腐った「記事」を食べて読者がお腹を壊したら、誰が責任を取るのか?
先日の「相手をウソつき呼ばわりする前に、本当のジャーナリストならやるべきことがあるのでは?」 には、様々な反応を頂きましたが、その後、無事に議論が前に進んでいるようです。
■無自覚だったYahoo! JAPANのメディア化、ステートメントの実質化に向けて改善へ
要は、ヤフーはまだ「プラットフォーム」意識が抜けておらず、「メディア」宣言する準備はできてないのではないかという問題提起ですね。
正直、一般の読者の方にとってはYahoo!ニュースが「メディア」か「プラットフォーム」なのかと言われても、違いが良く分からないと思いますが、この議論はメディア関係者の間ではネットの黎明期から延々と続いているコアな議論です。
ちょっと今回は、この議論を一般の読者の方々にも分かりやすいように、例え話で解説してみたいと思います。
ニュースの「記事」を、りんごやお米のような農作物だと思って読んでみて下さい。
「記事」栽培を、種まきから販売まで一元的に実施していたマスメディア
インターネット以前、「メディア」というのは、テレビやラジオ、新聞や雑誌などのマスメディアのことでした。
ここでは「記事」の議論を分かりやすくするために新聞を例にしましょう。
通常大手新聞社では、自らの会社に所属する記者が自ら取材を行い記事を書きます。
この記事はデスクのチェックのもとに新聞紙面に掲載され、我々読者の手に届きます。
つまり、新聞において「記事」は種まきから収穫、そして我々の手元に届く販売まで、一元的に新聞社の手によって行われていました。
イメージとしては、農家が農作物を自ら生産・収穫して自ら販売・配布している形です。
この時代は、どの記事が誰の責任の下に書かれているか非常に分かりやすかった時代と言えます。
「記事」の品質に責任を持つのは当然新聞社自身であり、そこに議論の余地はあまり無かったわけです。
「記事」の無料配布だけに特化したヤフーの登場
ここに大きな変化が起きたのがインターネットの登場です。
ヤフーはネット上のポータルとして機能する過程でニュースを一つのコンテンツとして取り込むようになりました。
ヤフー自体は「記事」は作らず、あくまで各メディアの記事を集約して掲載するだけの仕組みです。
ここで大きな変化の一つ目が発生します。
つまり、従来新聞社などのマスメディア企業が「記事」を直接読者に配布していたのが、ヤフー経由での配布に変わったのです。
農作物の販売が、農家から直接ではなく、スーパーマーケット経由になった形をイメージしてもらうと分かりやすいと思います。
読者は「記事」を各農家から配布してもらうのではなく、ヤフーにいってまとめて見ることができるようになりました。
しかも、ややこしいのは「記事」の価格。
従来、新聞社や雑誌社などのマスメディア企業は「記事」を新聞や一冊の雑誌にまとめることで基本的には読者に有料で販売していたましたが、ヤフーに掲載される「記事」は読者に無料で提供される形となりました。
ヤフー自身は「記事」を販売することで収益を稼ぐのではなく、記事を無料で配布することで集まった人達に広告を表示して広告で収益をあげるという道を選びました。
ここでポイントとなるのが、ヤフーはこのタイミングでは自らを「メディア」とは定義せず「プラットフォーム」と定義していた点です。あくまで「記事」を生産しているのは各メディア企業であり、ヤフー自らはその「記事」を店頭に並べているだけ。
「記事」自体への責任は各メディア企業にある、というのがここでいう「プラットフォーム」の立場です。
「記事」が仮に腐っていても、その責任を取るのは「プラットフォーム」であるヤフーではなく、その記事を生産した各メディア企業というのが基本的な考え方だったわけです。
「記事」の低コスト生産に特化したウェブメディアの登場
ここで並行して登場してくるのが、様々なウェブメディアの数々です。
このあたりの歴史的な背景の詳細は、やまもとさんがまとめているのでそちらをご覧頂ければと思いますが。
■「ヤフージャパン一人勝ち」と「報道記事の買い叩き」がステマ横行の原因
要は、ネット以前はメディア企業になるためには、それなりの投資や体力が必要でしたが、ウェブメディアは極端な話、個人でも開始することができるようになったというのがポイント。
しかも、ある一定の基準をクリアすれば、ヤフーに掲載してもらうことができるわけです。
当然、ウェブメディアの記事は大手マスメディア企業に比べれば玉石混淆ではあるのですが、知名度が低いウェブメディアの記事でも、ヤフーに掲載してもらえれば大手マスメディア企業同様に多くの人に読んでもらうことが可能。
しかもヤフーの店頭では、それぞれの記事はヤフーのパッケージの状態で陳列されています。読者からすると生産者の違いを意識することがあまりない仕組みになっているわけです。
