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クアッドがインド太平洋地域の子宮頸がん対策 医療アクセスあるのに子宮頸がんが減らない日本

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
日米豪印の首脳会談で、インド太平洋地域の子宮頸がんを減らす取り組みを発表(写真:ロイター/アフロ)

日米豪印の「がんムーンショット」

 9月21日(日本時間22日)に日米豪印の4カ国によるクアッド首脳会合が米国で開催され、海洋安全保障協力に加え、新興技術の開発やサイバーセキュリティー、災害支援や国際保健での協力を進めることなどの共同声明を発表した。 

 国際保健の分野について、米国政府はかねてよりバイデン大統領が力を入れてきたがん対策で「クアッド4カ国がインド太平洋地域のがん罹患や死亡を減らすための『がんムーンショット』を始動」と発表した(注1)。

 2015年に長男を脳腫瘍で失ったこともあり、バイデン大統領はジル夫人とともにがん対策に注力してきた。壮大なスケールで挑むといった意味合いの「がんムーンショット」イニシアチブは、米国連邦政府機関だけでなく、民間企業や大学等の研究機関、諸外国との協力、連携のもと巨額の資金を投入し、米国内外のがん征圧に向け、あらゆる分野のがん研究やがん医療を大きく前進させようとする広範な取り組みだ(注2)。

最初の課題は子宮頸がん対策

 日米豪印のクアッド・がんムーンショットの最初の取り組みは、子宮頸がん対策。米国の政府発表によれば、「子宮頸がんはワクチンで予防でき、早期発見できれば治療も可能だが、インド太平洋地域の女性では3番目に死亡が多いがん。しかしワクチン接種を受けている女性も、子宮頸がん検診を受けている女性も10%未満」であり、クアッドが協力してHPVワクチン接種を促進し、子宮頸がん検診へのアクセスや、子宮頸がんの治療選択肢の拡大に取り組むという。

 医療資源が乏しくHPVワクチンや検診、治療へのアクセスが不十分なインド太平洋地域に住み、子宮頸がん罹患率や死亡率が高い状況にある女性達に、クアッドが支援の手を差し伸べる形だ。

 例えば、低所得国のHPVワクチンを含む予防接種率向上を目指すGaviに対し、米国は5年間で15億8千万ドルの拠出を約束する。オーストラリアもインド太平洋地域での子宮頸がん撲滅共同体の予算を拡大し、インドは760万ドル分のHPV検査キットやワクチンを提供。日本も約270万ドル分のCTやMRI機器などの医療機器を提供するほか、各国および各国の非政府団体も技術支援などを行うことになっている。

医療資源があるのに子宮頸がん罹患率が高い日本

 米国政府が日本の状況をどれだけ認識しているかはわからないが、インド太平洋地域で子宮頸がん死亡率が下がっていないのは、低所得国だけではない。残念ながら日本もHPVワクチン接種の積極的推奨を再開したものの、接種率は伸び悩んでいる。

 大阪大学の研究によれば「個別案内を受けた世代(2004~2009年度生まれ)では平均16.16%、積極的勧奨が再開された世代(2010年度生まれ)では2.83%と、積極的勧奨再開後も接種率が回復していない」ことが明らかになった(注3)。

 日本の子宮頸がん罹患率は人口10万人あたり16.8例(2019年)で、子宮頸がん検診の受診率も43.6%(2022年)と低く、毎年およそ3000人の女性が子宮頸がんのために死亡している(注4)。世界保健機関(WHO)が子宮頸がん撲滅のために必要と設定した、HPVワクチン接種率で90%、スクリーニング検査率で70%という水準からは、かけ離れている。

クアッドの子宮頸がん征圧先進国

 クアッドの一員であるオーストラリアは、世界でもトップを走る子宮頸がん征圧先進国だ。同国ではHPVワクチンの学校接種を行っているので、85.9%の女子が15歳までに少なくとも1回のワクチン接種を受けている(ちなみに、男子の接種率は83.4%)。

 オーストラリアは子宮頸がん征圧の国家戦略として、ワクチン接種率目標を90%に、スクリーニング検査率を70%に引き上げ、子宮頸がん罹患率を人口10万あたり7.1例(2022年)から、2035年までに子宮頸がん排除レベル(10万人に対し4例以下)まで下げる計画だ(注5)。

 一方、米国では、子宮頸がん検診の受診率は73.9%と高いものの、ほとんどの州でHPVワクチンの学校接種は行っていない。接種率は毎年少しずつ上がっているものの、米国でのHPVワクチン接種率は女子で58.6%、男子で56.6%(2022年推計)と、オーストラリアよりは低い。

 それでもアメリカがん協会によれば、20歳から24歳の米国女性の浸潤子宮頸がん罹患率を、HPVワクチン導入前の2005年と導入5年目の2012年で比較すると24%の低下、さらに2012年と多くがHPVワクチン接種世代になった2019年と比較すると、65%という大幅な罹患率低下が見られた(注6)。米国の子宮頸がん罹患率は、人口10万人に対し7.6例と、日本よりはるかに低い水準だ。

日本は子宮頸がん征圧を目指せるのか?

 日本では長い間HPVワクチンの推奨を停止していたため、その間に接種機会を逃した女性に無料で受けられる「キャッチアップ接種」を特例で実施しているが、特例が終了する来年3月までに3回の接種を完了させるには、この9月中に1回目の接種を済ませておく必要がある(注7)。

 各自治体や医療者らが、HPVワクチン接種や子宮頸がん検診受診の啓発に取り組んでいるものの、状況が大きく改善しているようには見えない。無料で「キャッチアップ接種」が受けられる特例は来年3月で終了し、女子へのHPVワクチン定期接種に消極的な親も少なくない。男子へのHPVワクチンは無料の定期接種ではなく、自治体の補助がない地域での任意接種は高額だ。

 先進国の中でもトップレベルの医療アクセスを持つ日本。そして医療資源の少ない地域を助ける立場の日本で、子宮頸がん罹患率が他の先進国の2倍以上でありつづけるのは不条理だ。日本で子宮頸がん征圧を目指すには、若い女性達が自分の健康を守る観点から、信頼できる情報をもとにHPVワクチン接種と子宮頸がん検診受診をセットで主体的に判断、行動していくしかない。

参考リンク

注1 Fact Sheet: Quad Countries Launch Cancer Moonshot Initiative to Reduce the Burden of Cancer in the Indo-Pacific | The White House

注2 Cancer Moonshot | The White House

注3 積極的勧奨再開も効果薄? 伸び悩むHPVワクチン接種率 - ResOU

注4 子宮頸部:[国立がん研究センター がん統計]

注5 National Strategy for the Elimination of Cervical Cancer in Australia | Australian Government Department of Health and Aged Care

注6 Incidence Drops for Cervical Cancer But Rises for Prostate Cancer | American Cancer Society

注7 HPVワクチンの接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~|厚生労働省

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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