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こどもが頭をぶつけた場合の対応と将来の影響について~小児科医の見解~

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(提供:イメージマート)

「うちの子はよく頭をぶつけるのですが、その時はよくてもあとから異変が出たりすることはありませんか?」と聞かれることがあります。

実は子どもの頭部打撲は珍しくありません。平成26年~30年の救急搬送データをまとめた東京消防庁の報告をみてみましょう。5歳以下の事故種別ごとの搬送人員のデータをみると次の通りです(図1)。

図1:事故種類別搬送人員(5歳以下)  東京消防庁(救急搬送データからみる日常生活事故の実態(平成30年))を元に筆者作成
図1:事故種類別搬送人員(5歳以下)  東京消防庁(救急搬送データからみる日常生活事故の実態(平成30年))を元に筆者作成

 

ご覧の通り、乳幼児では「落ちる」と「転ぶ」事故が多いことが分かります。

子どもは頭が大きく重心が高いので、体のバランスを崩して「落ちたり」「転んだり」すると、たいてい頭をぶつけることになります。それで心配になって病院を受診されるケースが多いです。

実際には軽い頭痛や腫れだけで済む場合が多く、自宅で観察するだけで十分なケースも少なくありません。ただ、頭をぶつけた場合、外見上は大きなケガに見えなくても脳に影響が出ることもあるため、保護者の皆さんが心配になるのはよくわかります。

打撲の程度によっては、脳に衝撃が伝わって意識障害や神経症状が現れることもありますので、どの程度の打撲に注意が必要かを知ることは参考になるかと思います。

頭部CT検査が必要かを判断する基準があります

さて、注意が必要な頭部打撲とはどのようなものなのでしょうか。一つ参考になるのが2009年に米国で発表されたPECARN基準というものです。これは子どもが頭をぶつけて病院を受診した時に医師が頭部CTを推奨するかどうかの目安として開発されたもので、2歳未満と、2歳以上18歳未満に分けて示されています。

この基準では、ざっくり言うと意識レベルが悪い、受傷のきっかけが深刻な事故(2歳未満は90cm以上の高さ、2歳以上は1.5m以上の高さからの転落など)だったりする場合に頭蓋内出血や骨折のリスクが高くなるため頭部CTが推奨されます。2歳未満の場合は、これに、後頭部や側頭部の皮下血種(たんこぶ)が加わります。小さなお子さんは側頭部や後頭部の骨が薄いため、この部分をぶつけて皮下血種ができた場合、骨折などのリスクが高くなることが知られているためです(1)。

ただ、この基準はあくまでも受診された場合に臨床医が頭部CTの必要性を判断するために作られた基準で、受診の目安ではありません。心配であれば、もちろんこの基準に当てはまらなくても受診相談していただければと思います。

子どもは大人より吐きやすい

一般的には頭をぶつけた後、子どもがすぐに泣き、ほかに変わった様子が見られない場合は、そこまで心配する必要はなく、自宅で様子を観察していれば大丈夫です。

ちなみに嘔吐があると「頭の中で大変なことが起きているに違いない」とびっくりして救急車を呼ばれるご家族もいます。頭の中は外から見えないので心配ですよね。

実は、子どもは頭をぶつけた後、大人よりも嘔吐しやすく、軽くぶつけただけで吐くこともあります。子どもで嘔吐が起こりやすい原因ははっきり分かっていませんが、嘔吐中枢が未熟なことが原因ではと考えられています(2)。

嘔吐があれば必ず脳損傷があるわけではない

では、嘔吐症状は、脳損傷のサインにならないのでしょうか。

この点について、頭部打撲の患者さん42,112例を調べた調査があります。この調査では嘔吐があっても、それ以外の症状がなかった場合、脳に損傷が見られた割合はわずか0.2%でした。一方で嘔吐以外の症状があった場合はその割合は2.5%と10倍以上高くなりました(3)。つまり嘔吐があっても他に症状がなく元気ならば、それほど慌てなくてもよいことがわかります(もちろん心配なら受診相談していただいて構いません)。ただし、嘔吐以外の症状があったり、何度も繰り返し吐いて元気がなかったりする場合には急いで受診が必要ともいえます。

なお、自宅で様子を観察する場合でも、念のため24時間は子どもの様子を観察し、症状が時間の経過とともに悪化したり、1~2日以上にわたって頭痛やめまいが続いたり、活気がなかなか戻らない等気になる点があれば医療機関に相談してください。

これらを踏まえてぶつけた場合の病院受診の目安をまとめたものが以下の表です。

頭をぶつけた時の受診目安(佐久医師会・教えて!ドクタープロジェクトより)
頭をぶつけた時の受診目安(佐久医師会・教えて!ドクタープロジェクトより)

こどもが頭をぶつけた場合の長期的な影響は?

