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そのタバコ、凶暴につき  「ライト」なタバコは肺腺がんの増加要因

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
そのタバコ、最後の一本にしませんか。(写真:アフロ)

軽いタバコの罠

タバコが体に悪いことは、今や誰もが知っている。そうは言っても、ニコチンには強い習慣性があるため、簡単には止められない。「ライト」とか「スーパーライト」とか書いてあるフィルターに小さな通気孔がついているタバコなら、外気で煙も薄まるだろうし、タールも少ないようだから、まだましだろう。日本で暮らしていた25年ほど前までの私も、そう思って「軽いタバコ」に手を伸ばしていた。

しかしアメリカの公衆衛生当局は、15年以上前から「低タール」、「ライト」なタバコの方が健康被害が少ないというタバコ会社の主張は危険だと考えていた。90年半ばから積極的にタバコ規制に取り組んできたアメリカでは、喫煙者が減るに従って他のタイプの肺がんが減少を続けているのに、多くが肺の奥の方から発生するこの肺腺がんだけは増加傾向だった。研究者や公衆衛生の専門家らは、アメリカでは50年前に導入されたいわゆるライトタバコに疑いの目を向け、研究を続けてきたのだ。

そして先月、オハイオ州立大学総合がんセンターをはじめとする大学やがんセンターの研究者らが、通気孔つきフィルターのタバコが、肺腺がんの増加に関連しているという研究結果を発表した。

肺腺がんは、今や肺がんの中でもっとも一般的なタイプで、先日亡くなった女優の野際陽子さんや、歌舞伎役者の中村獅童さんの肺がんも、腺がんである。がんには様々な要因があるので、非喫煙者で肺腺がんに罹ってしまう例も少なくないが、「だからタバコはそれほど関係ない」なんて夢にも思わないでほしい。大多数の肺腺がん罹患者は喫煙者である。

「ライト」、「低タール」の意味

アメリカのタバコ産業は、機械に吸わせたタバコの煙を測定し、発がん性物質が含まれるタールが7ミリグラム以下はウルトラライトとか、ウルトラ低タールと呼んでいる。普通のタバコだとタールが15ミリグラム以上なので、ウルトラライトの方が害が少ないと言われると、つい納得してしまいそうだ。

しかし実際に人間がタバコを吸うときには、気づかぬうちに通気孔を唇や指でふさいでしまったり、有害物質が溜まる根元まで吸ってしまったりと、肺に吸い込まれる有害物質の量は機械測定の数字通りにはいかない。タバコの煙にはタール以外にも60以上の発がん性物質が含まれているのだ。

それだけではない。上記の研究を率いたオハイオ州立大学総合がんセンターのシールズ医師によれば、ライトタバコはフィルターに通気孔があるためにタバコの燃焼が変化して、より多くの発がん物質が発生し、また深く吸うので煙が肺の深部まで到達する。肺の奥で発生する肺腺がんが増えていることと符号するのだ。

タバコ被害を減らすために

アメリカでは2009年にオバマ大統領が「家族の喫煙予防とタバコ規制法」を制定し、米国食品医薬品局(FDA)にタバコ規制の権限を与えて規制をしやすくした。またこの法により、「ライト」や「低タール」といった誤解を招くような製品ラベルは禁じ、逆にタバコの潜在的な有害性や成分をわかりやすく示す大きな警告ラベルを表示することが義務付けられた。

しかし今回の研究結果により、ライトタバコに対する規制強化を求める声はさらに高まりそうだ。シールズ医師は、「データが過去20年間の通気孔付きフィルタータバコと、肺腺がんの増加を関連を明確に示した」ことから、FDAは通気孔使用の完全禁止を含めた規制強化を即時に実施する義務があると主張している。

一方、具体的に「ライト」といった製品表示を禁ずる規制のない日本ではどうだろうか。JT(日本たばこ産業)のウェブサイトを見ると、「マイルド」や「ライト」は商品の味・香りの特徴をわかりやすく伝える「形容的な表示」、JT側には自らの意見を表明する権利がある形容的表示の禁止は消費者の商品選択上の情報を奪い、混乱を招く不適切なもので、これを規制するのは過度な規制だと説明している。

その上で、「日本においては、たばこ事業法に基づく財務省令により、このような形容的表示を使用する場合には消費者に誤解を生じさせないための文言を包装に表示することが義務付けられており、私たちは、当社製品に法令に基づく適切な文言の表示を行っています」とのこと。

受動喫煙防止法案でさえ国会提出が先送りになってしまう国では、消費者が自分の健康は自分で守るという高い意識と強い意志を持たなければならないようだ。

肺がんだけの問題じゃない

タバコとがんといえば、すぐに思い浮かぶのは肺がんだが、食道、膵臓、肝臓、腎臓、胃、大腸、膀胱、急性骨髄性白血病など様々ながんのリスク要因にもなる。幸運にもがんを発症せずにせっかく長生きしても、慢性閉塞性肺疾患になっては文字通り息苦しい老後になってしまう。

また父親または母親の喫煙習慣は、たとえそれが妊娠前の喫煙習慣でも子供の小児白血病の発症因子になるという研究結果もある。

アメリカではタバコに起因する病気による成人の医療費は年間1700億ドル(約19兆円)、受動喫煙を起因するものを含め、生産性の損失は1560億ドル以上(約18.4兆円)だ。個人レベルで恐縮だが、私もアメリカに移って禁煙に成功した後は、それまでにずいぶんと無駄なお金をタバコ代につぎ込んだなあと後悔した覚えがある。

受動喫煙防止に反対する一部の政治家の方々にはタバコのご利益があるのかもしれないが、私たちにとってはタバコはまさに百害あって一利なし。しかも習慣性があるので、なかなか足を洗えない。でもすべてのタバコは凶暴につき、喫煙者は何とかがんばって禁煙してみませんか。自分の健康のためであり、あなたの健康を望んでいる家族や友人を安心させることにもなります。

非喫煙者の皆さん、禁煙は簡単ではありません。身近に禁煙チャレンジャーがいたら、ぜひタバコ以外の楽しみを共有しながら、力の限り応援しましょう。元喫煙者の皆さん、禁煙した時の苦労を思い出して喫煙チャレンジャーをはげまし、未成年者には将来おなじ苦労をさせないよう、「いくつになっても、タバコはダメ」と伝えましょう。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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