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「花畑牧場」のベトナム人との紛争 結局、どうやって解決したのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(写真:アフロ)

 北海道中札内村にある花畑牧場で働くベトナム人労働者が水道光熱費の一方的な値上げに抗議してストライキをうった後に雇い止めされたという事案で、先日18日にベトナム人労働者が加入する個人加盟ユニオン・札幌地域労組と会社の間で和解が成立したと報道された。会社は一連の行為について謝罪し、解決金を支払ったという。(花畑牧場雇い止め問題 一連の対応謝罪 ベトナム人3人と労組に解決金

 今回の事案は、花畑牧場という比較的有名な会社で、さらには「外国人」の労働者が声を上げたことで広く注目を集めていた。会社が当初ストライキを「不当」な職場放棄と断定して労働者に一人あたり50万円の損害賠償を請求したことや、その後、刑事告訴まで行ったことで社会的にも大きな話題を呼んだ。

労働者側の勝利和解

 まず今回の事件を簡単に振り返っておきたい。

 事の発端は、今年2月、花畑牧場の提供する寮で暮らしていたベトナム人労働者が、これまで一ヶ月あたり7000円だった水道光熱費が合意なく15000円に引き上げられたことに対して抗議する形で、事実上のストライキに突入したことだった。

 会社側はそれに対して、この行為は労働組合結成以前に行われているためストライキではなく「不当」な職場放棄であるとして、「ストライキ」に参加した労働者を3月で雇い止めにしただけでなく、リーダーとされる数名に対して損害賠償請求や刑事告訴を行った。

 ベトナム人労働者らは札幌の個人加盟ユニオン・札幌地域労組に加入して、これまで会社と労働組合が団体交渉を行ってきたが、今月18日に和解に至っている。(なお、今回のストライキをどう位置づけるべきかについては、こちらを参照のこと。ベトナム人労働者の「ストライキ」から、私たちは何を学ぶべきか?

 続いて、その和解内容について、報道をベースに確認していきたい。

 まず大きく報じられているように、社長が労働者に対して、会社の一連の行為について謝罪し、再発防止策を講じることになった。謝罪文は会社ホームページにも掲載されている。また、雇い止めに遭ったベトナム人労働者の雇用は継続しないものの今年10月までに受け取れるはずだった給料を会社が支払うことで合意している。

 さらにストライキに関しては、損害賠償請求や刑事告訴を取り下げるだけでなくストライキ中の賃金も支払うことで合意に至っている。(花畑牧場、ベトナム人従業員側の要求受け入れ 田中義剛社長は謝罪も

 補償金の金額など合意についてのより詳細な内容に関しては把握できていないものの、この内容であれば、労働者側の勝利和解と言ってよいだろう。事実、当事者は「解決できて本当によかったです。これからはすべての会社が外国人労働者の権利を守ってほしいです」と話すなど、その内容に満足しているようだ。(花畑牧場がベトナム人元従業員と和解 対応謝罪し解決金支払い

和解に至った2つの理由 その1 労働者が声を上げることの重要性

 今回のケースは、今月18日に和解に至る直前まで会社は労働組合に対してかなり強硬な態度をとっていたように思われる。会社は和解4日前の14日に刑事告訴についてのプレスリリースを行っており、ギリギリまで対立は続いていたようだ。ではそのような状況でもなぜ和解に至ることができたのだろうか。

 今回、労働者や労働組合の納得する形で会社と和解に至った理由は2つあると考えられる。まず、これが最大の理由であるが、労働者じしんが会社の不当な行為に対して声を上げたことだろう。

 水道光熱費の値上げは労働条件の一方的な変更にあたる。当初の約束が一ヶ月7000円だったのであれば、仮に実費がそれ以上でもそれ以下でも契約上は7000円になるべきだ。労働者と会社との合意をどちらかが一方的に変更することは契約という性質上行なうことはできず、変更を希望する場合は両者が新しい内容で契約を結び直す必要がある。

 ベトナム人労働者が不満をいだき、会社に抗議したのは労働者として当然の権利である。そもそも、会社が当初は「不当」と断定したストライキ自体も、労働条件の改善を求めるための抗議行動として労働者として正当な権利を行使しただけでなく、法的にも問題ない可能性が高い。

 このような状況において、水道光熱費の値上げを我慢して受け入れずに抗議し、損害賠償請求や刑事告訴といった会社側による「圧力」にも負けずに闘い続けたことで、会社も補償を支払って謝罪することを余儀なくされたと言える。おかしい状況に対して、「おかしい」と声を上げることが労働環境を改善するにあたって最も重要な点であることはいくら強調しても強調しきることはできない。

その2 労働組合や社会的な支援の重要性

 そのうえで今回のケースは、労働組合が現場の闘いを支援したこと、そして社会的にも大きな反響を呼んだことも、会社に和解案を受け入れさせた要因としては大きいだろう。ストライキ後にベトナム人労働者は札幌地域労組という労働組合に加入して、その支援を受けながら交渉に入っている。

