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ベトナム人労働者の「ストライキ」から、私たちは何を学ぶべきか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 生キャラメルで有名な北海道の花畑牧場で働いていたベトナム人労働者数十人がストライキ敢行後に3月での雇い止めを通知されたケースが話題となっている。

 報道によれば、労働者らは当初一ヶ月あたり7000円だった光熱費が今年1月に約15000円にまで引き上げられたことに抗議して事実上のストライキに突入し、その後、会社は40人に対して雇い止めを通知する「契約期間満了通知書」を配布したという。

 さらに、ストライキの中心メンバーの4人に対して、一人あたり50万円の損害賠償を請求している。なお、会社側は今回のストライキを「違法な就労拒否と職場放棄」であると主張している。

毎日新聞:生キャラメルの花畑牧場 ベトナム人従業員と対立、40人雇い止めか

花畑牧場:ベトナム人従業員に関する一連の報道について

 本記事では、この事件をきっかけに注目されている「ストライキ」に焦点をあてて、今回のストライキの法的論点やストライキを行うことの意義について考えていきたい。

「ストライキ」の目的、手段、効果

 そもそもストライキとはなんだろうか。一般的には、ストライキとは労働者が働くことを拒否する行為だと考えられているが、ただ「働かない」だけではストライキとはいえない。

 ストライキの本質は、その目的にある。それは、労働条件の向上を目指すために行われるものだという点だ。賃金を引き上げたり、労働時間を短くしたり、もっと働きやすい環境を求めるために働かないという行為がストライキにあたる。個人的に仕事が嫌だから働かない、ではストライキとは言えない。

 そして、ストライキは労働者が団結して集団的に働かないという手段をとることによって、業務の正常な運営を阻害するという効果を持つ。企業は労働者を雇い入れて働かせることで初めて事業を営むことができる。

 当たり前だが、生キャラメルの製造に関わっているのは経営者ではなく現場で働くベトナム人労働者らであるため、今回の約40人による「ストライキ」によって、その法的評価はさておき、実際に花畑牧場は「工場の生産ラインを稼働できなくなり、大きな損害を被」った。

 つまりここでは、事業に不可欠な労働力の販売(働くか働かないか)を労働者が意識的に集団的にコントロールして(手段)、業務の正常な運営を阻害している(効果)。そして、それは労働条件を改善する(水道光熱費の労働者負担引き下げを求める)という目的のために行われた。

 このように、目的や手段、効果から考えれば、今回のベトナム人労働者の行動はストライキであると評価できる。

会社への「報復」とストライキの違い

 昨今では、パワハラを苦に「突如退職することで会社にダメージを与えたい」という人は少なくない。しかし、このような場合には、個人的な報復が目的となってしまい、職場の労働条件につながらない。また、労働を集団的にコントロールするわけでもない。目的の面からも、手段の面からも「ストライキ」であるとはいえないだろう。

 ストライキとは、労働者が会社と交渉するための「武器」なのだ。ストライキは、労働者が「これよりも低い条件では働かない」という意思をもったときに行われる。つまり、労使の「取引」のプロセスにあたる

 一方、企業側もストライキに対しては改善を約束するなど一定の譲歩をすることで、労使関係を安定させることができる(ストライキについてのより詳しい説明は拙著『ストライキ2.0 ブラック企業と闘う武器』を参照してほしい)。

 もしストライキが法律によって保障されていなければ、会社内には不満がたまり「一方的に辞める」「一斉退職する」という方法ばかりが採られることになる。これでは企業活動は安定せず、生産性も下がっていく。

 法律は、労使の交渉のプロセスを円滑にすることで、社会全体の生産性も守ろうとしているのである。

労組を結成しないストライキも「合法」の可能性がある

 原理的には、労働力を労働者が販売することができるがゆえにストライキが可能になっており、そのうえで、現代社会では多くの国でストライキは条件付きであれ、法律で認められた権利とされている。

 日本ではストライキは憲法28条で勤労者の権利として保障されていることに加えて、労働組合法では、正当な争議行為(ストライキなど)によって会社に損害が生じても、刑事罰を科すことや民事上の損害賠償を請求することはできないとされている。

 また、会社は労働組合員であることを理由に不利益な取り扱い(組合員だから雇い止め、など)をしてはいけないことになっている。このように日本ではストライキを行うことが法的に保護されている。もちろん、ストライキへの参加を理由にした報復人事も違法である。

 なお、日本のストライキは基本的に、労働組合によって行われることが想定されており、労働組合によるストライキがその目的や手段が正当であれば合法であることに疑いの余地はないが、今回のように労働組合を結成せずに行われたストライキは花畑牧場の主張するように「違法」なのだろうか。

