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6月は子宮体がん月間です スクリーニング検査がなく、若年患者も増加傾向

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
子宮体がんは増加中。6月は子宮体がん啓発月間です。(画像はIGCS作成、提供)

増加する子宮体がん

 がん予防策や治療の向上により、がんの発症率や死亡率は年々下がる傾向にあります。米国の場合、2015年から2019年までの女性特有のがんによる死亡率は、年あたり平均で卵巣がんは3.3%、乳がんは1.2%、子宮頸がんは0.8%低下しました。ところが、子宮体がんの死亡率は逆に1.9%の割合で年々増加しているのです(注1)。

 子宮上部にできるのが子宮体がんで、子宮内膜から発生することが多いので子宮内膜がんとも呼ばれます。入り口にできる子宮頸がんとは異なり、HPVワクチンや自治体が実施している子宮がん検診は、子宮体がんの予防策ではありません。

 子宮体がんの発症には、ヒトパピローマウイルス(HPV)ではなく、女性ホルモンのエストロゲンが深く関わっています。一般的には更年期前後から発症が増えますが、初経が低年齢になり妊娠未経験などでエストロゲンの影響を受ける期間が長期化することや、乳がん治療などによるタモキシフェン摂取なども子宮体がんのリスク要因になります。

 さらに世界的な子宮体がん増加の大きな要因に、肥満が挙げられます。脂肪細胞はエストロゲンを分泌、貯蔵するからです。子宮体がんの初期症状には不正出血があるので自覚しやすく、初期で発見される場合も多いのですが、治療の基本は子宮と卵巣・卵管の摘出手術です。早期発見で治癒率が高い一方で、手術により妊娠できなくなってしまいます。

米国臨床腫瘍学会(ASCO)でも注目

 今年5月30日からシカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会でも、子宮体がんに関する研究が注目すべき内容として、口頭発表で取り上げられました。一つは、カリフォルニア大学アーバイン校の研究者らが、2001年から2018年の米国がん統計や全国健康栄養調査等のデータ分析を通して、子宮体がんの増加と肥満の強い関連を明らかにした研究です(注2)。

 米国成人の肥満率は2000年頃には30.5%でしたが、2018年には42.4%へと増加しています。さらに過去20年の間で、特に子供を産む若年層でも子宮体がんの発症率が上がっていることがわかりました。具体的には29歳までの人で137.5%、30歳から39歳までの若年層で71.1%も上昇していたのです。

 日本の30代、40代女性の肥満率は15%から16.6%(2019年、厚生労働省調査)と比較的低いですが、50代では20.7%、60代では28.1%ですから、中高年女性は体重管理に注意が必要と言えそうです(注3)。

若年で早期ならホルモン療法で妊よう性温存も?

 もう一つの研究結果は、神奈川県立がんセンター・婦人科医長の鈴木幸雄氏が、博士研究員として在籍したニューヨークのコロンビア大学産婦人科で実施した「早期子宮体がんのホルモン療法利用と長期生存」に関する研究結果です(注4)。

 この研究では米国がんデータベースをもとに、2004年から2020年にステージ1で悪性度が1か2の早期子宮体がん診断を受けた18歳から49歳までの約1万5000人の女性について、手術による治療を受けた人と、ホルモン療法による治療を受けた人について分析しました。がんが子宮内膜にとどまり、かつ悪性度が低い場合は、手術をせずに黄体ホルモン療法で治療することで、将来の妊娠の可能性を残すことができます。

 鈴木医師ら研究チームの調査結果によれば、米国で子宮体がんの診断を受けた人のうち、約12%は閉経前の女性でした。晩婚化とともに米国でも35歳から44歳で出産する人が増えています。このため妊よう性(妊娠能力)温存のため、特に30代の早期患者ではホルモン療法を選択する人が増加し、近年では49歳までの早期患者のうち12%から14%がホルモン療法を受けていました。

 さらに手術を選んだ人と、ホルモン療法を選んだ人の10年にわたる経過を分析したところ、40歳未満の患者では両者の5年生存率は98.5%対98.2%、10年生存率で96.5%対95.6%と同等でした。しかし40歳から49歳の患者では、手術選択の5年生存率が99.4%なのに対してホルモン療法では90.4%、10年生存率では手術選択が97.1%、ホルモン療法では79.1%と、ホルモン療法の生存率が顕著に劣っていたことがわかりました。

シカゴで開かれた米国臨床腫瘍学会の婦人科腫瘍に関する口頭発表で、研究結果を説明する鈴木幸雄医師。(6月2日、筆者撮影)
シカゴで開かれた米国臨床腫瘍学会の婦人科腫瘍に関する口頭発表で、研究結果を説明する鈴木幸雄医師。(6月2日、筆者撮影)

リスク要因や初期症状に注意し、早期の治療選択は医師とよく話し合って

 この研究結果および日本での早期子宮体がんの治療選択について、鈴木幸雄医師はこう話します。

黄体ホルモン療法が選択肢になる患者層は、あくまでもステージIA(子宮筋層への浸潤が半分以下)で、子宮体がんの組織悪性度がグレード1であることが重要です。また、子宮を温存する目的は妊娠なので、子宮体がん治療後に子供が生まれる割合にも目をむける必要があります。40歳以降で黄体ホルモン療法を行う場合、その後に赤ちゃんが生まれる可能性は20%にも満たないと予測されますし、我々の今回の分析では40歳から49歳でホルモン療法を行った場合の長期生存予後が悪いことからも、40歳以上での黄体ホルモン療法は患者と医療者間での共有意思決定プロセスをきちんと行ったうえで慎重に選択されるべきと考えます」

 いずれにしても、まずは肥満といった子宮体がんのリスク要因を減らし、早期発見できるよう子宮体がんに関する知識を持つことが重要と言えそうです。国際婦人科癌学会(IGCS)も子宮体がんの増加に危機感を募らせ、昨年から6月を子宮体がん月間に定めて啓発活動に取り組んでいます(注5)。 

 鈴木医師は子宮体がんへの対策について、次のようにアドバイスしています。

「日本でも生活習慣の変化や晩産、少子化などにより、子宮体がんのリスクが増しています。実際に子宮体がん患者数は年々増加傾向にあります。一方で7割以上はステージ1として早期に見つかり、手術による根治性も高いです。過剰に恐れることなく、閉経後に不正出血があった場合は産婦人科で診察を受けることが早期発見、早期治療のカギになります」

子宮体がん啓発月間に関するこちらの記事も、ぜひ参考にして下さい。

参考リンク

注1 National Trends in Cancer Death Rates Infographic - Annual Report to the Nation(米国国立衛生研究所の年次報告より)

注2 Endometrial cancer and obesity trends in the United States in the 21st century. | Journal of Clinical Oncology (ascopubs.org) 

注3 厚生労働省 令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要 19ページ参照

注4 Long-term survival outcomes for hormonal therapy in premenopausal patients with clinical stage I endometrial cancer. | Journal of Clinical Oncology (ascopubs.org)

注5 国際婦人科癌学会(IGCS)子宮体がん啓発キャンペーンのウェブページ(日本語変換機能あり)

がん情報サービス 子宮体がん(国立がん研究センター)

日本産科婦人科学会 子宮体ん

日本婦人科腫瘍学会 子宮体がん

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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