ヤフーとしては「記事」のスーパーマーケットとしてできる限り品揃えを増やすために、様々な媒体の「記事」掲載を増やしていきます。
その過程で、様々な媒体が増えた結果、ヤフーに掲載することを目的としたステマ的なノンクレジット広告がウェブメディアを中心に増えてしまい、昨年のステマ騒動につながった面があるのは、やまもとさんの記事にもあるとおりです。
ある意味、ステマ騒動なんかは、毒入りリンゴ的な記事をウェブメディアが大量にヤフーの店頭に流していた、という話ですから、ヤフーが撲滅宣言をするのはある意味当然です。
■参考:編集コンテンツと誤認させて広告を届ける行為(ステルスマーケティング、いわゆるステマ)に対する考え
いずれにしても、ここに至り、大手マスメディア企業の記事の重要性は相対的に低下することになります。
何しろ同じ話題に関して記事を書いているメディアが複数存在する時代になってしまったわけです。
残念ながら、記事の質とページビューも必ずしも連動していません。
このあたりの歴史的経緯をマスメディア企業はあまり満足していない、というのがポイントでしょう。
自分達が汗水垂らして栽培した「記事」を、ヤフーは無料で読者にばらまいてしまっている上に、「記事」自体の責任をヤフーはメディア企業に丸投げしていて、質の低いメディアの記事も自分達の記事と並べて配布している。
しかもやまもとさんの記事にあるように、記事の配信料金は現在のヤフーの収益力を考えたら不当に安いのでは?、というのが既存マスメディア企業、特に新聞社の間に大なり小なり溜まっているうっぷん、と言えると思います。
あえてメディア企業としての宣言を行ったヤフー
しかし、今回ヤフーはメディアステートメントを公開し、明確に「メディア」であることを宣言しました。
正直、普通の読者の方々からするとメディアステートメントに書かれている中身の「信頼性と品質」とか「多様性の尊重」とか「豊かな情報流通」とかは、日本語としては至極常識的に普通のことであって、取り立てて驚くような内容はないと受け止められるのではないかと思いますが、これはマスメディア企業関係者からすると、驚きを持って受け止められたと思います。
これまで、自らを「プラットフォーム」企業として、「記事」自体の責任は取らないというスタンスを取っていたヤフーが「メディア」としての宣言を行ったわけです。
つまり、ここまで説明してきた記事の生産者であるマスメディア企業側の視点で言うと、今後ヤフーが配信する記事が腐っていた場合、ヤフーはその責任を少なくともメディアとして一部は持つ、という宣言をしたと見ることもできるわけです。(ヤフーにその意識があったかどうかは別として)
例えば「信頼性と品質」の項目には、「社会規範や品位を守り、良質で信頼できる情報の提供を目指します。不正確な情報や、過剰に扇動的な表現、誤解を招く情報を届けることのないよう、真摯に取り組みます。」と書いてあります。これまで、そうじゃない記事も配信してきませんでしたか?と言いたくなるマスメディア企業の方は少なくないでしょう。
そういう意味で、従来「プラットフォーム」としての良いとこ取りをしてきたヤフーが、急に「メディア」という名称を使ってきたのは本気なのか?メディアとしての責任を背負う覚悟はあるのか?と新聞記者出身の藤代さんが問い正したくなる気持ちは非常に良く分かります。
また、ふじいさんが問題提起されていたように、現状どちらかというとブログ的に書き手側の自由を尊重する形で運営されているYahoo!ニュース個人が、ヤフーがメディア企業としての責任を負う場合にどのように運営されるのか、というのも注目点と言えるでしょう。
■参考:【広報対応問題】ヤフーの中の人には期待せず期待しますよ
特に個人的に注目しているのは、今回の宣言は、ある意味見方を変えると「プラットフォーム」としてメディア企業に対して中立の立場であったはずのヤフーが、同じメディア企業としてライバルになるという宣言をしたとも受け取れるという点です。
実は同じような議論はコンビニ業界でも実際にありました。
数年前IBMのセミナーに参加した際、ローソンで当時副社長をされていた玉塚さんが明確に「我々は製造小売型のコンビニを目指す」と宣言されたのです。
この宣言を聞いて、近くに座っていた食品メーカーや飲料メーカーの方々は大きなショックを受けていました。
本来自分達の商品を売ってくれるパートナーであるローソンが、自分達もメーカーとして製品を作ると宣言したわけですから、ショックを受けるのは当然でしょう。
ただ玉塚さんが強調されていたポイントは、他社と同じ商品を店頭に並べているだけでは、他社に勝てないという点でした。
そこで、自社の保有している顧客データをもとに、プライベートブランドの商品やサービスを強化する、というわけです。
■参考:ローソンの製造小売宣言とアップルストア本に感じる、製造と小売を分けて考えることが時代遅れになる時代
スマホニュースアプリ競争の激化がメディア宣言の背景?
