鮮が採ることができる人権改善政策に何があるか。

まずは、国際人権専門家の訪朝を受け入れ、人権状況をモニタリングできるようにすることがある。私たちの役割は批判の他に支援もある。状況を変えるために私たちの支援を受け入れるのならば、国際社会には関連する専門家が多いので、そうした人を活用できる。

また、北朝鮮国内には言論の自由、表現の自由、情報の流通に対するとても深刻な監視と制裁があるが、これを解除することが人権状況を改善する大きな助けになる。北朝鮮の国民も、より正確な情報に接することができるようになる。これは費用が一切かからないことなので、今すぐできることでもある。

そして、拘禁施設の中で起きている深刻な人権侵害を解決することも優先順位と言える。政治犯収容所だけでなく、他の一般的な拘禁施設でも人権侵害が起きている。

最後に、日本の市民にも関連があることだが、日本や韓国の国民を含む国際的な拉致被害者の問題も、北朝鮮政府の意志さえあれば解決できる問題と言える。

●韓国政府は変わったが、国連は変わらず

――韓国は時の政権と政治状況によって北朝鮮政策ががらりと変わり、北朝鮮人権問題への態度もここに含まれる。さらに北朝鮮をめぐっては「南南葛藤」と呼ばれる左右の対立がある。これをどう見るか。

韓国内で政治的に北朝鮮人権問題が扱われているのは事実だ。とはいえ、韓国がどんな状況であろうと、北朝鮮国内の人権侵害は存在しており、相当に深刻であることに変わりはない。この状況については皆が知っていると見る。

ただ、どんな方法論を採るべきという点で、それぞれ意見が異なるようだ。私たち国連人権事務所の立場としても、多様な立場、多様な観点があるということを認識している。しかし、国際社会が作った基準と規範があるので、それに依拠してこの問題を扱うべきとの立場を私たちは維持している。

18年9月19日夜、北朝鮮・平壌の中心部にある「5月1日競技場」で、15万人の平壌市民を前に手を取り合う南北首脳。この写真に写る市民一人ひとりにかけがえのない人権がある。写真は合同取材団提供。
18年9月19日夜、北朝鮮・平壌の中心部にある「5月1日競技場」で、15万人の平壌市民を前に手を取り合う南北首脳。この写真に写る市民一人ひとりにかけがえのない人権がある。写真は合同取材団提供。

――文在寅政権になって、北朝鮮人権問題に消極的との批判が人権団体や脱北者たちから強く提起されている。国連人権事務所の活動に変化はあったか。

北朝鮮に対する韓国政府の姿勢に大きな変化があったというのは誰もが知っている話だ。北側と対話をする動きの中で、人権や責任究明に関する部分に触れる部分が少なくなったことは、私だけでなく、皆が知っていると思う。

しかし、国際社会から権限で委任され任務を遂行する私たち国連人権事務所にそうした「変化」が影響をもたらすことはない。

社会における北朝鮮人権問題についての認識の拡大や改善のための技術協力、人権に基づく人道主義的支援などすべてを以前のように扱っているため、政府の基調とは別に、仕事は以前と変わりなく行っている。

●人道支援と人権の関係は「ある」

――韓国政府は国連機関を通じた人道支援を決め、さらに直接支援に乗り出すとの噂もある。人道支援と人権の関連性については、どんなものがあるか。

人道支援と人権には関係がある。まず、どんな状況にあっても、(生存に必要な)基本的な必要量すら確保できない人々を助ける必要がある。その上で、国連や国連事務所が、人道支援を行うにあたり人権の原則を守るべきだと考える。

そして適切な種類の支援が、正しい方法を通じ、必要とする人々に届いているのか監督する制度が常に必要となる。最も脆弱な人々を支援することができるのか、確認することが大切だ。さらに支援を提供する際に、男性、女性、児童に関わらず、どこに住むのか、どんな人なのかで差別されずに支援を受けられること、つまり「必要」に基づき支援が提供されることが重要だと考える。

また、人権を語る際に社会権(経済・社会・文化的権利)など、基本的な生活を営む権利が含まれる。こうした権利を実際に保障すること、つまり人々がみずから家族に食糧を提供し、子どもを学校に通わせる基本的な生活を営む環境を作るのは当事国政府の責任だという視点が必要だ。

そしてこれは自由権(政治的・市民的な権利)とも関係がある。移動の自由や教育を受ける自由の存在など、人道支援と人権の視点は互いに関連している。

シーナ・ポールセン(Signe Poulsen)所長。21日、筆者撮影。
シーナ・ポールセン(Signe Poulsen)所長。21日、筆者撮影。

●北朝鮮社会の発展に人権は必須

――北朝鮮の人権問題が国際的に提起されて優に20年以上が経つが、改善には足踏みが続いている。改善、解決への糸口は。

残念なことに、遥か以前に市民社会などによって北朝鮮人権問題が提起されたにもかかわらず、北朝鮮内部の住民は今も多くの困難に直面している。もちろん、20数年前の飢餓などの水準ではないが、依然として市民としての政治的な権利をはじめとする多くの権利が制限され、政府による監視も存在している。解決すべき問題が多い。

この点、北朝鮮政府は自国民に対する責任を負うことを認識し、そのためには人権や法治主義を尊重しながら国家を運営するべきだ。北朝鮮国内で住民たちが政府に反する意見を持ったとしても、多様な意見を主張する自由が保障され、そうした意見を通じ、建設的な方式で北朝鮮の社会を発展させていくべきだ。現在、北朝鮮政府みずからが目標と表明している、豊かな経済と社会を作るためにも、こうしたメカニズムは必須だと考える。

――最後に、国連人権事務所の今後1〜2年の短期的な目標について教えて欲しい。

まず、責任究明の側面からは電子貯蔵所を構築した上でできるだけ多くの情報を含め、これをよく活用できるようにするのが目標となる。次に、北朝鮮の人権状況を正確にモニタリングし、理解し、それを基に改善勧告を提示することとなる。最後に、国際社会が北朝鮮内部で起きている深刻な人権侵害を忘れずに、北朝鮮住民の生活を改善するための努力を支援することが挙げられる。(了)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

徐台教の最近の記事