「鉄道むすめ」が持つ新たな地方創生の可能性 ご当地キャラは「共有」する時代へ
2010年代以降、キャラクターを用いた地方創生は今や当たり前となり、市町村や県など、様々な自治体でご当地キャラクターがいることが当たり前となりつつあります。こうしたキャラクターが生まれるきっかけも様々で、「ゆるキャラ」と呼ばれるようなキャラクターを作るケースや、アニメやゲーム作品などの舞台となることで、その作品に登場するキャラクターがその自治体を代表するキャラクターになる場合もあります。ただ、その内訳としては「ゆるキャラ」が多く、日経新聞の調査によるとその数だけで全国に1500体以上いるといわれています。
こうしたキャラクターは、官公庁や自治体主導で製作される場合が少なくありません。この場合、組織ごとに違うキャラクターを自前で生み出す必要があり、それぞれに少なからぬ予算が必要になってきます。
ご当地キャラの自前主義からの脱却
このような動きに変化の兆しが訪れている例があります。模型メーカーのトミーテックが2005年から展開している「鉄道むすめ」です。「鉄道むすめ」は、実在する鉄道会社の現場で働く女性キャラクターを描いたシリーズで、全国で80社以上の鉄道事業者の公認キャラクターとしても起用されています。
鉄道会社も岩手県の三陸鉄道や長野県の長野電鉄などといった地方私鉄だけでなく、東武鉄道や西武鉄道、新京成電鉄などといった都市部を走る私鉄、JR西日本などJRグループでも採用されています。
今年に入ってからは地方自治体のキャラクターとしての活用も始まっており、2022年1月29日には、佐賀県有田町の初代観光大使に「鉄道むすめ」が全国で初めて起用されました。起用されたキャラクターは、有田町と長崎県佐世保市を結ぶ松浦鉄道の公認キャラクター「西浦ありさ」です。
3月29日には西浦ありさの声に声優の安齋由香里さんが担当することが決定し、松浦鉄道の車内観光ナレーションや有田町の有田陶器市での会場アナウンス等への声の起用が進められています。
そして7月25日には、西浦ありさは長崎県松浦市の「松浦アジフライ大使」に就任し、有田町に続いて地方自治体を代表するご当地キャラクターとして活躍しています。その後も、この西浦ありさを核とする沿線の様々な魅力発信事業が企画されている模様です。
県を超えたキャラクターの共有化
10月9日(日)に東京・新宿の「サナギ新宿」で、この動きを象徴するイベントが開かれました。その名は「佐賀&長崎グルメライン 西九州観光・物産展」。松浦鉄道の沿線自治体である6自治体(佐賀県有田町、伊万里市、長崎県佐々町、佐世保市、平戸市、松浦市)の名産品を売る観光物産展です。西浦ありさも前面に押し出しており、西浦ありさグッズや佐世保の老舗百貨店、佐世保玉屋の名物サンドウィッチも販売されたほか、声を務める安齋由香里さんを中心としたトークイベントも開かれました。
トークイベントでは、安齋由香里さんとホリプロの芸能マネージャーを務める南田裕介さんが対談形式で沿線地域を取り上げたもので、松浦鉄道の社長を務める今里晴樹さんや、鉄道マニアで、有田町の松尾佳昭町長、松浦市の友田吉泰市長と対談し、有田焼や松浦市のアジフライなど、その魅力を紹介しました。
その後、西浦ありさグッズの物販コーナーで安齋由香里さんが手渡しで売る販売会も行われ、1時間以上にわたり長蛇の列が形成され、同所でのイベント動員記録を塗り替えるにいたりました。
一連の展開をプロデュースするポニーキャニオン・エリアアライアンス部の村多正俊部長は「今年1月の有田町にはじまり、繰り返し松浦鉄道沿線から情報発信を行ってきました。その結果が首都圏のフォロワーに訴求し、今回のイベントに集結するといった行動変容を生み出したことは大きな収穫です」と語っています。
一般にこうした観光物産展は都道府県単位の枠組みで催されることが多く、松浦鉄道を中心に、佐賀県と長崎県の自治体が一緒に地元の特産品をアピールするイベントは珍しいといえます。
これについて松浦市の友田市長はこう説明します。
「実は松浦鉄道は、長崎県・佐賀県と沿線の6市町からなる『松浦鉄道自治体連絡協議会』というものがあり、この枠組みで以前から県を超えた自治体間の連携がありました。今回のイベントもこの枠組みで開催させていただいた形です」
そして西浦ありさを用いた地方創生の動きも、この沿線自治体で“共有”する動きが広まったといいます。
「今回、西浦ありささんを前面に押し出して一緒にやる動きは有田町の松尾町長から提案があり、我々も一緒に活用したいという思いがあって松浦市をはじめ一部の自治体で始めました。自治体が独自にキャラクターを作り上げていくのは大変ですが、既に西浦ありさというキャラクターがいるのは非常に大きい。ただ、沿線自治体全体でキャラクターを用いた取り組みを進める点においては、まだ他の自治体さんの理解が求められている段階かなと思いますね」