さて、ぶつけた場合、その時は問題なくてもあとから長期的な影響がでることがあります。通常自宅で観察できるような軽い頭部打撲で後遺症が残る可能性は非常に低いですが、脳震盪などの症状を起こしたり、重い打撲を負ったりした場合、長期的な影響が出る可能性があります。

青年期女子や発症時の症状が重い場合回復まで時間がかかることも

脳震盪は頭や顔などに強い衝撃が加わり、それが脳に伝わることにより引き起こされます。症状としては頭痛、見当識障害(場所や日付がわからない)、めまい、嘔吐、歩行異常などが挙げられます。頭部CTでは異常がなく、基本的には数日以内に徐々に改善します。

脳震盪で救急外来を受診した5歳から18歳の2700人以上の小児患者を対象とした研究では、子どもと青少年の80%以上が4週間以内に回復したと報告されています(4)。

いっぽうで脳震盪からの回復が長引く要因もいくつか指摘されています。例えば青年期の女子は男子よりも長引きやすいことがわかっています。他にも発症時の症状が重い、過去に脳震盪を経験したことがある、片頭痛の既往がある、回復後すぐに脳震盪を繰り返した、などが症状を長引かせるリスクと考えられています(5)。

脳震盪を繰り返すと症状が悪化する「セカンドインパクト症候群」

このうち脳震盪を繰り返すと症状が重くなるリスクについてお話します。

これは前回の頭部打撲から改善する前に2度目の頭部外傷を負うと、脳の腫れが悪化し、死亡したり深刻な神経症状から後遺症を残すケースで、セカンドインパクト症候群と呼ばれています。したがって、スポーツで脳震盪を起こした場合には完全に回復するまで絶対にプレーに戻ってはいけません。

ただ、スポーツに参加している場合、チームメンバーをがっかりさせたくないと症状を隠そうとする傾向が強いことも指摘されています。167人の高校生の運動選手を対象とした調査では脳震盪の60%が大人に報告されていなかったことが報告されています(6)。

脳震盪があった場合、それをちゃんと報告することがとても重要です。報告しやすくするための要素を調べた研究もあり、それによると報告しやすさにもっとも影響を与えたのは脳震盪の報告に対する周囲の肯定的な態度と、コーチの考え方だったとしています(7)。

脳震盪から回復した後、将来に影響が残る可能性はどれくらい?

頭部打撲による脳震盪から回復した後、将来何らかの精神症状が出る可能性はないのでしょうか。脳震盪をきっかけに頭痛や記憶障害、めまい、集中力の低下などの症状が引き起こされることがあり、これを軽度外傷性脳損傷といいます。この診断を受けた17歳以下の小児18,000人とコントロール群37,000人を比較した調査では、軽度外傷性脳損傷と診断された場合、受傷後4年以内にうつ病や不安障害、適応障害といった感情障害を発症するリスクが1.34倍、他人や自分自身に対して問題行動を繰り返す行動障害を発症するリスクが約1.37倍になり、それらのリスクは10-13歳で受傷した場合にもっとも高かったと報告されています(8)。小児についてはまだまだ研究は不十分で、現時点で結論を出すことはできませんが、引き続き注意していく必要がありそうです。

今回は救急外来でよく相談される話題として、子どもが頭をぶつけた場合の対応や、その後の影響についてまとめました。

参考文献:

1. Acad Emerg Med.2016;23(5):576-83.

2. 藤井佳美.小児外科47;1009-1012,2015

3. Ann Emerg Med. 2014;63(6):657-65.

4. JAMA Pediatr. 2019 Jan 1;173(1):e183820.

5. JAMA. 2016 Mar;315(10):1014-25.

6. J Athl Train. 2013 Sep-Oct;48(5):645-53.

7. Brain Injury, 27(7–8), 878–886.

8. Pediatrics. 2024 Jan 1;153(2):e2023062340.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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