国連で5年ぶりに北朝鮮人権「審査」…問われる韓国および各国政府の立場
9日午後、スイス・ジュネーブで北朝鮮の人権状況をチェックする大きな会議が開催される。その背景と見どころを整理した。北朝鮮の改善勧告の受け入れに加え、韓国政府の姿勢に注目が集まっている。
●北朝鮮人権問題、そしてUPRとは
UPR(Universal Periodic Review、普遍的定期審査)は国連人権委員会に所属する193の国家すべてが4年半に1度ずつ人権状況のチェックを受ける制度で、2008年から導入された。特定の国の人権状況だけを取り上げる過去の制度を「政治的」とする批判を経て生まれた。日本も17年11月にUPRを受けている。
その特徴は「相互対話」にある。対象国の政府代表団が自国の報告書内容を説明し、他国の代表たちの主張や指摘、改善方向の提示を聞いたあと、改善勧告のうち今後4年間で実現させる内容を公開する。
今回、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)のUPRは日本時間9日夜9時から3時間半にわたって、ジュネーブで行われる。内容はすべて生中継される。結果を臨時にまとめた報告書は5月14日に採択され、さらに検討を加えた公式報告書は9月に出る予定だ。
生中継リンク(国連サイト)
北朝鮮のUPRは過去、09年12月と14年5月に行われた。09年には167項目の人権改善勧告案のうち、北朝鮮政府は81項目を取り入れた。また、14年には、やはり269項目の勧告案のうち、117項目を受け入れ、83項目を拒否している。
UPRの効果はある。北朝鮮は14年のUPR当時、国連児童権利条約(CRC)選択議定書への署名を勧告されたが、同年9月、これを実施している。また勧告のNGO「北朝鮮人権情報センター(NKDB)」によると、UPRを境に北朝鮮住民が人権侵害を訴える「申訴」制度ができたとする。
だが。その間、北朝鮮政府は一度も人権状況をモニタリングするための国連の特別報告官やNGOの訪問を受け入れていない(9日午後23時追記:2017年5月に障碍者権利条約の特別報告官を受け入れています。なお、北朝鮮人権特別報告官は受け入れていません)。その対応についても、内容の伴わない法整備を行うにとどまると物足りなさを指摘する批判的な声が多いが、それでも北朝鮮が人権対話に乗り出していると肯定的に捉える見方もある。
○北朝鮮人権問題とは
北朝鮮の人権問題は広範囲にわたる。一般的に知られているのは「政治犯収容所(管理所)」の存在などがある。その詳細については、毎年開催される国連人権委員会により「思想・表現および宗教の自由の制限、政府統制による食糧権の侵害、移動・居住の自由の侵害、非司法的/恣意的な拷問・拘禁・処刑、強制失踪と政治犯収容所、連座制の適用、強制労働」などと分類されている。
また、2014年には、国連の北朝鮮人権特別委員会(COI)により、90年代から提起され続けてきた北朝鮮人権問題の集大成とも言える、約700ページの北朝鮮人権報告書が発刊されている。この報告書では北朝鮮で行われる人権侵害について、「多くが反人道的犯罪であり、(北朝鮮の)政治体制の必須要素となっている」と指摘している。
外務省日本語仮訳リンク
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html
なお、国連人権委員会では今年3月、12年連続で北朝鮮人権非難決議案が採択される一方、国連総会でも昨年12月、14年連続で同様の決議案が採択されている。
●焦点(1) 韓国政府は抑留者に言及できるか
UPRの本会議に先立ち、国連人権委員会と北朝鮮政府はそれぞれ報告書を出している。その項目は多岐にわたるが、韓国社会の北朝鮮人権問題専門家の間では、今年の見どころを「二つある」とする声が多い。
北朝鮮人権運動を約20年にわたって続け、韓国の代表的な専門家の一人でソウルをベースとする国際NGO「転換期正義ワーキンググループ」の李永煥(イ・ヨンファン、41)代表は今月3日、筆者のインタビューに対し「韓国政府の立場と、労働搾取の問題に切り込めるのかがポイント」と語った。
