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北朝鮮が東京五輪不参加表明 韓国の文政権に最大のダメージ

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
3月25日に開かれた北朝鮮オリンピック委員会総会(写真は北朝鮮体育省サイトから)

北朝鮮が7月23日に開幕する予定の東京五輪への不参加を表明した。新型コロナウイルスからの自国選手の保護を理由に挙げているが、本当だろうか。政治的な思惑はないのだろうか。

北朝鮮体育省がそのウェブサイトに掲載した4月5日付の記事によると、年に一度の今年の北朝鮮オリンピック委員会総会が3月25日に平壌でビデオ会議形式で開催され、東京五輪不参加を決定した。

記事では「悪質なウイルス感染症によって引き起こされる世界的な公衆衛生危機から選手を保護するという委員の提案により、第32回オリンピックに参加しないことを決定した」と伝えられている。第32回オリンピックとは東京五輪のことだ。

実は北朝鮮国営メディアの労働新聞は総会開催の翌26日、総会開催自体について報じていた。その中で、総会での報告者と討論者が「新しい5カ年計画期間の国際競技でメダル獲得数を継続的に増やし、尊厳高い私たちの国の栄誉を輝かせてきた国の体育熱気をさらに高めることで、社会主義建設を力強く推進しなければならないと強調した」と伝えていた。

しかし、この26日付の労働新聞の記事の中では、4カ月後に迫る東京五輪のことが一切触れられていなかった。このため、専門家の間では、北朝鮮が今後5年間の国際スポーツ競技では東京五輪不参加を既に決め、2022年の北京冬季五輪から参加するのではないか、との憶測が出ていた。

●中国との特別な関係を維持

例えば、韓国のシンクタンク、世宗研究所の鄭成長(チョンソンジャン)北朝鮮研究センター長は26日付のNK Newsの記事の中で、「北朝鮮は中国との特別な関係を維持したいと思っている。このため、北京五輪前までに選手や応援団へのワクチン接種を終わらせようとしている」と指摘。そのうえで、「北朝鮮は現在、無理に東京オリンピックに参加しようとする動機付けはほとんどない。自国国境が新型コロナウイルスの恐怖から閉鎖されている状況ではなおさらだ」と述べていた。

北朝鮮は国内への新型コロナウイルス侵入を防ぐために、過去1年間国境を封鎖している。さらに、感染拡大を防ぐために国内での移動も厳しく制限している。

北朝鮮は世界保健機関(WHO)に国内感染者数がゼロであると報告し続けている。その一方、3月25日時点ではわずか2万2389人のみが検査を受けたとされる。

なお、北朝鮮は東京五輪への不参加を表明したものの、4月15日の太陽節(故金日成主席の生誕記念日)を祝うため、同月5日から15日まで国内で全国的なスポーツ競技を開催すると発表している。

●文大統領の「五輪政治利用」の計画がついえる

北朝鮮の東京五輪不参加で最大のダメージを受けるのは、韓国の文政権であろう。文在寅(ムンジェイン)大統領の「オリンピック政治利用」の計画はついえた。

文政権はこれまで東京五輪が南北対立の事態を打開する突破口となるよう、外交活動を続けてきた。昨年11月には韓国情報機関トップ、朴智元(パクチウォン)国家情報院長が訪日し、菅首相に対し、東京五輪開催中に日米南北4者会談を開くことを提案したとされる。

文大統領は3月1日にソウルで開いた抗日独立運動記念式典での演説で、「東京五輪は韓日、南北、日朝そして米朝の対話の機会にもなり得る」と訴え、韓国が開催成功のために日本に協力する姿勢を見せていた。

この文大統領の五輪重視の背景には、2018年の平昌冬季五輪を通じて南北関係が改善した「五輪外交」の成功体験がある。平昌冬季五輪の開会式には北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)総書記の実妹、金与正(キムヨジョン)氏らが出席し、大会期間中に文大統領と会談した。

2018年2月9日の平昌冬季オリンピックの開会式に出席した韓国の文在寅大統領(中央左)と北朝鮮の金与正氏(中央右)
2018年2月9日の平昌冬季オリンピックの開会式に出席した韓国の文在寅大統領(中央左)と北朝鮮の金与正氏(中央右)写真:ロイター/アフロ

だが、2018年当時と現在は、北朝鮮を取り巻く状況は違う。2018年当時、北朝鮮は孤立状況にあり、平昌冬季五輪を通じて、そこから脱するためにも南北対話を再開する必要があった。現在の北には中国の強い後ろ盾がある一方で、トランプ前米政権が2017年に見せたような先制攻撃も辞さないと誇示する米側の軍事的圧力もない。北はバイデン政権の出方もうかがっている状況だ。北にとっては今、韓国や日本と無理に対話を再開してもメリットがないと判断したことも、東京五輪不参加を決めた理由の1つとみられる。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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