一方で友田市長は、作品やキャラクターのファンが舞台を訪れる「聖地巡礼」による市内の活性化についてもこう期待を寄せます。
「松浦市は鎌倉時代の元寇にゆかりのある地域なのですが、主な戦場となった対馬市ではこの元寇を描いた漫画『アンゴルモア元寇合戦記』の舞台になっており、そのつながりで松浦市にもファンの方が訪れて下さいます。西浦ありささんにも大勢のファンがいらっしゃいますので、『聖地巡礼』によってコロナで利用客が減少している松浦鉄道の乗車にもつながればという思いで応援しています」
さらに友田市長は、沿線自治体でキャラクターを共有することの最大の強みについて、こう明かします。
「自治体間で目的を共有できるところが一番大きいと思います。西浦ありささんの場合は、松浦鉄道を存続させよう、松浦鉄道を使って多くのお客様を地域に呼び込もうという目的で一致しています。目的が共有できれば、それぞれの地域の個性を出しつつ、一つのキャラクターを活用した取り組みを続けていけると思います」
自治体独自でキャラクターを用意する必要がない以上に、参画した段階から目的の問題意識も共有できるのが、ご当地キャラクターを共有するメリットといえそうです。
声優選びも沿線地域主導
実は西浦ありさの声優の選び方も、地域主導で選ばれたといいます。安齋由香里さんがこう話します。
「声のサンプルボイスをもとに、他の何人かの声優から選ばれたと伺いました。松浦鉄道の今里社長と、有田町の松尾町長も声優を選ばれたそうですが、お2人とも私を選んでくださったようです。ありささんとお付き合いの長いお二人から選んでいただけるのは嬉しいですね!」
9日のトークイベントや手渡し販売会の手応えについては、「『出身が実は佐賀なんですよ』という方が来ていただいたりとか、鉄道が好きできていただいたりとか、本当にいろんな方が来られて驚きました。年齢層も幅広いだけでなく、ご夫婦の方もいるなど新鮮な体験でしたね」と振り返ります。トークイベントに登壇する安齋由香里さん
また、地域の期待を背負える仕事をすることで、自身への声優業への励みになると安齋さんは言います。
「現地の方々が西浦ありささんを本当に一人の実在性のある人として扱っていたり、ありささんと一緒に街や沿線を盛り上げていこうという地元の方達の熱気に感化されて、私もありささんの声を担当する身として頑張ろうと気持ちを奮い立たせてもらっています。この熱意をここで止めちゃいけないって身が引き締まりますね」
ファンだけでなく、現地の人から「がんばろう」という気持ちをもらえるのも、地方創生に関わる仕事ならではかもしれません。
ちなみに安齋さんの出身は福島県で、佐賀県や長崎県の魅力を伝えるべく、現地のことをもっと知りたいといいます。
「西浦ありささんが働いているたびら平戸口駅をはじめ沿線各所を訪れて、現地の魅力をもっと知りたいですね。私自身も積極的にアンテナを張って、情報を発信できるようにしなければと思います。現地のイベントにまた呼んでいただいた際は、その前後に休みを入れられればゆっくり滞在して観光などしてみたいですね」
舞台のある作品を演じた声優さんにとって、それがきっかけでプライベートでも現地に旅行するようになったケースは珍しくありません。地域で声優さんを呼ぶ側としては、仕事上最低限の拘束時間に押さえようとするむきも少なくないのですが、仕事日以外の滞在も容易にするなど、キャラクターを演じる声優さんにまずは現地のことを深く知ってもらうきっかけが大事になるのかもしれません。
ご当地キャラを“共有”するメリット
キャラクターを用いて地域を盛り上げようとする動きは、自治体ごとで温度差があるのが筆者のみた印象です。理由としては、やり方さえわかっていればキャラクターを用いた地域振興はそれほど難しくないのですが、そのノウハウは一般には出回っておらず、全くノウハウのない職員からすると何から手を付けて良いかわからないのが現状だからです。
一方で「やってみたら意外と簡単」という性質のものであるため、一度キャラクターでのまちおこしを経験した自治体にとっては、別の作品でも精力的にコラボしたり、自前でもキャラクターを創ろうとしてみたりと、例えば埼玉県や鳥取県の例のように一気に積極的に進むケースが少なくありません。問題なのは、ノウハウがまだ普及していないという点です。
そのため松浦鉄道の西浦ありさのように、既にあるキャラクターに乗っかる形で地域のキャラクターとして活用することは、ノウハウのない自治体にとって、それが得られるまたとない経験になります。松浦市の友田市長の言う「キャラクターを通じた地域課題の問題意識の共有」だけでなく、この点でも大きなメリットがあると考えます。
ご当地キャラは“保有”から“共有”する時代へ。このやり方がモデルケースとしてもっと日本全国に広まっていくといいなと思います。
(撮影・全て筆者)