 実は過去にも同様のケースが裁判で争われている。三和サービス事件という、三重の縫製工場で働いていた中国人技能実習生が残業代不払いや作業ノルマの変更に対して労働組合を結成せずに仕事を「ボイコット」したことに会社が損害賠償を請求したケースで、津地方裁判所四日市支部は労働条件の不利益変更に対するストライキであり憲法上の争議権の保障を受け合法だとして、技能実習生らに損害賠償を負う責任がないと判断した(控訴審でも免責されている)。

四日市・中国人技能実習生廃業責任転嫁訴訟

 つまりこの判決からしても、労働組合を結成していないことだけをもって今回のストライキを「違法」と判断することはできず、目的が正当であれば労働者のストライキは労働組合外でも「合法」になる可能性がある。

 共同通信の報道によれば、会社は休業をストライキだと事前に認識していたとされており、そうなればそもそも最初から会社は労働者の行動を正当な行為だと捉えていた可能性があることになる。その場合には、逆に、会社側に賠償責任が発生するかもしれない。

「花畑牧場、ストライキ事前認識か」

世界中で起こるエッセンシャルワーカーによるストライキ

 いまの日本では、ストライキを目にすることは少ない。2020年の1年間に行われたストライキはわずか57件で、ストライキに参加したのは6013人であった(厚生労働省 令和2年労働争議統計調査の概況)。

 その中でも、エッセンシャルワーカーによるストライキが近年、注目を集めている。コロナ禍で感染のリスクにさらされながらも、介護や保育をはじめ社会的に必要なサービスを提供するために働いているエッセンシャルワーカーの多くは女性で、もともと低賃金の非正規が大半であった。危険を自覚しながらも社会に不可欠な労働を行うため、また自身の生活のために働く労働者が、経費削減のために感染対策を怠る企業に対して声を上げているのだ。

 例えば、通信大手KDDIのグループ会社のコールセンターで働く労働者21人が労働組合「総合サポートユニオン」に加盟して、会社のコロナ対策が不十分だとして先月、ストライキに突入している。すでに職場内で複数人のコロナ感染が発覚していながら会社は出社を命じており、労働組合はPCR検査の実施や休業中の賃金の全額補償を求めて闘っている。

違法にならない? 職場クラスターを「隠蔽」する企業に抗議の声

 このようなエッセンシャルワーカーによるストライキは世界中で起こっている。昨年アメリカでストライキに参加した労働者14万人のうち、約半数はケアワーカーによるものだったという(「2021年にストライキに参加した14万人の約半数は医療労働者」)。

 中でも、マサチューセッツ州にある病院で働く700人の看護師は300日間に渡るストライキの結果、賃上げやコロナ対策の強化、そして看護師の増員を会社に認めさせている。

 民間株式会社が経営するこの病院はコロナ禍で過去最大規模の利益を上げていたが、急増する患者数に対して看護師は増員されないままであったため過重労働とコロナ感染リスクがケアワーカーに押し付けられていた。労働者を危険に晒すことを躊躇せず利益を優先するこのような企業経営のあり方に対して抗議の声を上げたのだった。

「歴史的なストライキ後のマサチューセッツ州の看護師に対する労働組合つぶし」

 アメリカ以外の国でも、オーストラリアやトルコ、スロベニアからスリランカまで、医療従事者によるストライキが発生している。こういった労働者の取り組みで、職場での安全やまともな労働環境が実現している。

改善のためには労働者が声を上げることが重要

 以上のように、ストライキとは労働者の持つ極めて重要な「武器」である。そして、世界中の労働者がその武器を使って会社側と交渉し、労働環境の改善に取り組んでいる。

 コロナ禍でますますはっきりしたのは、多くの企業にとって労働者の健康や安全は第一義的な目的ではないということだ。テレワークが技術的に可能な職場でも多くの非正規労働者が出社を命じられている。

 政府の助成金である雇用調整助成金を活用して有給で労働者を休ませることが制度的に可能であるにも関わらず、会社は手続きの煩雑さなどを理由に申請せずに雇い止めや無給での自宅待機を命じているケースは珍しくない。ホームページや広告で「安心して働ける職場」や「SDGs」を謳っていたとしても現実にはそうなっていないことがほとんどだ。

 そういった中で、ストライキを含めて労働者自身が権利を行使してまともに働ける環境を求めることが求められている。そしてそのために、日本にも安全対策など改善を求めて声を上げるために個人で加盟できる労働組合(ユニオン)が存在している。

 冒頭の花畑牧場のケースも、札幌地域労組という労働組合がベトナム人労働者を支援しており、団体交渉で損害賠償請求など会社の対応の撤回と謝罪を求めている。なかなか一人で会社に声を上げることはハードルが高く、そもそも個人的な「ストライキ」が効果を持つのは難しいが、労働組合という形で集団的に会社に改善を求めることはできる。職場環境に問題が生じた際には、ぜひ相談窓口に連絡してみてほしい。

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*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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