今回のヤフーのメディア宣言も、ローソンの製造小売宣言と同じ構造にあると考えるのは私だけでしょうか?
PC時代は一人勝ちの状態にあったヤフーニュースですが、スマホの普及のタイミングで、スマートニュースやグノシー、LINEニュースなど、スマホに最適化されたニュースアプリが複数参入してきました。
引き続きヤフーの優位は変わらないという調査結果もあるようですが、明らかにPC時代ほどの圧勝では無くなってきている印象です。
■参考:ニュースアプリはYahoo!圧勝、世界では「ニュースのスマホ消費」が進む
ある意味、こうしたスマホニュースアプリが参入できるようになった背景として、前述のウェブメデイアの乱立により「記事」の提供元が増えた点や、Yahoo!ニュースの配信料が安いために大手マスメディア企業も複数の配信収入を歓迎している点などが影響しているのは間違いなさそうですから、皮肉な構造とも言えます。
いずれにしろ、こうした環境の変化により、他のニュースアプリとの差別化のためにも、ヤフーは他のニュースアプリ同様の中立な「プラットフォーム」ではなく、「メディア」として特色を出していくべきだという議論があったのかもしれません。
ヤフーも他社と同じ品揃えではなく、ローソンがプライベートブランドで自社製品を製造するのと同様、ヤフーならではの「記事」生産が必要になってきているはずだという議論もあったのかもしれません。
Yahoo!ニュース個人はヤフーにとってのプライベートブランド製品?
いずれにしても、ヤフーがメディア企業からの配信記事を買うのではなく、ヤフー自らが書き手とコミュニケーションを取りながら記事を作っていくという意味で、この記事を書いているYahoo!ニュース個人という場所自体も、ローソンにおけるプライベートブランドの製品であるということが言えます。
ただ、一方でヤフーがメディアステートメントを掲げるのであれば、Yahoo!ニュース個人にあがってくる記事の責任は、メディアとして記事を掲載しているヤフーにも存在することになります。
先日やまもとさんがLINEブログ上で、NewsPicksの記事がガセネタに近いのでは無いかと問題提起していましたが。
■NewsPicks有料対談記事で微妙なガセネタが掲載される
当然、ヤフーに同じような微妙な記事がアップされれば、今後はヤフーも責任を負うという宣言をしているわけですから、同じようにヤフーに対して問題提起されることがありえます。
ローソンがプライベートブランド商品の品質をローソン自らが担保しなければいけなくなるように、ヤフーもプライベートブランドの記事の品質保証は他のメディア企業の配信記事以上に求められることになる可能性もあります。
ある意味、ヤフーにとって今回のメディアステートメントはパンドラの箱を空けたというオチもありえるわけです。
このあたりは、今後ヤフー編集部側がどれだけメディアステートメントにあわせて体制を整えてくるのか、とセットの注目点といえるでしょう。
そんなわけで、今回のヤフーのメディア宣言は、ある意味、あとから日本のネットメディアにおける一つの分岐点になったと振り返ることになる可能性があるかもしれないな、と感じる今日この頃です。
大袈裟ですかね。
ということで、長くなったので今日はこの辺で。