米主導の有志連合がシリア北部で空挺作戦を実施するなか、シリアのアル=カーイダはイスラーム国幹部を摘発
シリアで6月15日、米主導の有志連合がシリア北部で空挺作戦を実施した。
空挺作戦
英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、空挺作戦が実施されたのは、アレッポ県北部のハミーラ村(ハイマル村)。村はトルコの占領下にあるいわゆる「ユーフラテスの盾」地域の拠点都市の一つでユーフラテス川西岸に位置するジャラーブルス市の南西、トルコ国境から約4キロの地点に位置している。
有志連合所属のAH-64アパッチ攻撃ヘリコプター2機は15日夜、ハミーラ村上空に飛来し降下、正体不明の武装集団と交戦し、これを駆逐した。
シリア人権監視団によると、有志連合は作戦の数時間前に、トレーラー4輌でラファージュ・セメント工場にあるシリア民主軍の基地に航空燃料を移送していた。燃料の移送に続いて、アパッチ攻撃ヘリコプター2機が同地に着陸、その後低空で国境地帯に向かい、作戦を実施したという。
また、シリア人権監視団と同じく、英国を拠点とする反体制系サイトのレヴァント・ニュースは、有志連合所属のヘリコプター9機あまりが、トルコが占領する「ユーフラテスの盾」地域と、シリア政府と北東シリア自治局が共同統治するマンビジュ市北のサージュール川河畔一帯を低空で飛行・通過したと伝えた。このほか、ヘリコプターの数について6機だったとの情報もある。
再展開を画策していた米軍
シリア民主軍は、イスラーム国に対する有志連合の「テロとの戦い」の「協力部隊」と位置づけられる武装連合体。トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の武装部隊である人民防衛隊(YPG)主体とし、このPYDの主導のもとシリア北部・東部を実効支配する自治政体の北・東シリア自治局の武装部隊である。
一方、ラファージュ・セメント工場は、2014年8月にイスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、国際法に違反してシリアへの軍事介入を始めた有志連合が、2016年初めにシリア民主軍とともに、工場一帯地域を制圧、同年3月に基地としての転用を始めていた場所。
設置された基地の総面積は33平方キロ。PYDが基地建設に必要な土地の70%を米軍に無償で提供するとともに、残りの30%は農地1ドゥーナム(当時の地価は100米ドル)を3,000米ドルで買収して敷地を確保した。ヘリポート、シリア民主軍戦闘員の教練キャンプが併設され、当初は米軍兵士・技術者約45人が駐留、その後300人以上に増員され、駐留米軍最大の拠点となった。また、フランス軍兵士も駐留した。M4高速道路沿線、ティシュリーン・ダム、ユーフラテス川河畔、マンビジュ市一帯、アイン・アラブ市一帯、ラッカ市一帯の監視を主要な任務としたが、ドナルド・トランプ大統領の決定により、2019年10月に米軍は撤退、その後はシリア民主軍が駐留していた。
米軍は5月半ばになって、ラファージュ・セメント工場への再展開を画策するようになっていた。
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ハミール村への空挺作戦は、2019年10月のイドリブ県北部のバーリーシャー村での有志連合によるイスラーム国指導者のアブー・ムハンマド・バグダーディーに対する「カイラ・ミューラー作戦」、今年2月のアレッポ県北西部のダイル・バッルート村での後継指導者のアブー・イブラーヒーム・カルスィーに対する暗殺作戦を彷彿とさせる。だが、有志連合が交戦した武装集団がイスラーム国のメンバーなのかどうかは定かでない。
なお、「ユーフラテスの盾」地域を含むトルコ占領下のシリア北部では、シリア国民軍を名乗る武装連合体が軍事・治安活動を担っている。「トルコが支援する自由シリア軍」(Turkish-backed Free Syrian Army)の名でも知られるこの組織には、東部自由人連合など、イスラーム国の元メンバーなどを擁する武装集団も加わっている。
イスラーム国に対する「テロとの戦い」を活発化させるアル=カーイダ
有志連合による今回の空挺作戦がイスラーム国を標的としたものかどうかは明らかではないが、シリア国内ではトルコとの国境地帯でイスラーム国に対する「テロとの戦い」がにわかに活発化しているかのようである。
戦いを主導しているのは、皮肉なことに、イスラーム国と袂をわかったシャームの民のヌスラ戦線の後身組織であるシャーム解放機構だ。
シャーム解放機構はアル=カーイダとの断交を宣言し、自らを自由と尊厳の回復をめざす「シリア革命」の旗手と位置づけている。だが、国連、米国などはテロ組織に指定しており、シリアのアル=カーイダと目されている。
イドリブ県中北部を中心とする反体制派支配地、いわゆる「解放区」の軍事・治安権限を握るこのシャーム解放機構の総合治安機関は6月14日、フェイスブックのアカウントを通じては声明を出し、「イドリブ地区での大規模治安作戦によってダーイシュの司令官多数を拘束した」と発表した。
総合治安機関は15日にも声明を出し、強襲作戦がトルコ国境に近いイドリブ県ダーナー市で実施されたとの詳細を明らかにするとともに、拘束した幹部、司令官や押収した武器・装備の写真を公開した。
声明によると、拘束した司令官らのなかには、イスラーム国シャーム州を名乗るグループの幹部や司令官も含まれているという。
米国(有志連合)とアル=カーイダが、「テロとの戦い」に代表されるシリア国内での軍事行動において奇妙なシンクロを見せる事例はこれまでにも多々あったが、その背後には、常にトルコの影が見え隠れしていた。
今回の動きをめぐって、トルコが米国やシャーム解放機構にどのような情報を提供したのか、あるいは占領地(アレッポ県北部)や停戦監視地域(イドリブ県北部)での軍事・治安行動に対してどのような姿勢をとっているのかは明らかではない。
だが、ウクライナでの危機が長期化の様相を見せる一方、トルコがシリア北部での軍事侵攻作戦を準備するなか、米国が、スウェーデンやノルウェーのNATO加盟やシリアのクルド民族主義勢力の処遇をめぐって意見を異にしているトルコと、シリアをめぐっても水面下の駆け引きを行おうとしていることだけは、容易に察しがつく。
追記(6月17日)
米主導の有志連合(生来の決戦作戦合同部隊(CJTF-OIR))は6月16日に声明を出し、アレッポ県での対テロ作戦で、ハーニー・アフマド・クルディーを名乗るシリア人を拘束したと発表した。
声明によると、クルディー氏は、イスラーム国のシリア支部の指導者の1人で爆弾製造や作戦実行の調整を担ってきた人物。有志連合はクルディー氏を捉えるため、民間人の犠牲者を最小限にするための計画を立案し遂行、民間人の被害や市民インフラの被害はなかったという。
これに関して、シリア人権監視団は16日、複数の情報筋の話として、有志連合がイスラーム国のメンバー6人を拘束したと発表した。
拘束されたのは、爆発物や無人航空機(ドローン)の技術者1人と護衛2人を含む6人。
同情報筋によると、イスラーム国の司令官やメンバー多数が某イスラーム主義組織に匿われるかたちでハミール村にいるとの情報をシリア民主軍が入手し、空挺作戦が実行、イスラームのメンバーらは、有志連合のヘリコプターに砲撃を加え、降下した有志連合部隊と交戦したという。