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朝日新聞、論説主幹コラムを訂正 改憲勢力「初めて3分の2」は誤り

楊井人文弁護士

朝日新聞は11月20日付朝刊1面で「座標軸 絡まり合う日米・憲法・退位」と題する根本清樹論説主幹のコラムを掲載した。その中で、今年7月の参院選を踏まえ、「『改憲勢力』は初めて両院で3分の2を占める」と記していたが、「初めて」は誤りだったとして25日付朝刊で訂正した。朝日は2013年参院選で「改憲を容認する自民、公明、維新、みんなの4党を合わせると162議席で発議に必要な3分の2に達した」と報じていたため、日本報道検証機構が同社に矛盾点を指摘し、質問していた。

一方、毎日新聞の11月3日付社説にも「今年は、7月の参院選を経て、憲法の改正に前向きな勢力が初めて衆参両院で3分の2以上に達した年だ」という記述があり、当機構が3年前の報道との矛盾を指摘していたが、同社は訂正を見送っている。主要メディアは従来、今回の参議院で初めて「改憲勢力」が3分の2を確保したかのようなミスリードを繰り返してきたが、今回の訂正により、そうした報道のあり方が改めて問われることになりそうだ追記あり)。

朝日新聞2016年11月25日付朝刊第2社会面
朝日新聞2016年11月25日付朝刊第2社会面

2012年12月、自民・公明両党は衆議院総選挙で圧勝して3分の2以上の議席を確保し、第2次安倍内閣が発足。その後、安倍晋三首相は憲法改正要件を定めた96条の先行改正に言及し、2013年7月参院選の結果は、自民(115)、公明(20)、維新(9)、みんな(18)の4党で合計すると、ちょうど3分の2の162議席に達した。これを受け、主要各紙は「改憲勢力」に公明党を含めると、改憲発議に必要な3分の2に達すると報じていた。(*1)

今年7月10日投開票があった参院選の結果は、自民(121)、公明(25)、おおさか維新(12)、こころ(3)の4党で合計161議席となった。朝日を除く主要各紙は「改憲勢力」に改憲に前向きな無所属議員もカウントし、3分の2に達したと一斉に報じた。朝日は当初、無所属議員をカウントせず「改憲4党 3分の2迫る」という表現で報じていたが、その後しばらくして無所属議員も加わった「4会派」が合計163議席になったことを受け、「改憲勢力3分の2」と報じるようになった。(*2)

【追記】

読売新聞2016年11月29日付朝刊第2社会面
読売新聞2016年11月29日付朝刊第2社会面

読売新聞は、7月15日付朝刊に掲載した連載「『一強』継続(中)改憲 まず与野党合意」で、「自民党など憲法改正に前向きな勢力は、改正を発議できる『3分の2』を衆参両院で確保した。憲法施行から69年を経て、初めてのことだ」と記載していたが「初めて」は誤りだったとして、11月29日付朝刊で訂正した。日本報道検証機構が同社に指摘していた。

一方、毎日新聞は、2013年参院選では公明党を「改憲勢力」に入れず、「憲法改正の発議に必要な3分の2(162議席)に近づいた」と記していたが、今年の参院選では公明党を「改憲勢力」に入れ、「今年は、7月の参院選を経て、憲法の改正に前向きな勢力が初めて衆参両院で3分の2以上に達した年だ」(2016年11月8日付社説)と指摘している。同紙が2013年参院選の直後に、公明党を加えれば3分の2に達すると報じていた点との矛盾を同社に指摘したところ、同社広報担当者は2013年参院選では改憲勢力が両院で3分の2に達したとは考えていないと回答し、訂正記事は出していない。

産経新聞にも「参院選の結果、衆参両院で『憲法改正勢力』が改正発議に必要な3分の2以上の議席を初めて占めた」(2016年10月9日付社説)といった表現が見られたが、同社広報部は当機構の質問に返答せず、訂正記事も出さなかった。(2016/11/29 17:00加筆)

【関連記事(コラム)=幻の憲法改正原案 なぜ葬り去られたのか ~シンポジウム「憲法論議におけるメディアの責務」から~(Yahoo!ニュース個人 2016/8/28)】

【関連記事(コラム)=参院選 「改憲勢力3分の2」が焦点? メディアが報じない5つのファクト、1つの視点(Yahoo!ニュース個人 2016/7/8)】

<注>

(*1) 2013年7月の参院選開票結果に対する主要各紙の報道(いずれも2013年7月22日付朝刊)。

  • 【読売】《憲法改正派2/3 公明含め》「憲法改正に前向きな自民党、日本維新の会、みんなの党と、『加憲』を掲げる公明党に改正に賛成する非改選の2議員の合計が、憲法96条が定める改正の発議に必要な参院の3分の2を超えた。首相が『悲願』とする憲法改正は来年の通常国会以降に先送りされる見通しだが、現行憲法下で初めて、改正が発議できる環境が整った」
  • 【朝日】《改憲勢力の結集図る》「与党は10月の臨時国会で憲法改正に向けた国民投票法改正に着手する。個別の条文への見解に隔たりはあるが、改憲を容認する自民、公明、維新、みんなの4党を合わせると162議席で発議に必要な3分の2に達した。首相はさらなる改憲勢力の拡大を目指しており、衆院任期中に憲法改正を発議し、国民投票にかける可能性もある」
  • 【毎日】《改憲勢力3分の2近づく》「自民、みんな、維新3党の合計議席は81で、新党改革を含む非改選(62議席)と合わせると143議席になり、参院で憲法改正の発議に必要な3分の2(162議席)に近づいた。首相は今後、『加憲』を掲げる公明党を含めて、改憲の環境整備を図る」(※「改憲勢力の行方」と題した図で「改憲勢力 自・み・維・改=143」「改憲勢力+公明=163」と表記)
  • 【産経】《「3分の2」時代-政治はどこに向かうか】(上)改憲「腰を落ち着けて」 》「『3分の2』とは、憲法改正に必要な国会勢力を意味する。今回の参院選で、改憲に前向きな自民党、みんなの党、日本維新の会が計99議席以上を獲得すれば、衆参両院ともにこのラインに到達していた。結果は18議席及ばなかったが、『加憲』を掲げる連立政権のパートナー・公明党は非改選議席と合わせて20議席を確保。同党を改憲勢力に加えれば3分の2を超える」
  • 【日経】《改憲勢力2/3届かず 公明協力なら可能》「今回の参院選で、憲法改正に前向きな自民党、日本新の会、みんなの党が獲得した合計議席は100に届かなかった。非改選と合わせて改憲の発議に必要な3分の2を確保するには、改憲に慎重な公明党や、民主党内の推進派を取り込めるかがカギとなる」

(*2) 朝日新聞2016年7月28日付朝刊「改憲勢力『3分の2』確定 参院4会派、計163議席に」

参院は27日、参院選後の各会派の議席を確定した。自民党と公明党、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の4会派による「改憲勢力」の合計議席は、無所属議員の一部を加えて改憲発議に必要な「3分の2」(162議席)を上回る163議席になった。

出典:朝日新聞2016年7月28日付朝刊

(*) 朝日新聞の2013年7月22日付記事の引用で、当初「…162議席では次に必要な3分の2に達した」とあるのは「…162議席で発議に必要な3分の2に達した」の誤記でした。訂正しました。(2016/11/25 12:00)

(**) 2013年7月22日付記事の引用で、一部「憲法勢力」という誤記があり、訂正しました。(2016/11/26 10:10)

(***) 読売新聞2016年11月29日付朝刊に同様の訂正記事が掲載されたため、他紙の対応も含め、追記しました。(2016/11/29 17:00)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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