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「聖地」アニメの高校の舞台、なぜ地元公立進学校が多いのか? その2つの理由

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
アニメの高校の舞台はその地域の名門校が選ばれる傾向にある(写真はイメージ)(写真:イメージマート)

 今やアニメで地方創生に結びつけようとする動きは珍しくなく、今年も地上波、劇場作品問わず、複数の作品が地域とコラボし、地域とアニメ作品双方で盛り上がりを見せています。

学校を舞台にする難しさ

 漫画やライトノベルなどを原作とするアニメ作品の場合、主人公の年代は高校生が一番多い特徴があります。そのため、実在する場所をモデルにした作品の場合、主人公達が通う高校のモデルがどこなのかは、作中の一番の舞台になるために視聴者の関心を集めやすいポイントでもあります。

 一方で、学校施設は多くの少年少女が10代の日常を過ごす空間であり、観光目的といえど部外者の侵入を避けたい性質があります。舞台地があるアニメ作品の場合でも、モデルとなった高校への「聖地巡礼」は厳に慎むべき、という内容のお願いがアニメ作品公式から出ることも過去珍しくありません。つまり、学校は作中の主要な舞台になりやすいにもかかわらず、ファンによる安易な「聖地巡礼」は避けるべき場所になるわけです。

製作側の配慮

 そのため、「聖地巡礼」で盛り上がりを見せる作品であっても、学校の外観モデルだけは複数の学校のものを組み合わせたり、まるっきり架空のものにしたりしている作品も珍しくありません。また、学校のモデルをイベント展示場や廃校舎など、実在する公共性の高い施設をモデルにすることで、ファンによる「聖地巡礼」に配慮しているケースもあります。

 他には、実在する学校をモデルにしていても、公式側が情報を伏せている場合もあります。しかし、SNSがまだなかった2000年代前半であればともかく、近年ではSNSが発達しており、またGoogleなどによる画像一致検索もあります。そのため、作中で学校のモデルを隠したところで、そのモデルが実在する場合はすぐにSNS上などで共有されてしまうのが昨今の現状となっています。

 であれば、いっそのこと堂々と公式側から情報を出し、モデルの学校の知名度向上にもなると同時に、この学校をモデルにしているから、安易な舞台探訪は避けるべき、という注意喚起を公式から出すのが近年のトレンドになっています。

学校名を公表する動き

 舞台探訪や「聖地巡礼」で盛り上がりをみせるアニメ作品のうち、一部の作品では作中内で高校名をエンディングクレジットの「協力」や「スペシャルサンクス」などで公式に出している作品もあります。その作品を筆者の調べで図表にまとめたものが下記になります。

 古くは、「聖地巡礼」が本格的な地方創生の動きにつながった、2007年の『らき☆すた』が学校名を出しています。『らき☆すた』に続くのは12年の『氷菓』になります。この両校はそれぞれの原作者の母校の繋がりでもあります。

 アニメシリーズの初期では舞台の高校名を出していなかったものの、途中から公表するようになったケースもあります。それが15年の『長門有希ちゃんの消失』(「涼宮ハルヒ」シリーズ)と16年の『響け!ユーフォアム2』です。この2作品は、1期放送の時点からファンによって学校のモデルが特定されており、ファンの一部が「聖地巡礼」する動きもありました。

 シリーズの途中から公表するようになったのは、アニメ製作段階において、地域でロケ地を作品の作り手側に斡旋する「フィルムコミッション」の仕組みが2010年代以降全国的に整備されてきている点があります。そして実写作品に限らず、アニメ作りにおいてもフィルムコミッションの活用が浸透し、学校に限らずロケ地を進んで公表するようになった面が大きいとみられます。この過程で、一部の舞台地を不自然に隠してもあまり意味がないことの知見が得られた経緯もあると考えています。

 『心が叫びたがってるんだ。』や『映画 聲の形』のように、学校だけ主な舞台地とは別の場所にある、実在する施設をモデルにした例もあります。しかし、このやり方はロケ地が分散してしまうだけの面があり、昨今ではあまり見られなくなりました。

地元伝統校が舞台になりやすい理由

 俯瞰してみると、舞台地を代表する公立伝統校がモデルになっているケースが多いのが特徴です。図表には高校偏差値は載せていませんが、その平均偏差値は60を超え、一般の平均よりも明らかに高い傾向にあります。

 なぜ、こうした高校が舞台になりやすいのでしょうか。そこには、大きく2つの理由が考えられます。

 1つめが、少子高齢化の昨今、過疎地域においては普通科のある高校が地域の名門校1校しかないケースが増えてきている点です。少子化に伴い、普通科高校同士の統廃合が全国的に進んでいる傾向にあります。図表でも、『空の青さを知る人よ』や『君は放課後インソムニア』などがこのケースに該当すると考えられます。

 『のうりん』の例のように、農業など何か明確なテーマがある作品は別ですが、多くの作品では主人公達の一般的な高校生活を描く必要があり、高校の専攻科は必然的に普通科が選ばれます。作品内で幅広いキャラクターを確保するためにも、多くの作品では普通科が舞台になっています。

 2つめが、先述の幅広いキャラクターの確保とも関係しますが、地方で最も多様な生徒がいるのがその地域の伝統進学校だという点です。歴史のある名門公立校は、少子化の時代にあっても定員数はあまり減っていません。そのため、東大や国立医学部を目指せる層から、大学に敢えて進学しない層まで1つの高校内におり、その地域でも最も多様性が高い特徴を持ちます。

 もちろん、アニメ作品内の高校とモデルの高校は全く別の架空の学校という体裁を取っています。しかし、作り手側にもある程度のリアリティが必要で、だからこそ作者の母校が選ばれるケースも珍しくありません。そうなると、創作しやすい設定をリアルに求めるのは当然かもしれません。

 他にも、やはり地域の伝統高校が純粋に地域住民に愛されている学校だからという理由もあります。アニメを見たことによって、一念発起して地元伝統校に入ろうとする小中学生が一人でも増えれば、それは素晴らしいことだと筆者は考えます。地域の伝統校を舞台にする利点は、実はいろんなところにあるわけです。

(図表は筆者作成)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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