李代表はまず、「会議に出席する韓国の外交部代表が、北朝鮮に抑留されている韓国民に言及できるのかが大切」とする。現在、明らかになっているところによると、金正恩政権になった2011年12月以降、北朝鮮に抑留されている韓国国籍の人物は6人にのぼる。
昨年3度行われた南北首脳会談や、高官級などの実務接触でもその安否や送還について話題にのぼるのかに関心が集まっていたが、公に言及されたことはなかった。韓国の統一部や外交部は今もその安否を明かしておらず、17年1月の就任後、3人の抑留者をいずれも帰国させたトランプ大統領と対比される。
李代表はまた、「6人のうちの一人は健康状態が非常に悪化しているとされる。何かあったりする場合、パク・ワンジャ氏の事件よりも南北関係に大きな衝撃をもたらすだろう」と警告する。
パク・ワンジャ氏は2008年7月に観光で訪れていた北朝鮮・金剛山で、既定のルートを外れた場所を散歩していたところ、北朝鮮兵士に射殺された。この事件をきっかけにそれまで約200万人が訪れていた金剛山観光は中断され、今に至る。
●焦点(2) 労働搾取・政治犯収容所の問題に切り込めるか
米メディア「ボイス・オブ・アメリカ」によると、米国は今回のUPRに先立つ事前質疑書の中で「北朝鮮で起きている拷問と強制労働など反人倫的な人権問題」を提起している。
「北朝鮮の刑法では拷問や残酷で非人間的かつ侮蔑的な待遇や処罰を禁止しているが、こうした出来事が北朝鮮の政治犯収容所や別の収監施設で続いている」というものだ。
米政府はさらに、「収監施設にどれだけの収監者がいて、毎年何人が死亡するのか、最近数年間に収監者の規模にどれだけ変化があったのか」、「政治犯たちが木の伐採や炭鉱、農業、製造業などで強制労働させられている」と指摘する。
李代表はこれに関し、「今回のUPRでは労働搾取の問題に切り込めるのかも大事だ」と前置きした上で、「北朝鮮では青少年や若い兵士を『労力動員』や『突撃隊』といった名目で、経済建設に動員し無償で労働させる。これは明らかに政府による労働搾取であると指摘するべき」というのだ。
また、「政治犯収容所にも同様の視点を適用できる」とする。現在、全国5箇所に約8~12万人(韓国・統一研究院による)が収監されているとされる政治犯収容所の本質の一つは、そこで行われる無償労働にあるという見方だ。管理書は住民に恐怖を与え、抑圧するための存在であると同時に、こうした側面があることは見逃せない。
李代表はこれらの問題の解決策の一つとして「ILO(国際労働機関)に加盟し、同機関が定める最低基準を適用すること」を提案する。「働いた分の報酬を渡すように変わらなければならない」という指摘だ。
これについて、世界的な人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」では、今回のUPRに合わせ2019年1月に発刊した資料の中で「北朝鮮内外の国営機関で働く全ての人物が、移動の自由に対する権利、自身と家族が良質な生活を送れるようにする公正な賃金に対する権利など、自身の権利について告知されるよう保証されなければならない」と北朝鮮政府に勧告している。
労働搾取の問題は、数ある北朝鮮の人権問題のうち、国家の有り様と関わる本質的な問題として重要視されてきた。ILOへの加盟、という数年来主張されてきた解決策の実現に向けた、具体的なアクションが今回のUPRで可視化するのか注目される。
●各国政府の立場 韓国「人権は優先順位ではない」
UPRを控え、各国政府の立場はどうか。
韓国外交部の康京和(カン・ギョンファ)長官は5月3日に行われた海外メディア向け会見で、「北朝鮮人権問題に対する国際社会の努力について、韓国政府も積極的に参加し支持してきた。さらに北朝鮮が様々な国際機構と積極的に対話をするように呼びかけている」とする一方、「しかし政府は今、非核化と平和体制を論じるテーブルに、北朝鮮を対象に人権問題を載せることは優先順位でないと考える」と明かした。