 そもそも労働組合とは労働者が集まって作る自主的な団体で、会社と団体交渉や団体行動(ストライキなどの争議行為)を行うことが法的に認められている。それは、労働者と企業との間には圧倒的な格差が存在するからだ。

 いくら契約上は対等だとはいえ、労働者は誰かに雇われて働く以外に生きる術を持っていないため、必死になって命令に従うしかない。しかも、働く能力(労働力)は保存が利かないため、失業期間中の分を後から働いて「取り戻す」ということができない。

 働くことができない日は、単に無給になるだけであるため、労働条件が悪くても働かざるを得ない(だから日雇い労働などが社会からなくならない)。一方、企業の方は一労働者とは比較にならないほど大きな資産を持っているだけでなく、労働力とは異なり仮に商品が今日売れなくても明日売ることができる。

 このような力関係が現実には存在するために、労働組合という形で労働者が団結し労働条件が一定水準以下の場合は共同して労働の提供を拒否すること、つまりストライキをうつことで労働環境の維持および改善に取り組んできた。そして、ほとんどの国では、いまでは法的に団結権や団体行動権が認められている。

 つまり、労働者が声を上げるといっても、一人ではなかなか勇気が出ないだけでなく、効果としてもやはり集団で声を上げる際よりも限定されてしまう。だから労働組合が重要なのだ。

コミュニティーユニオンの支援が決定的

 今回の花畑牧場のケースは、「外国人」労働者が自発的に上げた声に対して、地域の労働組合が呼応し、それを支援したという点で重要である。これがもし労働組合による支援がなければ、会社とまともに話し合いをすることができずに解決できないか、最悪「職場放棄」という形で終わっていた可能性すらあっただろう。

 技能実習生をはじめ、日本で働く「外国人」の多くが劣悪な労働環境の下で働いている。「外国人」労働者の取り組みを支援することは、「共生」社会を築くためにも非常に重要な実践である。

(なお、この点に関しては、POSSEに寄せられた事例をまとめた『外国人労働相談最前線』(今野晴貴、岩橋誠著)を参照していただきたい)。

 また、労働者の思いを社会が支持した点も見過ごせない。花畑牧場に関しては、北海道の地元紙だけでなく全国紙でも大きく報じられたが、ネット上では労働者を支持する多くのコメントを目にした。

 それは単に可哀想な「外国人」として今回立ち上がった労働者をみているというよりも、同じような労働環境で働く同じ労働者として使い捨てにする企業の手法に反対していると考えられる。このような声を上げる労働者を社会全体で支持していくことは会社に対するプレッシャーにもなり、劣悪な労働環境を変えるきっかけになるだろう。

「外国人」労働者を支援する全国の労働組合

 今回のケースは札幌地域労組が支援したが、全国には「外国人」労働者を支援する労働組合が存在する。例えば、岐阜一般労働組合は団体交渉だけでなく行き場のない外国人が駆け込める宿舎(シェルター)も運営して長年、技能実習生の支援に取り組んでいる。

 技能実習生を使い捨てにする企業に対して補償を求めるだけでなく、そういった企業に商品を発注しているサプライチェーンの川上に位置する大企業の責任を追及するなど、現場の支援活動を通じて技能実習生を「活用」する構造そのものを問題視している。

 また、広島県にある福山ユニオンたんぽぽは、今年1月にこちらも大きな話題を呼んだ、建設会社で働くベトナム人技能実習生が日常的に暴力を振るわれていたにもかかわらず、監理団体も外国人技能実習機構も対応しなかったというケースで、当事者にシェルターを提供した後に会社や暴力を奮った加害者に対する責任追及に取り組んでいる。(「ろっ骨3本折られた」ベトナム人技能実習生が訴えた暴行被害とは 取材で詳細語る

 こうした全国のユニオンは、非正規雇用問題やパワーハラスメントなど、日本社会のあらゆる労働問題に取り組んできた「駆け込み寺」的な存在だ。フリーター問題や「ブラック企業」問題の最前線に立ってきた組織だといっていい。

 今、これらの団体が、外国人労働問題でも、全国で次々と立ち上がり始めているのだ。

私たちにできること

 今回のケースからも明らかだが、労働組合が現場で支援しているからこそ、わたしたちがそれらの事案についてニュースで目にして問題だと認識することができる。いま必要とされているのは、全国のユニオンの動きに呼応して、支援活動が市民社会にまで広がることだ。

 そこで、自身が労働環境で問題を抱えていたり、技能実習生や留学生など周りの「外国人」労働者で不当な目に遭っている人がいれば、改善のために、ぜひ相談窓口に連絡してみてほしい。ここまで紹介したような労働組合もあれば、無料で労働相談を受け付けているPOSSEのような労働NPOも存在する。

 また、技能実習生など移民労働者の権利行使を具体的に支えていくための方法などについては、こちらのイベントでも紹介されることになっている。関心がある方はご参加いただきたい。

3月27日【学生・若者無料イベント】外国人技能実習生の相談現場から見えてきたこと 〜“現代版奴隷制”とその背景、対抗としての社会運動〜

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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