胸が痛いのは心臓が悪いから?~意外と知らない子どもの胸の症状のお話【健康ハートの日】~
8月10日は何の日かご存じですか。
810(ハート)と読めることから、日本心臓財団が健康ハートの日、とすることを提唱し、毎日休みなく働いている心臓を思いやり、健康について考える日としています。
そこで今回はハートの日に絡めて、救急外来で時々見かける子どもの胸の症状(胸痛・動悸・失神)についてご紹介したいと思います。
胸痛は必ずしも心臓が原因とは限らない
お子さんが胸の痛み(胸痛)を訴えると、保護者の皆さんは「心臓に何か悪いことが起きているのでは」と不安になる方が多いのではないでしょうか。ただ、実際には救急外来を受診したお子さんの胸痛の原因が心臓である可能性はそれほど高くなく、ある報告では5%以下だったとされています[1]。別の研究では、胸痛の原因としては、原因不明(特発性といいます)がもっとも多く(21%)、ついで筋肉や骨格、皮膚による痛み(約15%)、肺炎や喘息などの呼吸器疾患(12-21%)だったとしています[2]。他には不安など精神的な原因も胸痛の原因となり(5-9%)[3]、特に思春期にはそれ以前と比べて大きく増えることが知られています。このように、胸痛があったからといって、必ずしも全部心臓由来であるわけではないと知っておくことは、安心につながるかもしれません。
川崎病にかかったことのある子の胸痛には要注意
とはいえ、中には注意すべきものもあります。例えば脈が乱れる不整脈では、特に脈が速くなるタイプの不整脈で胸痛を起こしやすいです。不整脈は子ども自身が的確に言葉で表現するのが難しいですが、「(胸を指して)ここが苦しい」といったり、「どきどきする」と表現したりすることも多いです。また、昔川崎病にかかった既往があるお子さんの場合、冠動脈(心臓の筋肉に血液を送る血管)が障害されて胸痛を起こす可能性があるため注意深い診察が必要です。診察時に担当医に過去の既往歴をお伝えいただければと思います。他には頻度は少ないですが心筋炎という病気も胸痛の原因となります。心筋炎はウイルス感染によるものが多いですが、症状が「何となく元気がない」以外に目立った症状がないこともあるため分かりにくく、私たち小児科医が特に慎重に診察しなくてはいけない病気の一つです。
15分以上動悸が続く場合には受診を
子どもも不安になったり、緊張したりするとドキドキします。短時間で他に症状を伴わない動悸のほとんどは良性のもので、自然に消失しますが、まれに病気が隠れていることがあります。例えば脈が速くなる発作が「急に」始まり、「数分以上続く」ことを繰り返す場合には、不整脈の可能性もあります。症状が概ね15分以上続く場合には受診をお勧めしています。また動悸は心臓とは関係ない場合もあります。例えば、体重が増えなかったり発汗や手の震えなどがある場合、甲状腺の病気の可能性があります。この場合も採血など詳しい検査が必要なため、受診をお勧めします。
運動中の失神は心臓が原因のことも
意外に知られていないのが、失神(一時的に意識を失うこと)と心臓の病気の関係です。
子どもの失神は18歳までに15%が経験するとされ、決して珍しくはありません。失神の多く(70%近く)はいわゆる迷走神経反射で、座っているところから急に立ち上がったり、水分や食事が足りていなかったり、暑い環境で起こる失神の多くはこれにあたります[4]。一方で、3-4%ほどと頻度は低いのですが、QT延長症候群や肥大型心筋症など、心臓が原因の失神が紛れていることがあります。特に運動しているさなかに意識を失った場合は要注意です(ちなみに運動した後の失神は迷走神経反射の可能性が高いです)。特に水泳中に溺れてしまった事例の中に、不整脈による失神が原因に含まれていることが分かっています。
したがって、失神の症状があった場合には、ご家族に心臓のご病気や突然死の方などがいないかを確認することになります。
水遊びの時期だからこそ知ってほしい心肺蘇生
最後に、心肺蘇生についてお伝えしておきます。
夏は水遊びの季節で、川やプールなどで溺れる事故が増える時期でもあります。
溺れて意識がなく、呼吸が止まってしまった場合、心肺蘇生が必要です。一般的に水没時間が6分を超えると、死亡したり重い後遺症を残したりする可能性が高くなるとされており[5]、現場では速やかに心肺蘇生の処置をすることが大切です。
手順は
①溺れた人を引き上げて平らな場所に寝かせる
②意識があるかを確認
③意識がなければ大声で周りに助けを呼び、救急車を呼ぶ
④心肺蘇生が必要:絶え間なく心臓マッサージ30回と人工呼吸2回を
繰り返し行う
となります。
心肺蘇生は溺れた人の生存率を高めるためにもっとも有効な手段とされているため、水遊びをするすべての方に知ってほしいと思います。東京消防庁では、いざというときの応急手当について動画で紹介しています[6]。
そして、できればそうした技術を、子どもの時から知っておくことも大切だと考えています。
ハートの日(8月10日)に合わせて、日本循環器協会・日本循環器学会では、小学生向け心臓教室「すごいぜ心臓!」を毎年開催しています。昨年は「心音を聴いてみよう」「聴診器を作ろう」「はじめての胸骨圧迫」「心臓なんでも質問コーナー」がありました。今年は「心臓のしくみ、音、しごとを知ろう!」「心臓を手作り!楽しく図工体験!」「心臓を元気にするお仕事なぁに」「やってみよう胸骨圧迫」等が企画されているようです。
自由研究の題材にもなりそうですし、なにより子ども自身が小さいうちから医療の知識を身につけておくことは、将来にわたる科学リテラシーを身につけるためにも、とても有意義だと思います。私自身も小児科医として、子ども自身が学ぶ取り組みに関心があり、学会が企画するこうした取り組みはとても貴重と考えています。
今回は、ハートの日(8月10日)の機会に、子どもの胸の症状についてお話しました。
参考文献
1.Friedman KG, Alexander ME. Chest pain and syncope in children: a practical approach to the diagnosis of cardiac disease. J Pediatr. 2013;163(3):896-901.e1-3.
2.Selbst SM, Ruddy RM, et al. Pediatric chest pain: a prospective study. Pediatrics. 1988 ;82(3):319-23.
3.Rowe BH, Dulberg CS, et al. Characteristics of children presenting with chest pain to a pediatric emergency department. Cmaj. 1990;143(5):388-94.
4.Sanatani S, Chau V, et al. Canadian Cardiovascular Society and Canadian Pediatric Cardiology Association Position Statement on the Approach to Syncope in the Pediatric Patient. Can J Cardiol. 2017;33(2):189-98.
5.野上恵嗣ほか. 小児溺水の予後不良因子の検討. 小児科臨床. 2002.07;55(7):1517-23.
6.消防庁. 一般市民向け応急手当WEB講習.