この発言は保守紙を中心とする韓国メディアに大きく取り上げられ、猛批判を浴びた。もっとも、これは文在寅政府とさらに、トランプ大統領(米政府は別)の立場でもある。背景には人権問題をテーマにすると対話が決裂するという「恐怖」、そして「遠慮」がある。
韓国は現在、47の国連人権委員会会員国に含まれないため、9日のUPRの場で、公に発言する機会がない。だが、前出の李代表は「現場での発言は可能」とする。韓国政府が発言を行うのか、さらにその場合に前述したような「抑留者の問題に言及できるのか」が韓国政府の「本気」を測る物差しとなる。
一方の米国は、前掲した「事前質疑書」の他にも6日(現地時間)、国務省報道官名義の声明を発表している。「数十年のあいだ、北朝鮮政権は住民の自由と人権に対しひどい侵害を加えてきた」と北朝鮮政府を非難した。
この声明は、米国でNGOを中心に行われる毎年恒例のイベント「北朝鮮自由週間」に合わせて出されたものだ。「政治犯収容所に約10万人が閉じこめられ、(収監者の)家族と子供まで苦痛を受けている」といった事例に対し、「深刻な憂慮を表明する」など、米政府の強い立場を示している。
なお、日本政府は今年3月の国連人権委員会において、過去11年間続けてきた非難決議案の提出を見送っている。その理由について菅義偉官房長官は「(2月末の)米朝首脳再会談の結果や、拉致問題を取り巻く諸情勢を総合的に勘案した結果だ」と説明している。
●北朝鮮政府「制裁のため」
当事者の北朝鮮政府は、BBCニュースが伝えたところによると今年4月、UPRに先駆け国連人権委員会に提出した報告書の中で、「自国の人権保護能力が、国連人権委員会や一部の国家による『残酷な』北朝鮮制裁により、深刻な障害と挑戦に直面している」との立場を示している。
同政府はまた、昨年の国連総会の際には「決議案で言及された人権侵害の事例は全く存在しないもので、(一部の脱北者による)でっちあげだ。全面的に拒否する」と否定している。
なお、北朝鮮は2014年9月、『朝鮮人権研究協会』による人権報告書を独自に発表している。これは同国史上、初めてのことだ。報告書では人権問題について、やはり「米国とその追従勢力たちにより捏造されたもの」と見なした上で、「内政干渉・制度転覆のための反共和国的人権騒動」と規定している。
さらに、「社会的集団を離れた孤立的、個別的な人々の人権問題は存在しない」との見方を示し、「人権とは国権」、「人権とは国家の自主権」と主張することで「国際人権機構の内政干渉的な行為に対して絶対に許容しない」と断じている。
●「新たな一歩」になることを願う
見てきたように、北朝鮮人権問題への視座は「各国間のカードとしての存在」と、「それ自身で常に追及されるべきもの」という原則論の間で行き来している。
この二面性は、民族分断を抱える韓国でより鮮明になる。
前述した康京和長官の「優先順位ではない」というコメントと、2014年の国連安全保障理事会で、当時の呉俊(オ・ジュン)国連大使による「韓国の人たちにとって、北朝鮮の住民は単なる『誰か』ではない。たとえ今は彼らの声を聞くことはできなくとも、私達は彼らがたった数百キロの距離にいることを知っている」という発言は対照的だ。
本来ならば人権は「国際政治のカード」であってはならない。
しかし見てきたように、実際は文政権も、トランプ政権も、安倍政権も、金正恩政権もすべて「それぞれの目的に合った発言と行動」を繰り返しているだけに過ぎない。この「まやかし」については、必ず指摘しておきたい。人権侵害に遭っている当の北朝鮮住民は無視され続けている。
今回のUPRによって、昨年来続く北朝鮮との一連の非核化対話の中、なおざりにされてきた人権問題が関連国の間でどういったポジションを得るのかが決まるだろう。
果たして、今後も続くであろう非核化対話の中で、北朝鮮の人権問題が無視され続けることになるのだろうか。それとも、しっかりとした対話の枠組みを作る第一歩になるのか。筆者は後者になることを切に望む。