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子宮頸がん予防だけじゃない HPVワクチンで男性の中咽頭がんリスクも大幅減

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
口の奥にできる中咽頭がんは男性に多く、HPV16型が原因で発症することも。(写真:イメージマート)

HPVワクチン接種率80%を目指す米国

 米国では8月がワクチン接種の啓発月間。9月に学校が始まる前に、はしかや破傷風など各州が定めた予防接種を受けておかないと子供たちが幼稚園や公立学校に通えないので(注1)、にわかに小児科や薬局が忙しくなる(米国では薬剤師も予防接種を行う)時期でもある。

 HPVワクチン接種を公立学校に通うための条件に定めているのは、今のところワシントンD.C.、ロードアイランド州、ハワイ州、バージニア州だけだが、米国疾病予防管理センター(CDC)は11歳から12歳の男女に対し、9価のHPVワクチンを6カ月から12カ月の間隔で2回接種することを推奨している。

 CDCの推計によれば、2022年の段階で米国女子のHPVワクチン接種率は60.7%で、男子は56.6%(注2)。男子の接種率は女子より低いものの、年々上昇している。オーストラリア、カナダ、英国、スウェーデン、ノルウェー、ポルトガルなどでは男女ともにHPVワクチン接種率が80%前後に達しており、米国も2030年までに接種率80%の目標を掲げている。

 HPV(ヒトパピローマウィルス)感染で発症するがんには、子宮頸がんだけでなく、男性に多いのど(中咽頭)のがん、そして肛門がん、女性の外陰がん、膣がん、男性の陰茎がんもある。子宮頸がんの撲滅だけでなく、こうしたがん予防のために、すでに59カ国で男女へのHPVワクチン接種が推奨されている。

リアルワールドデータでHPVワクチンの効果を検証

 先進国ではHPVワクチンが導入されて16年あまりが過ぎ、ワクチンの効果をリアルワールドデータ(日常の診療から得られたデータ)で検証できる時期に入っている。今年1月にも、スコットランドから「14歳未満でHPVワクチン接種を受けた女性には、子宮頸がんの発症がなかった」という研究結果が発表され、注目を集めた。

 そして5月に開催された2024年米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会では、米国に住む340万人あまりの大規模な医療データ分析から、子宮頸がんだけでなく、男性が発症しやすい中咽頭がんに対するHPVワクチンの効果を示す研究結果が発表された(注3)。

 この観察研究では、2010年から2023年までに全米の医療機関で何らかの予防接種を受けた9歳から39歳までの人の医療記録をもとに、HPVワクチン接種を受けた人と未接種の人にグループ分けし、中咽頭がんや子宮頸がんを含むHPV関連のがん発症状況などを分析。対象データのうち半数はHPVワクチン接種者で、その内訳は男性が約76万人、女性が約94.6万人だった。

男性に多い中咽頭がんで顕著な予防効果

 分析の結果、男性でHPV関連のがんを発症した割合は、HPVワクチン接種を受けた男性で10万人あたり3.4例だったが、未接種男性では7.5例だった。特に中咽喉がんを含む頭頸部がんの発症では、接種済み男性が10万人あたり2.8例だったのに対し、未接種者では6.3例と、HPVワクチン接種が頭頸部がん発症リスクを大きく下げることが示唆された。

 中咽頭がんは圧倒的に男性に多い。飲酒や喫煙も要因となるが、HPV感染により比較的若い年齢で発症する中咽頭がんは早期発見が難しく、世界中で増加傾向にある(注4)。手術や化学療法、放射線療法で治療できるが、治療に伴いQOL(生活の質)が低下することもある。中咽頭がんの原因となるHPV型は大部分が16型で、2価を含むすべてのHPVワクチンでカバーしている。

HPVワクチン接種女性は子宮頸がん、子宮頸部異形成も少ない

 一方、女性のHPV関連がんの発症率は、HPVワクチン接種者だと10万人あたり11.5例に対し、未接種者では15.8例。子宮頸がん発症率についてみると、ワクチン接種を受けた女性で10万人あたり7.4例、未接種者で10.4例と、ワクチン接種者の方が子宮頸がんを含むHPV関連がんの発症率が低かった。

 また21歳から39歳で子宮頸がん検査を受けた女性のデータを対象に、子宮頸部の異常所見についても分析した。その結果、子宮頸部の高度異形成、上皮内腫瘍、高度扁平上皮内病変などの発症や、それに伴う円錐切除手術を受けた人の割合は、やはりHPVワクチン接種者の方が未接種者よりも顕著に低かった。

 さらに子宮頸がんや頭頸部がんで治療を受けた人の生存を比較したところ、5年以内に死亡した割合がワクチン接種者では3.143%で、未接種者の9.429%を大きく下回るという結果となった。この研究を行ったトーマス・ジェファーソン大学の耳鼻咽喉科学教室のジェファーソン・デクロー研究員は、「HPVワクチンはがん予防が目的なので、この結果に驚いた。ただし、接種を受けた人はがん検診を受ける率が高いとデータで示されているため、検診による早期発見が生存率に影響した可能性もある」と、ASCOの口頭発表で説明している。

 一方、HPVワクチン接種の有無による子宮頸がんの発症率の差異について、この研究では9歳から39歳までの対象者が何歳で接種を受けたかは考慮していないこと、より多くのワクチン接種者が子宮頸がん検査を受けていることで、結果的にがんの発見が多くなった可能性もあると言及した。

米国では45歳まで接種が可能だが、10代前半での接種が最適

 米国では2018年から、45歳までの男女がHPVワクチンを接種できるようになっている。ただしHPVワクチンでは、すでにHPVに感染した細胞を体内から排除することはできないので、接種前にがん発症に関連するHPV型に感染していた場合は、ワクチン接種を受けてもそのHPV型に関連するがんを発症する可能性は残ってしまう。そのためセクシャルデビューをする前で、HPV感染のない10代前半での接種が最も効果的だ。

 今回のデータ分析では、一般的にがんの発症が高くなる40歳以降の患者や、HPVワクチンを受けた年齢別の分析等が含まれていないことから、研究者は今後もさらに調査研究を続けていく考えだ。

参考リンク

注1 各州法により、米国の子供たちが幼稚園や公立学校に通うのに義務付けられている予防接種(英文リンク)

注2 米国のHPVワクチン接種率推計(英文リンク)

注3 Risk Reduction from HPV Vaccination Goes Beyond Cervical Cancer | ASCO(プレスリリース、英文リンク)

注4 HPV関連中咽頭がん 世界で急増中!ワクチン接種が“予防の要” 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 (jibika.or.jp)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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